第15話 そして時間は戻される


 目を擦って見直しても、スマホの電源を入れなおしても、スマホの画面には7月17日と表示されたまま変わらなかった。

 インターネットに繋がれたスマホは表示する日付を間違えない。だから今、今日の日付は間違いなく7月17日ということになる。


「っ……!」


 その事実を理解した瞬間、俺はスマホから手を放して後退っていた。

 ベッドに落ちたスマホの画面が光る。その画面には、変わらず7月17日と表示されたままだった。

 一体なにが起こっているかわからなくて、俺は部屋の壁に背中を擦りつけて震えていた。


「そんな馬鹿な話がっ……!」


 一度だけでなく、二度目。また同じことが起きている現状に理解が追い付かない。

 あの夢だと思っていた二週間が、俺には現実だった。それが正夢でも予知夢だろうとどっちでも良い。あれが未来のことだったと理解したまでは、まだ良かった。

 同じことを目の当たりして、そして気付いたら、また7月17日になっている。これが本当に現実かわからなくて、俺は咄嗟に自分の頬を思い切り殴った。

 鈍い痛みが頬から身体中に駆け巡る。その痛みが、今の状況が俺の夢や妄想ではないことを思い知らせる。

 その頬の痛みに堪えながら、俺はベッドに落ちているスマホを見つめて理解するしかなった。


「も、戻ってる……戻されてるっ! あの日からまたっ……!」


 時間が戻っている。その事実に、俺はそう叫んでいた。

 また日付が、戻っている。7月31日から7月17日に、日付が戻されている。

 あり得ないと思っても、そうじゃないと説明できない。一度目ならまだ正夢なんて馬鹿げた言葉で説明できる。しかし二回目にもなれば、他に説明のしようがなかった。


「どうなってるんだよ。なんで時間が戻って――」


 頭を抱えて、俺はこうなった理由を必死に考えていた。

 なんで俺の時間が二週間だけ戻っているのか。そのキッカケがなんだったのかを。

 しかし必死に今までのことを思い出して考えても、俺に思い当たる原因は限られていた。


 過去に二回、俺の時間が巻き戻った瞬間は――楓花から風宮に振られたことを告げられた時だった。


 それ以外に、特に特別なことなん起きていない。時間が巻き戻るなんてふざけたことが起きる原因なんて――


「……まさか」


 そう思った瞬間、俺はあることを唐突に思い出した。

 願いが叶う、あの噂話。探しても見つからない神社で、願い事をすると叶うと言われる与太話。あの時突如消えた神社で、俺はなにも考えずに願い事をしていた。


 楓花が幸せになりますように、と。


 もし本当に、あの時の俺の願い事があの神社で叶えられたというなら……


「まさか、楓花が幸せにならないと……これがずっと続く?」


 そう呟いて、俺の背筋は凍りついた。

 楓花が幸せにならないと、俺の時間は戻る。それはつまり、彼女が幸せにならなければ、俺の時間が何度も巻き戻ることになってしまう。

 そんなふざけた話があってたまるか。結果を変えるのではなく、その結果になるまで時間が繰り返される。そんな中途半端な願いの叶え方なんて……あまりにもふざけている。


 早瀬楓花は、7月31日に風宮悠一に告白して振られる。それは過去の二回でわかっていることだ。


 風宮に他に好きな人がいるから楓花は告白して振られている。だからそこに彼女が幸せになる結果なんてどこにもない。

 それなのに、楓花が幸せにならなければ俺の時間が戻されるなんてことをされても意味がない。だって、彼女は絶対に風宮に振られてしまうんだから。

 その告白の結果を変える方法なんて、他にあるはずがない。


「いや……まだ、ある」


 ふと思いついた方法が、俺の頭の中を埋め尽くした。

 楓花は風宮に振られる。その事実は変わらない。

 もし本当にあの神社で俺がした願い事が叶えられているというのなら、彼女は幸せにならなければならない。そうしなければ、きっと俺の時間はまた戻されるだろう。

 楓花が幸せになるかなっていないかの判断ができるのは、今のところ彼女の告白が成功するかしないかだけだ。


 彼女の告白が成功しなければ、俺の時間は戻る。だから、彼女の告白が成功すれば……全てが解決する。


 そうなるための方法が、ふたつだけ頭の中で浮かび上がった。ひとつは、俺が。そしてもうひとつは――


「楓花が告白する相手を俺に変える……そうすれば、俺の時間はもう戻されない」


 俺に最も都合が良い方法は、それだけだった。

 楓花が幸せになる。それが俺の叶えられた願い事ならば、その方法が使えることになる。

 彼女の告白の相手が俺になれば、その告白は必ず成功する。それは間違いなく彼女の幸せになるだろう。

 むしろ俺の願い事ならば、それが一番正しいことだと思えた。

 しかし、それはあまりにも難しい方法だった。


 たったの二週間で、好きな人を変えさせる。それが簡単にできるとは到底思えなかった。


 俺が楓花以外の女の子を好きになれと言われても、絶対に無理だ。楓花以外の女の子なんて好きになれるわけがない。

 しかも楓花に俺は家族のような存在としか思われていない。そこに恋愛感情がないことを、俺は思い知らされている。

 その家族の関係を異性の関係に変えることが本当にできるのだろうか?


「……やるしかない。そうしないと、俺は何度も繰り返すことになる」


 そうなるようにしないといけない。そうしなければ、俺の時間が戻される。

 俺と楓花の関係を、家族のような関係から男女の関係に変える。それができなければ、を選ぶことになる。


 それだけは、絶対に選びたくなかった。


 その地獄を想像しただけで、俺は頭を掻きむしりたくなる。それを、もう俺は三ヶ月も経験してきた。それよりも辛い思いをするとわかっている方法を選ぶなんて、今の俺にできるわけがない。

 だからそれを選ばないために、俺はやるしかなかった。


 たった二週間で、ひとりの女の子を自分に惚れさせる。


 それができなければ、その先に待っているのは辛い選択しかない。

 その未来を想像しただけで、自分の身体が強張るのがわかった。


「やる……絶対にやる……やってやるっ……!」


 だから自分に言い聞かせるように、何度も俺は呟く。

 この時間のループが回数の制限もなく繰り返されるのなら、何度だってチャンスはある。

 それで俺が子供の頃から思い描いてきた未来が来るのなら、どんなに困難なことでもやってやる。


 楓花と一緒に幸せになる。その来るはずのなかった未来が手に入るのなら、俺にやらない理由なんてなかった。


 そう思って俺が覚悟を決めた瞬間、唐突に部屋の扉が開かれた。


「おーい! お寝坊さーん! そろそろ起きないと……って珍しい! 智明がちゃんと起きてる!」


 あの時と同じように、俺の部屋に入ってきた楓花がそう言っていた。

 その姿と言葉に、俺は更なる確信を得た。間違いなく、俺は同じ時間を過ごしていると。


 先程まで泣いていた顔が嘘みたいに、いつも通りの楓花が俺を見ている。


 その姿を見て、俺はもう一度決心した。

 もう楓花をあんな顔にさせない。だから、俺が変えてやる。

 楓花が幸せになる未来のために、俺が彼女を幸せにすると心に決めて。

 俺は彼女を自分に惚れさせることを、心に決めた。






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