第9話 青の勇気

 ウーウーとけたたましいサイレンの音が、街中で鳴り響いている。

 次元分離開始の合図だ。


「黒の世界ともしばらくお別れだな。五年後には『次元結合』できるよう、私も頑張ってみるよ。春樹、その時が来るまで秋菜ちゃんと会うの待てるか?」


 春樹の父親はリビングから外の様子を眺めながら、息子に問いかけた。

 空はすでに青い色と黒い色の境界線を描き始めていた。


「僕は……」

 ――秋菜と一緒にいたい――


「もうすぐ完全分離に入るぞ、それでいいな? 春樹、後悔はないな?」

 曇る表情の春樹を眺めながら、父親は息子の意志がどこにあるのかを探っていた。


 ――秋菜……僕は君が可哀想なんじゃない、ただ離れたくない、一緒にいたい、君がいれば……何もいらない――


「僕は……秋菜のところに行く」

 

 意を決すると、春樹はキッチンにいた母親に声をかけた。

「母さん、……ごめん、僕やっぱり黒の世界に行く!」

 

「春樹? どこ行くの? やめなさい!」


 母親に腕を掴まれ制止されるが、その手を振りほどき、玄関のドアを開けた。

 目の前にあった自転車に足をまたぐと、その足でペダルを思い切り踏みしめ、自転車をこぎ出した。


「お父さん! 春樹を止めて!」

「いや、自転車でもう走っていったから、間に合わないよ」


 父親は道路から、自転車を漕ぐ息子の後ろ姿を見て、優しくほほ笑んでいた。

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