第20話 友達の作り方


 六人掛けのテーブルに座って、俺は目の前にあるコロッケ定食を見つめていた。これが奢りというのは嬉しいことかもしれないが、はたしてこの状況で味はちゃんとするのだろうか?

 空いている五つの席を一瞥する。今からここにが来ると思うと気が滅入りそうだった。


「恨むぞ、啓太」


 食堂の喧噪に紛れながら呟いて、頭に浮かんだ啓太の頬へ渾身のパンチを叩き込む。頭の中でささやかな鬱憤を晴らして、俺は溜息を吐いた。


 あの時、櫻井の提案した昼飯に風宮達がいるとわかった瞬間、俺は速攻で啓太と飯を食うからと断った。

 しかし啓太は間髪入れずに俺を見捨てていた。なにが部活のメンバーと飯食うだよ。さっき俺のこと誘ってただろうが。


 あの立ち去った時の啓太の満面な笑みが頭に浮かぶ。その顔を思い出して腹が立った。もう一度、頭の中で啓太にパンチを叩き込んだ。


「お待たせー!」


 俺が一人で呆けていると、そう言ってトレーを持った櫻井が来ていた。そんな彼女に続いて、風宮達も俺が座るテーブルに揃って来た。


「悪いな、佐藤。先に席確保してもらって」

「気にしなくて良い。俺の方が受け取るの早かったんだから」

「それでも感謝はさせてくれ、ありがとう」


 そう言って、風宮が俺から見て正面の席に座っていた。前からわかってはいたが、律儀な奴だと思った。

 続いて、立花が風宮の隣に座る。座る際に俺を怪訝な目で見ている気がしたが、気にしない方が良い気がした。


「あれ? 佐藤君、食べないで私達待ってたの? 全然先に食べててもよかったのに」

「奢ってもらってるんだから待つに決まってる」

「律儀だねぇ〜」


 はにかむ櫻井がそう言って俺の左隣に座る

 そして最後に、楓花がなぜか俺の右隣に座っていた。

 ……なんで楓花が俺の隣に座ってるんだ? 風宮の隣、まだ空いてるぞ?

 いつも楓花がどうしているのか知らないが、きっと彼女なら自然と風宮の隣に座ると思っていた。


 俺が驚いて楓花を見たら、彼女と目が合った。俺の顔を見た楓花が不思議そうに首を傾げる。

 しかし、ふと自分の席を確認した楓花が「あっ……」と声を漏らしていた。


「ん? 楓花どうかした?」

「……ちょっとコショウ忘れちゃったみたい」

「あれ? 楓花ってラーメンにコショウ入れてたっけ?」

「うん、たまには入れるよ」


 お前、醤油ラーメンにコショウは入れない派だろ? 知ってるんだからな?

 乾いた笑みを立花に見せる楓花を見て、俺は彼女がいつもと違う行動をしているんだと察した。

 多分、この場に俺がいる所為だと思った。昔から俺といつも一緒に行動していた癖が出たんだろう。

 しかしそう思っても、今更席を移動するのも変に思われる。楓花もそう思ったらしい。彼女は小さく肩を落としているのが見えた。


「では佐藤君! ここは私の奢りだからドンと食べちゃってくださいな!」


 横目で落ち込む楓花を見ていると、櫻井がそう言っていた。

 ハッと我に返って、俺が櫻井の方を見ると……なぜか思っていた以上に彼女の顔が近かった。心なしか俺と彼女の座る席の距離が近いような気がした。


「あ、あぁ……わざわざ奢ってもらってありがとう」

「そういうのは気にしない。助けてもらったんだし、それに私がしたかったことだから」


 ニコニコと笑う櫻井から妙な威圧を感じた。早く食えと言ってるんだろうか?

 周りを見えれば風宮達も、どうしてか俺が先に食べるのを待っているようだった。

 変な居心地の悪さを感じながら、俺は渋々と箸を手に取る。そしていただきますと呟いてから、俺はコロッケを口に入れていた。コロッケの味は、ちゃんとした。


「ここのコロッケ定食美味しいよね~」


 俺が食べ始めたのを見て、櫻井が嬉しそうに笑う。そして彼女も俺と同じコロッケ定食を食べ始めていた。それに続いて、風宮達もいただきますと言って食べ始めた。


 なぜか無言で、全員が食べ進める。死ぬほど居心地が悪かった。


 お前達、いつも楽しそうに話してるだろ。なんで無言なんだよ。

 周りは騒がしいのに、なぜか俺達のところだけ静か。食器と箸が当たる音だけが響く。

 なにげなく櫻井の方を見れば、美味しそうにコロッケを頬張っていた。俺の視線に気づいたらしい櫻井が俺の方を見て目が合えば、彼女は嬉しそうに笑う。なにか言えよと思った。


「なんで俺を昼飯に誘おうと思ったんだ?」


 気づいたら、そう言っていた。この空気に耐え切れなくて。

 俺がそう言うと、櫻井は不思議そうに首を傾げていた。


「えっ? 急にどうしたの? さっきも言ったけど、朝のお礼したかっただけだよ?」


 この子、この空気わかってないのか?

 平然と答える櫻井に、俺は出そうになった溜息を我慢して伝えることした。


「……俺がいる所為で空気悪くなってないか?」

「ん? そんなことないと思うけど? あ、でも確かに、いつもよりみんな静かかも?」


 全くこの空気を気にしていない様子の櫻井を見て、俺は唖然とした。

 櫻井がコロッケを呑気に頬張る。もしかしてコイツ、かなりの天然なのか?

 そう、俺が思っていた時だった。


「気を使わせて悪かった。どう話し掛けようか悩んでたんだよ」


 唐突に、風宮がそう言っていた。


「一緒のクラスなのに今まで佐藤と話す機会なかったから、ちょっと緊張したんだよ」


 俺が風宮の方を見ると、コイツは気恥ずかしそうに笑っていた。

 頬を指で掻いて、風宮が櫻井を一瞥した。


「俺達さ、愛菜から朝の話は聞いてるんだ。愛菜を助けてくれたんだよな。俺からもお礼言わせてくれ、ありがとう」

「そこまで言われる話じゃない。たまたま櫻井を見かけたってだけだ」

「そうかもしれないけど、佐藤がいなかったら友達の愛菜が事故に遭ってたかもしれないんだ。感謝くらい言わせてくれよ」


 俺の淡白な返事に、嫌な顔すらないで爽やかに風宮が答える。


「……それで風宮も俺と一緒に飯を食べようって?」


 そんな風宮に、俺は思わず聞いていた。

 俺の疑問を聞いた風宮の顔が呆けた表情になった。


「友達を助けてくれた人に感謝の言葉くらい言いたいだろ?」

「そうかもしれないけど、別にそれで一緒に飯食うって話にならなくないか? 俺達、同じクラスでも話す機会なんてないのに」

「あぁ……そういうことか」


 俺の話に風宮が納得したように頷くと、わざとらしく肩をすくめた。


「だからだよ。こういう良い機会ができたから、佐藤と話してみたいと思ったんだ」


 そう言って、風宮は嬉しそうに笑っていた。


「さっきも言ったことだけど、同じクラスなのに全然話したことなかったからな。俺も佐藤のことあんまり知らないから、知りたいと思った」

「俺のこと知ってどうすんだよ?」

「そんなの決まってるだろ?」


 怪訝に眉を寄せる俺に、風宮は子供みたいな笑顔を見せる。

 そして彼は、それが平然のように言った。高校生が言うには、かなり恥ずかしい言葉を。


「――俺達、友達になれるかもしれないだろ?」


 まるで青春漫画みたいな台詞を現実で聞くとは思わなった。






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