とある職場の昼休み 5)もっと行事を堪能したい

せわしないわ」

カレンダーを見た同僚の声に、私は背伸びをした。

「何が」

「そもそも近すぎるのよ。イベントが」


 同僚は机の片隅を指した。可愛らしいクリスマスを連想させる小物が、今もそこには鎮座している。

「もっと楽しみたいのに、もう正月なのよ」

「過ぎたしね」

「あぁ、なんとむごい現実よ」

「はいはい」

適当に返事をしながら、私は紅茶の香りをゆっくりと吸い込んだ。


「その紅茶だって、クリスマス限定の有名な奴でしょう。あなた毎年買ってるやつ」

「そうね」

独特の香料に、冬の寒さが薄れる気がするから、好きな紅茶だ。とはいえ、職場は暖房が効いているから、外の寒さとは無縁だが。


「もっとイベントは、一つ一つたっぷりと楽しまれるべきなのよ」

同僚が拳を握った。何の演説だ。

「クリスマスの前には、クリスマスがこれからくるという気持ちを味わい、過ぎた後はその余韻を堪能する。その次に、正月を迎えるという心の準備をする期間があっても良いはずだわ」

「何がいいたいの」

「クリスマスと正月が近い。あまりに近い、近すぎる」

クリスマスも正月も過ぎ、そろそろ節分だというのに、どうやら同僚は正月に御執心らしい。


「カレンダーに文句を言っても仕方ないでしょうに」

「だって、可愛いでしょ、これ。長く飾って楽しみたいじゃない」

「別に、長く飾っても良いじゃない。可愛いもの。私も好きよ、それ。」

「ありがとう」

「どこかのキリスト教の国では、一年中クリスマスのものを売っている店があるって聞いたことあるし。可愛いから、春先まで飾っておいて欲しいくらいよ」

「では、お言葉に甘えて。でも、もう少し余韻が欲しいの。クリスマスとお正月の間が、もう少し離れたら、お正月をもっとゆっくり楽しめるわ。正月は旧暦でお祝いしたほうが、お正月が満喫できる気がするの。お餅を楽しく食べられるわ」

「別に、正月じゃなくても、お餅を食べたら良いじゃない」

同僚の弁当には、今日も餅が入っていた。毎年、春すぎまで同僚の弁当箱の中には餅が数日毎に現れる。


「正月の雰囲気で食べたほうが美味しい気がする」

「なるほど」

餅が好きな同僚は、どうやら食べる時の雰囲気にもこだわりがあるらしい。

「クリスマスの余韻が少しずつ薄れ、正月の雰囲気に移り変わり、ケーキからお餅へと、口にするものが代わって、そうして正月が来て、しばらくお餅を楽しみたいの」

「春夏秋冬お餅を食べてもいいと思うけど」

そのほうが、米農家の人にも良いのではないだろうか。実際、同僚は夏以外は餅を食べているに近い。

 

「クリスマスからお正月までの期間が長くなったら、イベント関係の売上も増えて、経済が活性化するかもしれないじゃない。あるいは、お歳暮とクリスマスプレゼントが集中しないから、宅配関連の業界の負担も減るかも」

「お歳暮はお歳暮で、あれは固定でしょ」

「来年の準備をするという意味があるから、お正月が旧暦になったら、お歳暮も旧暦になると思うけど、どうかな」

「さぁ。わからないわね。そういう慣習って、誰が決めたというものでもないでしょうし」

「別に今のままでも悪くないけれど、なんだか勿体ない気がするのよね」


「言われてみればそうれもそうね」

「でしょ」

「季節感楽しみつつ、自分が好きなものはちょっと長めに楽しむことにするわ」

クリスマスの時期に売り出される香料の効いた紅茶は、私の家にまだあと二缶ある。


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