第10話 黒の覚悟

 春樹は漆黒の闇をめがけて、坂道を全速力で走り始める。

 この坂を下って、橋を渡ったところに霧のように流れていく黒の世界が見えてきた。


「もうすぐだ」


 春樹は頭を前のめりにして、立ち漕ぎになって、下り坂を疾走する。途中にある小石を左右にハンドルを切って避けながら、走り抜ける。

 

 橋を渡る瞬間にブレーキもかけずに思い切りハンドルを右に切った。


 次の瞬間、春樹は宙を舞っていた。

 自転車ごと橋の欄干こうらんに激突し、ごろごろと転げまわる。

 

 朦朧もうろうとして目がかすむ中、黒の世界が遠のいていく。

 手を伸ばしても、それは届かず、目の前がただ赤く染まっていくだけ。


 ……春樹?……

 かすかに聞こえる音の幻想


「ごめん……間に合わなかった」

 春樹は地面を叩いた。頭の中で走馬灯のように、秋菜の面影が繰り返される。


 ……春樹……

 ――秋菜、やっぱり君と一緒にいたかった――


「春樹!」


 はっきりと耳に届く声。春樹は目の前を覆い隠す血を腕で拭い、橋の向こう側に目を凝らした。

 おぼろげに小さく見える人の影。たしかに見覚えのある女の子と犬の走る姿。


「秋菜!」


 春樹は欄干こうらんに両手をかけると起き上がり、感覚のない足を無視して、引きずりながら、歩き出した。


 ――足を運ぶ度にはっきりと見えてくる秋菜の息を切らす顔――


 ――幻想じゃない、たしかにそこに彼女はいる――


「春樹!」  「秋菜!」


 大きな夕陽が地平線に沈む中、赤銅色に染まる空を仰ぎながら、二人を橋の上で力強く抱き締め合った。

 秋菜の溢れんばかりにこぼれ落ちる涙が、春樹から流れる赤い血をにじませた。

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