第12話 わかってるでしょ?


 あの消えた二週間が夢とか現実だとか言っても、時間は勝手に進む。

 見覚えがあることが多くあるって感じても、ただ俺が勝手に既視感を感じるだけ。

 居心地の悪い毎日を過ごしていても、俺の周りは別に変わらない。

 朝は楓花に起こしてもらって、学校に行けば啓太と馬鹿話をしてる近くで風宮と楓花が仲良くする光景を見せられる。そして夜は楓花と一緒に過ごす。そんな高校に入学してから変わらない毎日が過ぎていた。


 結局、時間が進んで、気づいたら7月31日の終業式の日になっていた。

 終業式の日は特に授業もない。長々と話す校長先生の話を聞いて、あとは教室でホームルームを受けて帰るだけだ。

 ホームルームが終わった瞬間、夏休みが始まったと嬉しそうに騒ぐ教室の中で最早ルーティンのように俺は早々と帰り支度を済ませる。

 いつもならこれですぐに帰るんだが……俺は鞄を机の上に置いて、少し悩んでいた。


 今帰れば、もしかしたら楓花と風宮にばったり出会うかもしれない。絶対にそれだけは避けたかった。


 視線を周りに向ければ、騒がしい教室の中に楓花の姿が見えない。それに風宮もいつの間にか教室からいなくなっていた。

 今日がどういう日か知っている俺は、あの二人がいない時点で全てを察していた。


 楓花が風宮悠一に告白する日。そして二人が結ばれる日だ。

 

 きっとその二人が今教室に居ないってことは、そういうことなんだろう。

 俺が見た夢では、これから楓花は風宮に告白して振られる。そんなことがあり得ないと思いながらも、そうなるかもしれないって不安があった。

 いつも楽しそうに風宮と楓花が仲良くしていて、まるで恋人みたいにじゃれ合う姿を見ていれば……俺には二人が両想いにしか見えなかった。


 それが蓋を開ければ、風宮は楓花ではなく他の女の子が好きだったなんて……冷静に考えてあり得ないだろ。


 そうでなければ、俺の今までが無意味で無駄になる。一体、どんな思いで俺が今日まで耐えてきたと思ってるんだ。だから楓花が幸せにならないと、意味がない。

 普通に考えて、今日で二人は恋人同士になって楽しい夏休みを過ごすに決まっていた。

 だから――そんな二人を今は見たくなかった。たとえ出会う確率が低くても、下手に遭遇する時間に帰るのはなるべく避けたかった。

 あの夢の時は適当に図書室で夏休みの宿題を片付けて時間を潰したが、夢と同じ行動をする気にもなれない。あの出来事が事実だったみたいに思ってしまうから。


「……どうするべきか」


 ぽつりと呟いて、これからの行動を考える。

 教室で適当に時間を潰すべきか、それともどこか人気のいないところに行くべきか。

 いかんせん友達が少ない俺には行動が限られてしまう。下手に移動すれば二人に会うかもしれない不安があるから、なるべく移動は避けたいところだった。


「智明、今日は暇かぁ?」


 そう思って俺が悩んでいると、啓太が能天気に話しかけてきた。

 そう言えば、あの夢でも啓太になにか言われていたような気がした。


「別に暇だけど、どうした?」

「部活行くんだけど、お前も来ない?」

「……部活?」


 なんで俺が――と言う前に、唐突に啓太が両手を合わせていた。


「ちょっと手伝ってほしいんだよ。俺の部活で部員が書いてる本を読んでくれないか?」


 確かコイツって漫画書かないくせに漫画研究部って妙な部活に入ってたな。

 前から世間話で夏休みにイベントで出す漫画を部活で作ってるって聞いた覚えがあった。普通に聞き流していたから今まで忘れていた。

 あの夢の時は面倒だったから適当な理由を言って断ったけど、今回は受けても良いかと思った。あの時と違う行動ができるなら、それが良い選択だと思えた。


「時間か掛かるのか?」

「そこまで掛からないと思う。読んで感想とか言ってくれればめっちゃ助かる」

「良いぞ、行く。その方が都合良いし」

「なにが都合良いんだ?」

「こっちの話だ。気にすんな」

「ん? まぁ良いか、じゃあ早速部室まで来てくれ。もう部室にみんな集まってると思うし」

「……終業式の日によくやるな。別に今日くらい帰っても良いだろ?」

「家が遠い奴がいるんだよ。日を改めて集合すると面倒だから今日やるんだって」


 そういうもんかと納得して、啓太の後を追い掛ける。

 そうして俺達が教室から出て行こうとした時だった。


「佐藤くん、帰るの?」

「えっ……?」


 唐突に呼ばれて振り返ると、なぜか櫻井が俺を見ていた。

 彼女の横で怪訝な表情をして俺を見つめる立花の視線が少しだけ気になった。


「いや、ちょっとコイツの用事に付き合ってから帰る」

「そっかぁ~残念」


 櫻井から話し掛けられるなんて思ってもいなかった。確かあの夢の時は、彼女から話し掛けられた覚えはなかったはずだった。

 思わず反射的に言った俺の返事に、セミロングの白い髪を揺らして櫻井の顔が不満げに口を尖らせていた。

 大した仕草じゃないのにいちいち絵になる子だな。周りよりも際立って綺麗な子だから、そう見えるんだろうな。


「なにが残念なんだ?」

「ん? もし暇だったら少しだけ佐藤くんと二人でおしゃべりしたいなって思ってだけど?」

「……別に俺は君みたいな子に興味を惹かれるような男じゃないぞ?」


 唐突に変なことを言い出した櫻井に、俺はわざとらしく肩をすくめて見せる。俺みたいな教室の隅で生きてる人間と話しても楽しくないだろうに。

 しかし櫻井はコトッと首を傾げて、不思議そうに俺を見つめていた。


「私みたいな子ってどういう意味?」


 わざと言ってるのかわからなかった。まっすぐに俺を見つめて言ってくるから、多分本気で聞いてるのか?

 どう答えるか悩んだが、俺は素直に答えることにした。別にクラスの女子に後でどう言われても気にしないし、夏休みになればどうせ忘れるだろうと思って。


「……君みたいな凄く綺麗な子に俺は興味を持たれる男じゃないって話だ」

「おお、そういうこと普通に言えちゃうタイプの人なんだ……ちょっとビックリしちゃった。ありがと」


 驚きながらも少し恥ずかしそうにして櫻井がはにかんでいた。

 彼女の隣でスマホを弄っている立花の視線が鋭くなったような気がした。

 ……これ以上なにか言ったら立花の変な反感を買いそうだ。


「本当のことだから言えるだろ。だから別に俺と話しても楽しくない」

「そんなことないと思うんだけどなぁ、聞きたいこともあったし」

「なにが聞きたかったんだ?」

「佐藤くんならわかってるでしょ?」


 小さく微笑んだ櫻井を見て、マズイと思った。

 もう忘れてると思ってたのに彼女は二週間前の朝のことをまだ覚えていたらしい。

 間違えてボロを出したくなかった俺は、早々に話を切り上げることにした。横で呆気に取られる啓太を放っておくのも可哀想だし。


「なんのことかわからないけど、とりあえずそろそろ行くよ」

「ふーん、そっか。なら今回は良いや、また今度にするよ」

「そんな機会がないことを祈ってるよ」

「そういうつれないこと言うと女の子にモテないぞ?」

「モテたいって思わないから大丈夫だよ。それじゃあ、また」

「うん、じゃあまたね」


 小さく手を振って見送る櫻井に背を向けて、俺は啓太の背中を押す。

 流されるまま啓太は驚きながらも俺に合わせて歩き出していた。

 そのまま教室を出て、部室棟に向かう。


「おい、なんで櫻井さんがお前に話し掛けてきたんだよ」

「多分、前のことだ。勘づかれてる」

「あの時の話か……なんで今更そんな話して来たんだろうな?」

「わからん。俺が聞きたいくらいだ」


 啓太の後を歩きながら、俺は顔をしかめていた。

 わざわざ時間が経ってから櫻井がそんな話をしてくると思わなくて、今更どうして話し掛けてきたのか?

 しかし考えたところで、その答えが出るわけもない。男と女の考え方は違うっていうから、それは俺がわかる話でもないと思うしかなかった。


「別にもう気にしなくて良いだろ。早く部室行くぞ」

「それはわかってるけどよ。なんか気になって」

「だから考えても無駄だって、俺も忘れるからお前も忘れろって」


 とりあえずは納得いかない様子の啓太を急かして、当初の目的だった時間潰しを優先することにしよう。

 一時間、いや二時間も時間を潰せば楓花達も流石に帰っているだろ。

 そう思って、俺は漫画研究部の部室に向かうことにした。

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