第11話 間違えているのは


 今日は色々なことがあって疲れた。

 今はまだ夢ということにしておくが――楓花が振られる変な夢なんて見るし、夢の中で二週間も過ごしていた所為なのか……どうにも見覚えのあることが頻繁に起きていたような気がする。

 今朝に起きた櫻井愛菜の件もそうだが、普通に過ごしているだけで変な違和感を感じることが多かった。学校の授業、啓太や楓花との会話から始まり、些細なことで奇妙な既視感を感じてしまう。


 普通なら、そんなことなんて気にも留めないだろう。生きていれば、似たようなことなんて普通に起こる。同じ会話だって普通にする。そして話してる途中に、この話って前にしたなって思い出すんだ。だから、気にする必要なんてないんだが……


 あんな夢を見た所為だ。思ってた以上に神経質になっている。塵も積もればなんとやら、と言うくらいだ。色々と塵が積もって、きっと精神的に疲れたんだろうな。

 

 多分――あの神社の一件が俺のメンタルを一気に疲れさせたに違いない。

 あったはずのものが突如なくなった。まるで全てが夢だったみたいに。それにいるはずのない狐なんて見るし……本当に今日はあり得ないことを色々と目の当たりにして疲れる日だった。


「はぁ……」


 こんな日の夜くらい、好き勝手にだらけても良いだろう。

 深い溜息を吐き出して、俺は全身の力を抜いてソファに身体を預けていた。ゆっくり風呂にも入ったし、夕飯も食べた。楓花のお母さんが作る料理は特に美味いから食べ過ぎたかもしれないな。満腹と風呂に入ったおかげで心地良い眠気が襲い掛かってくる。

 こうなってしまえば、あとは寝るまでの時間をゆっくりと過ごすだけだ。ちょうど寝る時間まで良い時間潰しを楓花から提供してくれるから、ありがたく彼女の提案に乗せてもらうことにしよう。


 それに今日は、楓花の部屋に入れる数少ない日なんだ。割合的には楓花が俺の部屋に来る方が多いから、彼女の部屋に入ると毎回新鮮な気持ちになる。

 もう見慣れた部屋のはずなのに、なぜか楓花の部屋にいるだけで不思議とそわそわしてしまう。惚れてる女の子の部屋に居れば……嫌でもそういう気持ちになるんだろうな。


 綺麗に整理されている部屋。ロフト型のベッドに小さめのソファとテレビに勉強机、所々にぬいぐるみや可愛い置物が多く置かれている。

 本棚の上に置いてある写真立てには、家族や俺との写真、風宮とツーショットで映ってる写真が飾られていた。


 ……最後の写真だけはもう見ないでおこう。折角の良い気分が、たったの写真一枚で台無しにされてたまるかっての。

 今だけは楓花と二人きりで過ごせる俺だけの時間だ。できるだけ良い気分で過ごしたい。あとはだらけて寝るなんてことがないように気をつけないと……

 そう思いながら俺がソファでだらけていると、唐突に部屋のドアが開かれた。


「準備おっけー! 映画見るよーっ!」


 お菓子と飲み物を両手に抱えて、パジャマ姿の楓花がご機嫌にやって来た。

 持ってきた飲み物とかをソファの前にあるテーブルに置いて、彼女が当たり前のように俺の隣に座る。


「飲み物良し! お菓子もある! 智明さん! ちゃんと準備してたかな?」


 テーブルに並べられたお菓子と飲み物を楓花が指差しで確認する。俺は飲み物だけで良いと思っているが、彼女は映画を見るならホップコーンは絶対に欠かせないらしい。映画を見ながら幸せそうにポップコーンを頬張る彼女の姿は、見てて可愛いから別に良いんだけど。


「ちゃんとしてるよ。映画見るだけなんだし、テレビの電源入れていつでも見れるようにするだけだぞ?」


 不思議と楓花に子供扱いされている気がして、俺は眉を寄せてそう言った。

 テレビの電源を入れておけば、あとはレコーダーにDVDを入れるだけだ。先に楓花が櫻井から借りたDVDを俺に渡してくれればレコーダーに入れて準備しておいたのに、彼女が楽しみにしてと言って隠すからそこまでしか準備できなかった。


「ちゃんと準備できてえらい! そんな智明にはこれを見せましょう!」


 準備万端とわかった楓花が嬉しそうに近くに置いていた鞄を漁る。

 そして楓花が鞄から一枚のDVDケースを取り出して、俺に見せつけていた。


「今日見るのはコレ! 昔の映画みたいだけど愛菜ちゃんが言うにはすっごい面白いらしいよ!」


 楓花がそう言って俺に見せたのは、随分と古いパッケージの映画だった。

 彼女からDVDケースを受け取って、裏に記載された映画の内容を見る。そしてその内容に、俺は自分の顔が強張るのがわかった。


「へぇ……面白そうじゃん」


 楓花に俺の表情を変に思われないようにして、咄嗟に呟く。


「でしょ! 私も愛菜ちゃんの話聞いてそう思ってんだ!」


 その映画の内容は、特殊な能力で過去に戻れるようになった主人公が好き勝手に能力を使った結果、その代償として、なぜか彼の好きだったヒロインが不幸になっていく。そしてそのヒロインの不幸をなかったことにするべく、主人公が能力を使って困難に立ち向かうという話だった。


 その映画の内容を読んで、俺は強烈な違和感を感じた。


 特に主人公が過去に戻れるところとヒロインに不幸が起きる点が……まるで他人事ではないような気がして、どうにも引っ掛かった。

 この映画を、俺は見た覚えがなかった。一度見た映画なら、かなり昔じゃない限り忘れない。それにあの夢の中で過ごした二週間で、こんな映画を見た記憶が俺にはなかった。

 夢で見たことのないことが起きている。それはあの二週間が夢だった証明になるかもしれないが、どうしても俺は納得できなかった。

 まるで俺にこの映画を見ろと誰かに言われているような気がして、気味が悪かった。


「でもラストは悲しいらしいんだ」

「そうなのか?」

「それも愛菜ちゃんから聞いた話だけど、でもそれが良いんだって」

「悲しいラスト、か」


 悲しいエンディングでも、それが良い。そういう物語もあるのは知っている。漫画でも、そういう話を読んだことはある。

 しかしその主人公を自分に置き換えるのは、死ぬほど嫌だった。他人の物語だから受け入れられるだけで、自分なら話は別だ。


「とりあえず、見るか」


 こんなに見る前から主人公に感情移入して映画を見る機会なんてないだろうな。

 座っていたソファから移動して、テレビに繋がれたレコーダーにDVDを入れる。

 そしてすぐにソファに戻れば、映画は始まっていた。


「どんな結末なのか気になるね」

「そうだな。気になるよ……すごく」


 俺と楓花で肩を並べてソファに座って、同じ映画を見る。

 ふと隣を見れば、もう楓花は真剣な表情で映画に見入っていた。呆けた顔でポップコーンを口に入れる姿が、間抜けで可愛いと思ってしまう。


 心を許した人じゃないと、こんな顔を彼女は見せないんだろうな。わかっているが、それを俺が許された人間だと思われているのが少し誇らしかった。

 ちょっと動けば、肩が触れ合う。そんな距離にいることを許してくれる。薄着のパジャマ姿なんて、きっと風宮にも見せられないだろう。

 それはきっと、彼女が俺を家族として見ているから。こんな姿を見せても気にする間柄じゃない。そういう関係だって。


 この関係が変わることはない。悪くなることはあっても、先に進むことはない。

 だからこうして、今はまだ楓花と一緒に居られる。彼女に恋人ができれば、こんなこともできなくなる未来が来るのをわかっているから、この時間を大事にしておきたい。

 どうしようもなく好きな彼女と過ごした思い出を、今のうちにできるだけたくさん残しておきたいから。

 そんな彼女がもし不幸になるのなら、俺はどんなことをしてでも手助けしよう。

 この映画の主人公みたいに、どんなに辛くても彼女の為に頑張る自信があった。


「こんなことになるの……?」


 映画を見ていたら、楓花がそう呟いた。

 俺も映画を見ていたが、見てて心が苦しくなった。

 過去に戻って起こるはずの出来事を変えて現代に戻れば、どんどん状況が悪くなっていく。そしてどうしようもないくらい悪くなった状況を変えるために、最後に主人公がある決断をしていた。


「うぅ……」


 気づいたら楓花は嗚咽を漏らして泣いていた。

 最後の主人公の決断は、自分が死ぬことだった。過去に戻って、自殺して現代の全てをなかったことにしていた。

 そうすれば、彼女が不幸になる未来が消せると信じて。実際、エピローグでは幸せそうに結婚するヒロインの姿が映されていた。

 こういう終わり方か……確かに良い話だと思った。悲しいけど、見終わればこの終わり方しかないと思える内容だった。


「思ってた以上に面白かったわ」


 映画を見た充足感に満足して、前のめりに映画を見ていた俺はソファに背中を預けていた。


「面白かったけど、悲しすぎるよぉ……」

「そうだけど、ああするしかなかったんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど」


 涙を拭って、ティッシュで鼻をかんだ楓花が不貞腐れたように口を尖らせる。

 そして腕を組んで楓花が唸っていると、唐突に俺の方に倒れてきた。


「おい、どうしたんだよ」

「なんか疲れちゃった」


 俺の膝を枕にして、楓花が頬を膨らませていた。

 急に膝枕するなんて思ってもなくて、俺の身体が一瞬で強張った。

 最後に彼女に膝枕したのなんて、いつだったかもう覚えてない。ずっと昔、子供の頃にした以来だろうか。


「ねぇ、智明だったらどうする?」

「なにが?」

「もし智明があの主人公だったら、どうしてた?」

「……俺?」

「うん。好きな人を助けるなら、智明ならあの主人公みたいにした?」


 そう楓花に聞かれて、俺はどう考えるか悩んだ。

 しかし答えなんて、さっきから決まっていた。


「してたよ」

「えぇ~、だって死んじゃったら好きな人と一緒になれないんだよ?」


 顔をしかめる楓花に、俺は苦笑いしていた。


「そうかもしれないけど、俺もそうしたよ。それが一番手っ取り早いなら」

「なんで?」


 心底不思議そうに、楓花は首を傾げる。

 そんな彼女に、俺は自分に言い聞かせるように言葉にした。


「好きな人が幸せなら、それだけで十分だろ?」

「……そうかもしれないけど、変な智明」


 納得できないと楓花が不満を見せる。

 そんな彼女の顔を見て、俺は誤魔化すように肩をすくめた。

 大丈夫だ。楓花が間違ってるわけじゃない。

 俺が、間違ってる。それだけの話だ。






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