とある職場の昼休み 4)なれるものなら、なってもよいかも
「ねぇねぇ、これ見て。なんというか、
同僚がスマートフォンを差し出してきた。
「アルパカの抗体をうったら、アルパカになっちゃう」
意味不明な文章に私は首を傾げた。
「は? なにこれ?」
「ほら、アルパカの抗体が、コロナウイルスに対して非常に有効であることが判明したってニュースあったでしょ」
「あぁ。今までのどの治療の抗体よりも、中和活性が高いってやつ。ラクダ科特有の抗体が有効って。夢あるよね~。アルパカの抗体を改変して、人間に注射出来る抗体が出来たら、最高よね」
私もニュースを思い出した。あの可愛いアルパカにそんな才能があったなどとは、知らなかった。可愛い外見だが、アンデスの山々を生きるだけのことはある。
「何でアルパカになるとか、ぶっ飛んだ発想が出てくるわけ」
「何?アルパカになるって、何の話? 寸劇の新ネタなの 」
向かいの席から声がかかった。
「いえ、私達じゃなくて、この人達」
同僚は、向かいの席にも、例の文章を見せた。
「何これ。どう言う意味。抗体って蛋白の一種でしょう。そんなこと出来るわけないのに。異種蛋白を打って、その動物になるなんて、いつの世界、どこの時代のファンタジーよ」
「Twitterだから、この世界、今の時代の、どこかの人の頭の中さ」
後ろから声がかかる。
「俺も見た。俺の両親、なんとも
「しみじみ?」
「牛痘の時代さ、イギリスでジェンナーが始めたやつ。あれ、『牛になる!』って騒いだ連中いたらしい」
「ジェンナーの牛痘っていつ? 」
「Wikipediaでは、エドワード・ジェンナー 1749年生まれ、えっと、1796年に使用人の子供にってあるから」
「200年以上前ね」
「200年以上、えっと226年の伝統を誇るデマ『何何をうったら、何何になるシリーズ第二弾! 』凄いね」
「凄いわ。何も進歩してない界隈が、この地球上、この日本に今もいるってことでしょう」
「やめてくれる? だって大政奉還が1867年よ。江戸時代じゃない」
私達は顔を見合わせた。
「つまり、現代に江戸時代と同じ、思考回路の人が居るってこと」
「尊王攘夷! 」
「それは、幕末よ、幕末。えっと1796年頃って、えっと、寛政年間だわ」
「寛政の改革って、田沼意次がその前よね」
「老中水野忠邦」
沈黙が流れた。
「趣深いわ」
「あはれなり」
「あないみじ」
「くるしゅうない」
「いや、馬鹿馬鹿しすぎて苦しいって」
笑いが起こる。
「逆に、なれるものならばなりたいけれど。仕事しなくていいし。アルパカ牧場で可愛がってもらって」
なかなかに夢のある人生だ。いや、アルパカ生か。楽しそうではないか。まぁ、ありえないけれども。
「人間、さほど進歩してないってことね。200年くらいじゃ」
夢も希望もない言葉が向かいから聞こえてくる。
「ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人とかの遺伝子を少々取り込んだけど、基本進化してないから、まぁ、仕方ないさ」
しばらく前に流行った本の内容は、後ろからだ。
「いい薬ができそうってニュースは、ちょっとだけど安心できるというか、まぁ、罹りたくないけど、最初の何もなかった頃より、まだ安心だよなぁ。後遺症とかまだわかんないこと多くて怖いけど」
全員が頷く。
「ウイルスが変異するから大変だけど、人間がそれに何とか技術で対抗しようとできるのがいいよね」
「可能性があるっていいよ」
「何も出来なくて、大変なことになったのが中世ヨーロッパのペスト。天然痘もそうか」
「当時の人、怖かっただろうね」
ヨーロッパ絵画で有名なモチーフの一つが死の舞踏だ。
「今の時代でよかったわ」
「まぁ、アルパカになるなんて、世迷言に惑わされず、薬として完成させて欲しいよね」
昼下がり、私達はまた、例の世迷言を見つめた。
「牛はともかく、アルパカなら、なっても良いわ」
「原産地に送り返してあげようか」
「お気持ちだけで結構です」
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