第19話 受け取りたくないお礼


『智明、愛菜ちゃんになにしたの?』

『先に言っておくけど変なことしてないからな?』

『なんかその返事だと逆に悪いことしたみたいに見えるんだけど?』

『俺がそんなことするわけないだろ?』

『そんなことわかってるよ。それで? 愛菜ちゃんとなにかあったの?』

『さっき学校来る途中で櫻井が車に轢かれそうになったから助けただけだ』

『え? 愛菜ちゃん大丈夫だったの?』

『ピンピンしてる本人が楓花の目の前にいるだろ? 別に転んだりしてないし、怪我もしてないから大丈夫だと思うけど?』

『確かに全然元気そうだけど……もしかして嘘だったりする?』

『本当だって、疑うなら櫻井に聞いてみろ』

『待って、今ちょうど愛菜ちゃんがその話してるから』

『わざわざ人に話す話じゃないだろ……』

『今、愛菜ちゃんから聞いたよ。本当みたいだね……だからか』

『だから? なにかあったみたいな書き方するなよ』

『いや、なんというか……さっきから愛菜ちゃんが智明の話ばっかりしてるんだよ』

『俺の? 別に変なことしたわけじゃないからそこまで話題に出ることないだろ?』

『変な話じゃないよ。むしろ良い話なんだけど、今みんなの話を聞いてる感じだとね……このまま話が進んだら多分智明が面倒くさがる話になるかも』

『怖い書き方しないでくれない? 今から早退するか本気で悩むんだけど?』

『そういう怖い話じゃないから、ただ智明なら絶対に面倒くさいって思うだけ話』

『なんの話してるんだよ?』

『愛菜ちゃんが智明に助けてくれたお礼したいって話』

『うん。面倒。どうにか楓花で話逸らしてくれない?』

『無理。愛菜ちゃんってこういう時は特に頑固だから、今も絶対にお礼するって言ってるもん』

『もう帰ろうかな。昼休みになったら保健室行ってくるわ』

『帰っても無駄だと思うよ。愛菜ちゃんと同じクラスなんだから』

『そうだった……どうしよ』

『どうしようもないよ。素直に愛菜ちゃんのお礼受け取って終わらせた方が良いと思う』

『なにされるかわからないから怖いんだって』

『そこまで怖がらなくても良いと思うけど……とりあえず、昼休みになったら身構えてた方が良いよ。こっち、そういう話でまとまったから』


 その返信を最後に、俺と楓花のメッセージのやり取りは終わっていた。

 どうやら楓花が言うには、昼休みになったら櫻井がなにかしてくるらしい。

 改めて今までのやり取りを見返したら、本当に面倒になってきた。どうにかして櫻井から逃げる方法がないか真剣に考えてしまう。

 こっそりと先生にバレないように見ていたスマホをしまって教室にある時計を見れば、そろそろ授業が終わる時間だった。


 その時、ちょうど校内に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。


 その音を聞いた先生が授業道具を片付けて教室を出て行くと、すぐに教室は騒がしくなった。

 午前の授業が終われば、昼休みになる。昼飯の時間になれば、みんなが慌ただしく動き出していた。

 教室で友達同士で集まって手弁当やコンビニの袋を広げる奴もいれば、競争率の高い売店に走る奴もいる。それか食堂に向かう生徒が慌ただしく教室を出て行く光景は、いつも通りの見慣れた光景だった。


「智明ー、今日は飯どうすんの?」


 そんな光景を見ていると、啓太が話し掛けてきた。

 俺と啓太が一緒に昼飯を食うのも、いつも通り。今日は食堂に向かおうと思って、俺が席を立った時だった。


「佐藤くん! 今暇でしょ!」


 突如、櫻井の声が俺を呼んでいた。その声を聞いた瞬間、ぴたりと身体が止まった。

 昼休みに櫻井からなにかされるとわかっていたが、まさか昼休みになって速攻で話し掛けられるとは思わなかった。


「おーい! 聞こえてるでしょー? 佐藤くーん?」


 しかしそんな俺のことなんて知らないと言いたげに、櫻井は俺を呼んでいた。

 わざと聞こえてないフリをして教室を出て行こうか、逃げるなら今のうちに……


「――佐藤くん?」


 そう思った時、唐突に俺の視界の横から櫻井の上半身がぬるっと出てきた。俺の顔を覗き込むように、前屈みになった櫻井が至近距離で俺を見上げていた。

 不意打ちで出てきた櫻井を見て、反射的に俺は後ずさった。

 俺が櫻井から距離を取ると、彼女の表情が明らかに暗くなっていた。


「え、そんなに離れられると普通に傷つくんだけど……」

「わ、悪い。急に出てきたからビックリした」

「何度も呼んだよ? もしかして聞こえてなかったの?」


 聞こえてたけど、反応したくなかったとは言えなかった。

 不思議そうに眉を寄せる櫻井に、俺は苦笑いしながら誤魔化すことにした。


「ちょっと考え事して聞いてなかった。悪気があったわけじゃない」

「本当? もしかして私と話すのが面倒とか思ってたりする?」


 少しずつ俺に近づきながら、首を傾ける櫻井がそう言った。

 バレてるのか、それてもただの勘なのかわからなかった。


「別に面倒とかじゃない。普通に驚いただけだから」

「それなら良いんだけど……」

「それで? 俺になにか用事か?」


 疑ってくる櫻井を誤魔化すために、わざと彼女の話に被せて聞く。

 俺にそう聞かれた櫻井が小さく頷いていた。


「うん。今朝のお礼したくて」


 楓花の言っていた通り、櫻井の要件は今朝の件だった。


「朝も言ったけど、本当にお礼なんて必要ないぞ」


 とりあえずそう言って牽制してみるが、櫻井は不満そうに頬を膨らませるだけだった。彼女の口から小さな溜息が漏れていた。


「駄目、それだと私が納得できない」

「別に櫻井が納得しなくても俺はそれで良いんだけど」

「それが駄目なの。助けてもらったのにお礼もしないなんて失礼だよ? それに私を助けた佐藤くんもちゃんとそういうのは受け取らないと損するよ?」

「……なにが俺の損になるんだ?」

「貰えるものは貰っておかないと、それくらいが人生ちょうど良いんだよ」


 どうしても折れる気はないらしい。かなり頑固だった。つい、俺は顔を顰めていた。


「と言うことで! 私の奢りで一緒にお昼食べましょう! 折角だから私の友達も一緒に!」


 ほら、絶対に面倒なことになると思ったよ。

 そう言った櫻井が向いた先には、当然ながらあのメンバーがいた。

 立花と風宮、そして楓花の三人が俺を見ていた。

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