とある家族の日常風景 1)語呂合わせの有効活用

「パスワード何にする。数字で4桁」

ホテルの部屋にある金庫の前で、妹が言った。

「いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府」

「今それ違う」

私の提案は、一瞬で却下された。

「今は、あれ? 何だっけ」

私の提案を却下した妹の言葉に私は苦笑する。

「いいはこ(1185)作ろう鎌倉幕府」

「何だ。知ってるのに」

「というか、人に違うと言って、知らないのはどうかと思う」

私の言葉に妹が口を膨らます。

「鎌倉幕府は使えないね」

御家人達の耳に入ったら大変なことになりそうな言葉を、妹が口にする。

「何にする? 4桁」

妹は、金庫の前から動かない。


「鉄砲伝来」

「種子島」

「あってるけど違う。いごよさん(1543)がかかる」

「ほう。さすが日本史選択のお姉様」

「残念だったな。世界史選択の妹よ。ついでに、キリスト教伝来」

「フランシスコ・ザビエル」

「正解。で、いごよく(1549)広まるキリスト教」

「なるほど。鉄砲が六年も先か。なんか、血腥いね。でも、どっちも覚えてない」

「パスワードには無理か。一応付け加えると、鉄砲は難破だったはず。キリスト教は、布教しにきたけど。それにカトリックの布教も色々と、色々よ。世界史選択の方が詳しいはず」

「そうでした」


 私達は顔を見合わせた。姉妹だが、お互いに知らないことはあるものだ。

「みんないくいく(1919)」

「ヴェルサイユ」

「いいねぇ」

第一次世界大戦終結の講和条約ともなると、共通の知識だ。

「繰り返しはだめかな」

「それは一理あり」


 妹がニヤリと笑った。

「フランス革命」

「ギロチンが大活躍したとか、フランス国歌が当時を反映していて、なかなかの歌詞だとかしか、思いつかない」

「そのとおりだけど、1789年」

「並びか」

「並びだ」

「ナポレオン関係は良い? 」

「無理、知らない。悔しいから、最期の言葉が、フランス、軍隊、ジョセフィーヌだということはアピールしておく。ただし、諸説あり」

「そう。諸説ある」


 妹がもう一つ捻り出した。

「みなごー(375)」

「ゲルマン大移動」

「いいね」

「でも、誰にでもわかるね」

歴史の授業の最初に出てくる語呂合わせだ。

「よくないね」

妹はあっさりと己の提案を取り下げた。


「うーむ。仏教伝来」

「なにそれ。聖徳太子は知ってるけど」

「ごさんぱち(538)」

「それいけそう」

「何故?」

「語呂が面白いから、覚えやすい。よし、覚えた。頭をゼロにしとく」

「さすが天才、一度で覚えるとは。設定ありがとう」

「いやぁ、それほどでもあるけど」

使い古された言い回しに、二人で笑う。


「では豆知識ついでにもう一つ教えてしんぜよう」

思わせぶりな私の言葉に、金庫を設定し終わった妹が、振り返った。


「聖徳太子は、今、厩戸王になった」

「今になって改名? いつの時代の人よ。平安より前でしょ」

「飛鳥時代。あをによし奈良の都の頃よ。詳しいことは忘れたけど、聖徳太子って後世の人がつけた名前で、当時の名前ではないから、というのが理由らしい。厩戸王も本名とは限らないらしい」

「何それ」

「私もそう思う。というより、それを延々調べている人たちって凄いと思う」

「思うわ」

「結局、全部諸説ありよね」

「タイムマシンないからね。専門家って大変よね」


「では、確認です。仏教伝来?」

「ごさんぱち(538)」

思わず笑った私に妹が不貞腐れた。

「どうしたの。合ってるでしょ」

「いや、ごめん。合ってる合ってる。ただ、ホテルの金庫なのに、仏教伝来って。内張りが金箔の金庫とかならわかるけど」

「それは、御利益ありそうな金庫」

「きっと今回の旅行、御利益あるよ」


 私はカーテンをあけて外を見た。

「ほら、快晴」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る