とある家族の日常風景 2)無用な争いを避けるため

姉から突然電話が掛かってきた。珍しい。

「突然だけどさ、電話いい?時間ある? 」

「有るけど、何? 」

「まぁ、ネットって怖いなーって話。ネチケットとか、ネットリテラシーとかあるでしょ」

「あった。ネチケットって若干死語だと思うけど」

「死語だけど、内容は今も大切です」

「おっしゃるとおり」

見えない白旗を、早々に振る。俺は妻の夫であり子供達の父親だが、姉の弟でもある。


「でね、それってさぁ。私達、古のピーピロピロリーを知っている世代は、少しずつ学んでいったじゃない」

姉が口ずさんだ懐かしい擬音に、笑い出しそうになった。

「なんかそれ、久しぶりに聞いた」

「上手でしょ」

姉が自慢気に笑う。


「でさ、最近の子、デジタルネイティヴっていうくらいだから、インターネットデビューが早いでしょ」


「まぁね」

「プライバシーという概念って私達いつ頃身についた? 今の子達、ネットリテラシーいつ習うの? 」

姉の言葉に、俺は天井を仰いだ。


「いや、それさ。それ。俺達ある程度、社会の常識を身に着けてからインターネットデビューしたけど」

「そう。それ、それ」

我が姉の恐ろしいところは、こういう勘の良さである。


「まだ渡してないけど、そろそろ欲しがる頃だし、どうやって教えたものかと」

「若き父の悩みを深くしてあげようか。恐ろしいものをみたのよ」

人の悪い笑みを浮かべた姉が見えるような気がした。


 姉の話は、なかなかに衝撃的だった。


 盗作である。それも未成年らしい。盗作はWebから削除されたというが、それで消え去るわけがない。


「さらに怖いことがあってね」

「いや、十分怖いって」

「まだまだ怪談は終わらないよ」

姉の声が低くなった。


「まぁちょっと、調べてみてよ。法治国家の日本に、ここまでの無法地帯があるとはね」

姉の指定した単語を検索にかけて、俺は愕然とした。出るわ出るわ次々と、様々な疑いを投げかける投稿が続いていく。


 なかなかの伏魔殿いや、地獄絵図か。


「そこでだ。優しい姉は、昔は可愛らしかったのに今はむさ苦しくなってしまった弟の大切なお子様達のインターネットリテラシーの教育がどうなっているかと、大いに心配になりました」

突如、姉はナレーターのような口調になる。


「優しい姉は、南米の密林に、密林がお勧めするネットリテラシーの本を、弟のお家に届けるように命令しました」

「ありがとう」

ここは素直に御礼をいっておく。


「姉は、対抗手段を身に着けようと思いました」

そういえば、盗作を気にするということは、姉はインターネット上で何かをしているということではないだろうか。


「姉は、なかなかに面白い資格を見つけました」

話題が飛躍し、俺は首を傾げた。


「なんと、国家資格の一つに、知的財産管理技能士というものが、あったのです」

「はぁ」

「一級から三級まであってね。三級が最初で、実務経験がいらない」

姉のナレーションは唐突に終わる。


「いや、だから、どんな資格? 」

「知的財産の管理。知的財産教育協会の公式ウェブサイトでは、知的財産、つまり知財とは、著作物、商標、衣装、発明などと説明してる。そのマネジメントだと書いてあるけど。マネジメントと曖昧な用語で説明されても、門外漢にはわからなくて。調べたら、企業ならば特許の出願とかに関わっているらしい。逆に、違法ダウンロードは、知的財産に関して無知によるものと説明してあった」


「特許とかなら弁理士って仕事があったはず」

「弁理士は、特許事務所とか立ち上げて、専門職業に出来る資格。知的財産管理技能士は、あくまで企業や団体の中で、知的財産管理に関する一定の能力を証明するためのもの」


「姉ちゃん、その資格要る? 」

姉は、既に専門資格を持っている。

「いや、無くても生きていける。でも、今の時代、あったほうが便利かなと。それに職場の福利厚生で、資格の通信教育割引なのよ。お得でしょ」


 姉は観光農園に果物を採りにいくかような気軽な口調だ。


「何のためにか、お伺いしてよろしいでしょうか」

勝ち気な姉が、興味だけで資格をとるだろうか。


「勉強しようと思ってね」

「何のためにか、聞いてよろしいでしょうか」

確認のために質問してみる。


「そりゃあ、もちろん。無用な争いを避けるためよ」

予想通りの返事だ。


「抑止力? 」

「何のことでしょうか」

スマートフォンのスピーカーから、姉の楽し気な笑い声が聞こえてくる。パンデミックが宣言されてから、何年も会っていない姉は、変わらず元気なようだ。

「またね」

「じゃぁ、また」

いつ会えるのかわからない。


 離れても、姉は姉で、弟は弟なのだろう。

「ほら、こんな面白いものみつけた。見て見て」

子供の頃の姉の声が聞こえるような気がした。


「子供に教えるなら、俺も勉強しないとなぁ」

俺は素直に姉の誘いに乗ることにした。


あとがき)

知的財産教育協会 https://ip-edu.org/

国家資格 知的財産管理技能検定 https://www.kentei-info-ip-edu.org/


知財関係の資格は他にもあるようです。ご参考となれば幸いです。当然ですが、作者は上記団体、資格試験とは何ら関係ありません。

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