第16話 前回とは少し違う展開


 日直で先に学校へ行った楓花を見送って、その後で俺は時間に余裕を持って学校へ向かっていた。前回と前々回は遅刻ギリギリだからと走っていたが、今回はそんなことにはならなさそうだ。

 ゆっくりと学校へ向かいながら、俺はこれからのことを考えていた。


 一度、冷静になって状況を整理しようと思う。


 とにかく今の俺は、同じ時間を繰り返している。7月17日から7月31日までの二週間を、もう二回もループしている。そして今が三回目のループになる。

 これは所謂タイムリープという現象だろう。自然の力で起こるタイムスリップもあるが、自然の現象で不規則に時間が巻き戻っているわけでもない。だからきっと、これはタイムリープなんだと思う。

 というかループという単語を使っている時点でタイムリープなんだろう。ループとリープって似てるし、どっちでも良いがそういうことにしておく。


 俺が時間を繰り返すようになったキッカケは、あの噂話が原因だ。見つからないと言われるあの神社で俺がなに考えずに楓花の幸せを願ってしまったから、俺は同じ時間を繰り返すことになってしまった。


 俺の時間が7月17日に戻されるのは――おそらく楓花が幸せにならなかったことが判明した時だろう。


 その判断ができるのは、楓花の告白の結果だけ。彼女の告白が成功しなければ、俺の時間は7月17日に戻されてしまう。

 だから俺が時間のループが終わるには、楓花が幸せにならなければいけない。つまり彼女の告白が成功しなければ、このループが終わらないことになる。


 もし俺がなにもしなれば、このループが終わらないかもしれない。そう考えただけでゾッとした。永遠に同じ二週間を繰り返す。歳を取れずに、何度も同じ時間を繰り返すなんて死ねないのと一緒だった。

 絶対にやらないが、自殺したらこのループが終わるのかもわからない。そもそも楓花の幸せになるかならないかの基準がわからないから、もしかしたら告白以外で時間が戻る可能性だってあった。


 だがこの二週間を思い返しても、彼女が幸せじゃない出来事はあの告白しかなかった。それ以外に思い当たる節がないから、今はそれ以外のキッカケは考えなくて良さそうだ。


 しかしここで一番の問題になるのが、楓花の告白の結果だった。


 過去二回も見たから確実だろう。楓花の告白は、今の時点では絶対に成功しない。

 あの風宮悠一に他に好きな人がいるから楓花は振られる。そして俺の時間は戻される。そのループが今の状態だ。


 だからどうにかして楓花の告白を成功させないといけない。そうしなければ、俺のループはずっと終わらなくなる。

 考えられる方法はふたつ。ひとつは俺が考えることすら嫌な方法、もうひとつが楓花の告白の相手を違う人間に変えることだった。


 俺の願い事は、彼女が幸せになることだ。その願いに風宮悠一と早瀬楓花が結ばれることは含まれていない。俺が願ったのは、彼女が幸せになる一点だけだ。

 そう仮定すれば、楓花の告白する相手は誰でも良いことになる。結果として、楓花が幸せになれば良い。


 そこで俺にとって一番都合が良い方法が、楓花の告白の相手を俺に変えることだった。


 楓花が俺に告白してくれれば、俺は絶対にその告白を受け入れる。そして彼女は幸せになって、俺も時間のループから抜けられる。

 これがみんなが幸せになる一番の方法だと思う。風宮も楓花を振って気まずくならないし、楓花も好きになった俺と両想いになれる。ついでに俺も、ずっと好きだった彼女と両想いになれて幸せになれる。

 むしろ俺の願いでこうなったんなんだから、そうなるべきだろう。そうでないとこんなループが起きた理由が意味不明だった。


「……こんなことをクソ真面目に考えてる俺も、意味不明なんだけどな」


 考えて歩きながら、俺はそう呟いていた。

 俺が一番望む結果は、楓花の告白を俺に変えることだ。

 だがそうなるためには、大前提として彼女に俺を好きになってもらわないといけない。

 一度好きになった人から違う人を好きになる。それが本当に可能なのか。

 楓花があのイケメンで主人公みたいな風宮悠一よりも俺のことを好きになる可能性があるのか?

 それもたったの二週間足らずで。人の気持ちを変えることが、本当にできるのか。


「できないってより、やるしかない」


 もしそれができなければ、他の手段になる。それか諦めてこのループを永遠に繰り返すしかない。そうなる結末だけは避けたかった。

 それにこうなった原因はともかく……こんな状況になったのだからちゃんと利用させてもらうべきだろう。ふざけた願いの叶え方で腹も立つが、これも折角のチャンスと受け入れるのが一番良い。


 今まで諦め続けたこの気持ちを、もう隠す必要なんてない。

 彼女が幸せになるならと思って、身を引くことなんてもうしなくて良い。

 ずっとどうしようもなく好きだった彼女と両想いになれるチャンスが目の前にあるのなら、絶対にそのチャンスを掴み取らないと……こうなった意味がない。


「あとはどうやって惚れさせるか、だな」


 だから、もう覚悟は決めた。しかしそうなるための方法が、俺にはなにもなかった。

 恋愛経験がほぼない俺が女の子にモテる方法なんて知るわけがない。それに楓花とずっと両想いだと思っていから、彼女の気を強引に引こうとしたこともない。

 そう考えたら、正直手詰まりだった。一体、どこから始めれば良いかわからなくなる。まるで放置してきた夏休みの宿題の山を見た時のような気持ちになった。

 だがそう思っても、時間は勝手に進むからなにか始めないといけない。時間はたったの二週間しかない。告白する日を抜けば、13日しか猶予がない。好かれる努力をするなら、それこそ初日の今日からなにか始めないといけない。


「とりあえず、楓花と一緒に居る時間を増やすところから始まるか」


 一番簡単にできることを俺は呟いた。

 楓花に好かれるための努力をするのなら、まず彼女と一緒に居る時間を増やすべきだろう。

 しかし今よりも一緒にいる時間を増やすのも、難しいところだった。

 改めて思えば、楓花と俺が一緒に居る時間は多い。毎日、俺達は大体一緒に居る。学校に居る時は一緒に居ないが、夜はなにか特別なことがない限りどちらかの部屋に集まっている。

 俺と楓花の家が隣だから互いに帰る時間も特に気にしない。むしろ週末なら帰るのが面倒だからって泊まることもあるくらいだ。

 むしろなんでそこまで俺と一緒に居るのに、楓花は俺のこと好きじゃないんだよ。


「わかってたけど、キツイな」


 ふと今までのことを思い返して、改めて彼女が俺のことを異性として見ていないことを痛感してしまった。一人で考えて、死ぬほど悲しくなった。

 だが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。これからその楓花の気持ちを変えなければいけないんだから、簡単なことで落ち込んでいたら身体が持たなくなる。

 これからもっと辛いことがあるかもしれない。思いようにいかないことも多いかもしれないんだ。気持ちを強く持たないと、きっと楓花は振り向いてくれない。


「……頑張ろう」


 そう呟いて、俺は自分を元気づける。

 そうして俺が歩道をゆっくり歩いていると、視線の先に見覚えのある後ろ姿が目に止まった。時計を見れば、かなり呑気に歩いていたのか時間が思っていた以上に経っていた。

 俺の視線の先には、肩まである白い髪の女子――櫻井愛菜がふらついた足で歩いていた。


「これも必ず起きる出来事なんだな」


 彼女の背中を見て、俺はそう呟いていた。

 このままふらふらと歩く彼女を放っておけば、もしかしたら車に轢かれるかもしれない。そう思って、俺は彼女を追うように歩いていた。


 そしてすぐに、それは起きた。


 ふらふらと歩いていた櫻井の足取りが、更に悪くなった。

 彼女の身体が車道の方に出て行く。後ろに振り向けば、かなりの速度で走って来る車が見える。

 俺は危ないと判断して、櫻井の元に駆け寄っていた。そして彼女の腕を掴んで、そっと歩道側に引き寄せる。


「――えっ⁉︎ ちょっとなにっ‼︎」


 前と変わらない反応を櫻井が見せる。しかし俺達の真横を凄い勢いで車が通り抜けた瞬間、彼女は小さな悲鳴をあげていた。

 自分が轢かれる寸前だったと気づいて、櫻井が通り過ぎていく車を呆然と見つめるだけだった。


「……大丈夫か?」


 そんな櫻井に、俺が前と同じように声を掛ける。

 彼女はハッとすると、たどたどしい口調で答えていた。


「あ、ありがとう。少し寝不足だったからぼーっとしてた」

「怪我とかは?」

「大丈夫、してないよ」

「なら良い。急に掴んで悪かった」


 彼女の返事を聞いて、安堵した俺が掴んでいた彼女の腕から手を離す。

 しかし櫻井が痛そうに腕を擦る姿を見て、俺は少しだけ動揺していた。

 咄嗟に掴んだ所為で、思っていた以上に力を込めてしまったらしい。今までと違う反応を見せる彼女の姿に、俺はもう一度だけ謝罪することにした。


「ごめん。強く握り過ぎた」

「えっ? 全然大丈夫だよ? そんなに痛くなかったし……それに、助けてもらった人に怒るわけないじゃん?」


 俺の謝罪を聞いた櫻井が小さく笑いながら答える。

 そして走り去る車が見えなくなったところで、彼女が俺の方を向いていた。

 櫻井が、まっすぐに俺を見つめていた。


「それはともかく、さっきはありがとう。助けてくれて」

「いや……別に近くにいただけだし、気にしなくて良いよ」


 今までと違う展開になって、ついたどたどしく答えてしまった。

 そう言った俺の返事に、櫻井は不満そうに頬を膨らませていた。


「そういうこと言わないの! ちゃんとお礼は受け取らないと!」

「……わかった。助かったならそれで良かった」


 俺の返事に満足したのか、櫻井が微笑む。

 そんな彼女が俺を見つめていると、ふと彼女の表情が怪訝そうに歪んでいた。


「あれ? もしかして同じクラスの佐藤智明くん?」


 俺の顔をまじまじと見た櫻井が、そう言っていた。

 流石に、これはもう誤魔化せないだろうな。そう思って、俺は渋々と彼女に頷いた。


「ああ、そうだよ。よく俺のみたいな奴の名前なんて覚えてたな」

「あ! もしかして今、私のこと馬鹿にしたでしょ! クラスメイトの顔くらいちゃんと覚えてるもん!」


 少し話が噛み合っていない気がした。


「そういう意味じゃない」

「じゃあどういう意味か教えてよ」

「……俺みたいに地味な奴の名前なんて覚えなくても良いだろ。顔だけならともかく、名前まで覚えても話す機会なんてない」

「なに言ってるの? 今二人で話してるじゃん?」

「そういうことじゃなくて……」


 俺の言いたいことが上手く伝わらなくて、どうにももどかしくなる。

 つい俺が雑に頭を掻いていると、ふと櫻井がスマホを見ていた。そしてその画面を見た瞬間、なぜか一瞬で彼女の表情が青ざめていた。


「どうし――」

「ヤバいよっ! このままだと遅刻しちゃうッ!」

「おい! ちょっと!」

「良いから! 早くしないと遅刻するよ!」


 俺が聞くよりも早く櫻井が叫ぶ。そしてなにを思ったのか彼女は俺の腕を掴むと、そのまま走り出していた。

 そして気がつけば、走り出す櫻井に引っ張られるような形でなぜか俺も走っていた。

 なにが起きたか一瞬わからなかったが、櫻井さっきのセリフですぐに察した。腕時計を見れば、確かに走らないと間違いなく遅刻する時間になっていた。


「あー! もうっ! こうなるなら夜遅くまで映画見るんじゃなかったっ!」


 慌てて走る櫻井が大きな声で叫ぶ。

 正直に言うと、彼女の走る速度はかなり遅かった。運動音痴な楓花と良い勝負かもしれない。

 そんな彼女に腕を掴まれているから俺も全力で走るに走れなかった。

 掴まれている櫻井の手を振り払って走るわけにもいかず、俺は彼女に引っ張られる状態のまま学校に向かっていた。

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