とある職場の昼休み 1)単位は楽しい

「タ○リン1000mg!」

隣の席だ。叫んでエナジードリンクを飲み干した同僚に、私は白い目を向けた。

「何してるの」


「プラセボ効果を期待して、自己暗示にかけただけ」

「1gでしょ」

「あ、プラセボ効果がなくなる、なくなる、やーめーてー。せっかく効果を高めるために、自己暗示にかけたのに」

「どうせなら、10の6乗μgとか」

「うーん。マイクロが弱そうに聞こえて効果が薄れるから却下」

「10の6乗よ、10の6乗、つまりは100万! ヒャクマン、ヒャクマン、ほら、効果満点」

「円をつけてくれたら、元気になりそう。いや、ドルがいいか、ドル」

「勝手に増やすな。ジンバブ○ドルと言うぞ」

「勝手に減らすな」

苦笑した同僚が私の手元のカップを見た。


「それは?コーヒーか。その匂い。こちらはタ○リン、そちらはカフェインってわけね」

「甘いな。これはデカフェです」

今は昼休憩だ。そろそろカフェインが入った飲料を控えないと、夜間の睡眠に差し支える。


「ふっ。いつも甘くないブラックを飲んでいる君が、甘いなどというのは、何の冗談かい? そもそもデカフェなどという言葉に騙されてはいけないよ。デカフェとは、もともとあったカフェインを取り除いているだけだ。当然、残留分がある。1000mgという言葉のプラセボに酔う私と、デカフェに惑わされている君と、さほどの違いはあるまい」

突然、同僚は芝居がかった口調に切り替えた。ドラマや本の影響で口調を変えることは珍しくない同僚だが、今日は一人では終わらなかった。


「何を言うか君。言葉に惑わされているのは君も同じだ」

後ろの席からも、似たような口調の声がかかった。その手にあるのは、先程、同僚が飲み干したばかりのエナジードリンクの空き容器だ。


「ここを見給え、君。ここにほら、無水カフェインと書いてあるではないか。カフェインの虜になっている君が、人をデカフェに惑わされているということなど出来るかね」

ノリが良いのは良いが、何の真似をしているのだろう。この二人は。


「あぁ、なんということだ。私は惑わされていたのか」

大袈裟に天を仰いだ同僚に、とうとう向かいの席から笑いが起きた。


「突然、寸劇を始めなくても」

明らかに、その目は私を寸劇の出演者に含めている。酷い。理不尽だ。


「1000mgと私を一緒にしないで下さい。1000mgは1gですよ。1gは0.001Kg、0.001。0.1でもなく、0.01でもなく、ゼロ・点・ゼロ・ゼロ・イチ・キログラム」

「あ、私のプラセボ効果を薄れさせようとは、悪魔のようなその発言、さては貴様、悪の組織の回し者だな」


 調子に乗った同僚は、寸劇を終えようとしない。それにしても、今同僚は、何にハマっているのだろう。机の上には様々なグッズがあるからよくわからない。


「ほらほら、百万。百万マイクログラム、いよっ、素晴らしい、ヒャ・ク・マ・ン」

仕方がないので寸劇に乗ってやることにした。


「おー、元気が出てくる、元気が出てくる」

なんとか、寸劇は無難に終わった。


「単位一つで、そこまで遊べるのって才能よね。お陰で笑って、すっきりしたわ」

向かいの席の同僚の言葉に、周囲は同意するかのように頷く。


 私は別に、そんなつもりで1000mgは1gと言ったわけではないのだが。まぁ気分転換が出来たのであれば良しとしよう。


 昼休みが終わり、午後の仕事が始まった。


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