第1話 鈴世 天国から真っ逆さまに

あなたのことが大好きだから。

苦しくなる程愛しているから。

だからこそその営みは、輝きを増しふたりを包み込んでくれると信じている。

心穏やかにあなたと時を刻める幸せは、今はまだ私にとって特別な事のように思えてならないの。


こうして隣で眠るあなたがいる。

あなたの温もりが、あなたの吐息が私のすべてを愛してくれている。


 秋、秋……私はあなたによって、私自身を取り戻せたの。

こんなに大切にされるなんて初めての事だよ。

愛してる……愛してる……秋。

◆ 

 私は七年前のあの夜のことを絶対に思い出さない。

でも、決して忘れはしない。


 私井上鈴世は二十六才の時、

二十才年上の商社マンと友人の紹介で付き合うようになった。

結婚も視野に入れてと言われ、

その気になっていたから余計に

この殺し文句は効いた。

「君は特別だよ。今までの女性とはまったく違うんだよ」

疑うことも知らない能天気な私はイチコロだった。

 二十六才男性と付き合ったのは二人目って少ないのか、普通なのかは良く判らないけど、私にはこの囁きが心臓を射貫いたのだ。

 逢うたびに囁やいてくれる鮮やかすぎる程の甘い言葉に、相手への依存度は最早振り切れていた。

もう戻れない! 寝ても覚めても

夢うつつとなって行く自分が怖くなる。何を見ても何を聞いても、誰と会っていても、あの人が見える。それはもう狂気の沙汰だった。

 二十才も違う恋人が最後の人だと言ってくれた心に嘘は感じなかった。

 仕事は辞めるつもりで準備を始めてたし、親しい同僚にも報告した。何もかも順調に進んでいると

思っていた。親に挨拶する話しも向こうから出してきた。

すっかりその気になってた自分が馬鹿過ぎた? 付き合い始めて半年。別れは嵐のように私を襲った。

 仕事帰りに待ち合わせし、食事をしていつものように……ホテルへ。変わらず優しい言葉をくれる。愛を囁かれながらシャワーを浴びて、いつも以上に愛されていると思っていた。

 愛することはまだまだ未熟だったけど、大好きな人と過ごす幸せは感じていたし喜びに溢れていた。

鈴のすべてが好みだって……それは嘘だったの? その夜微睡みのなかで、唐突過ぎる言葉を投げつけられた私は一瞬何を言われているのか理解できなかった。

「えっ? 終わり?」

やっと絞り出した言葉。

たった今愛し合った恋人に投げつけた屈辱的な言葉……今だったら平手打ちに股間蹴りだ。でもその時は茫然自失、怒りも涙もない。人はあまりにも驚くとふわふわする。どうでも良いことを考えるのだ。現実逃避……その時がまさしくそうだった。私の涙腺も呆気にとられたのか何処かに消えてしまったような感覚だ。

ホテルの部屋に取り残された私は

シーツに包まり呟いていた。

「終わり? ふか? 終わり……」と。

 それから、まるで何にも無かったように毎日を淡々と過ごせていたのに。負の感情なんて起きてこなかったのに。

二週間が過ぎた頃から体も心もおかしくなっていった。


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