とある職場の休憩時間6)実践的に考える
「やれやれ」
一つの案件が片付き、休憩時間だ。各自コーヒーや紅茶、思い思いの飲み物を手に、雑談に花を咲かせる。
「算数ってさ、いろいろ実践的な問題って作れると思わないか」
私の隣の席は、最近子供の教育に目覚めた若いお父さんである。
「例えば」
先を促した私に、教育熱心になりつつあるお父さんは、腕を組んだ。
「太郎くんは、お家から〇〇駅に行こうと思います。何とやらマップで調べたところ、30分かかることがわかりました。太郎くんが12時にその場所につくには、お家を何時に出発したら良いでしょう」
「なるほど。時間の計算問題ですね」
後ろの席から賛同の声がかかった。
「うちの小学生、遅刻がそれで減ったら良いのになぁ」
「理想通りにはいかないわよ」
中学生のお母さんからの声に、小学生のお父さんが、机にめり込む。まぁ、そういうことだ。
「ちょっとひねることもできないかな」
「例えば?」
「太郎くんは小学生なので、何とやらマップが10分と計算した場所に歩いていくと15分かかります。という一文を加える」
「なるほど、比例計算か」
「そこであれだな。小学生の太郎君は、疲れるので、最初の10分は15分ですが、以降は5分歩く毎に30秒ずつ予測時間から遅延が生じます」
「え、いきなり難しくなった」
突如数名が計算を始める。
「お家を出る前におトイレに行くのを忘れたので、コンビニでトイレを使わせてもらうことにしました」
「そこまで現実的なイレギュラーをいれなくても」
どっと笑いがおこる。
「いや、ほら、より身近な問題にするにはリアリティがいるって」
「リアルすぎて、笑っちゃうわ」
子育て経験者あるあるなのだろう。頷いている人が多い。
「無料で貸してもらうのは申し訳ないので、お菓子を買うことにしました。税抜き〇〇円のお菓子を買うには、お小遣いはいくら必要でしょうか」
「問題が増えた!」
話題が少しずつずれている気がするが、誰も気にしない。
「さて、まとめるか」
先程まで、仕事のプロジェクトを投影していた壁面に、文字が現れる。
「太郎くんは、お家から〇〇駅に行こうと思います。グーグル・マップで調べたところ、30分かかることがわかりました。太郎くんが12時にその場所に着くには、お家を何時に出発したら良いでしょう。太郎くんは小学生なので、グーグル・マップが10分と計算した場所に歩いていくと15分かかります。あと追加された条件は何だっけ」
「小学生の太郎君は、疲れるので、最初の10分は15分ですが、以降は5分歩く毎に30秒ずつ予測時間から遅延が生じます」
「お家を出る前におトイレに行くのを忘れたので、コンビニでトイレを使わせてもらうことにしました。無料で貸してもらうのは申し訳ないので、お菓子を買うことにしました。税抜き〇〇円のお菓子を買うには、お小遣いはいくら必要でしょうか」
「また、コンビニには、どのくらいの時間滞在できるでしょうか」
なぜか問題が増えた。
「ちょっと問題に問題が有るな」
「これ、解けませんよ。不確定の要素が多すぎます」
何故か、先程までの会議よりも、発言者が多い気がするが、気のせいだろう。
「出発時刻を定めて、コンビニで過ごす時間を規定して、到着時刻を答えさせるとかではないと、難しいですね」
いつの間に、私達は小学生の問題を作るプロジェクトを始めたのだろう。
「こうしてみると、問題を作るって大変だな」
最初に話題を立ち上げた隣の席の同僚は腕組みをしている。
「学校の先生も大変そうねぇ」
「ところで、これ、答えどうなるの」
私の一言で、部屋が静まり返った。
「先生!」
一人が手を挙げる。
「誰が先生だ、誰が」
「難しくて解けません! 僕には無理です」
「諦めるな、君なら出来る」
また寸劇だ。
「子育てって、これが現実なのよね」
私の言葉に、中学生のお母さんが微笑む。
「今となっては懐かしいわ。まぁ、未だに似たようなものだけれど」
小学生のお父さんからは、何の返事もなかった。
「頑張ってね」
中学生のお母さんは多分、小学生のお父さんを励ましているのだろう。多分。私は記憶の奥底深くに眠っている、小学生時代の自分に目を向けないことに決めた。
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