第8話 この世界はギャルゲーかもしれない


「ほんと……ギャルゲーみたいな光景だよな」


 教室の中心にいる四人を見て、啓太がしみじみとそう言った。

 確かに風宮と楓花達、あの四人の絵面は、本当にコイツの言う通りギャルゲーかラブコメ漫画のワンシーンみたいな光景だと思った。


 いや、どちらかと言えばアレはギャルゲーの光景だ。ラブコメ漫画の主人公は冴えない容姿と相場は決まってる。

 平均を遥かに超える容姿の人間が四人も揃えば、勝手にそう見えるようになるらしい。もしかしたら美男美女の相乗効果というやつかもしれない。


「俺もあそこに入れればなぁ……」

「無理だって、お前の趣味を理解してくれる奴があそこにいると思うか?」

「わからないだろ? 隠れオタクって可能性だってある」

「ないない」


 不貞腐れる啓太に、俺はけらけらと笑った。

 俺や啓太みたいに主役になれないタイプの人間は、絶対にあの空間には近づくことすらできない気がした。


 もしあんなグループに立ち入る人間がいるとしたら、きっとその人間も彼らと同じ類の人間なんだろう。

 あのグループに自分が入るつもりなんて更々ないが、自分にその資格すらない事実に内心俺は少しだけムカついた。その中にいる楓花と一緒にいるべきではないと言われているような気がして、正直腹が立った。

 そんな八つ当たりみたいな感情を抱えて、俺が風宮達を眺めていると――ふと唐突に風宮の声が聞こえた。


「――そう言えばさ。俺、最近格ゲーにハマったんだよ」


 一瞬、聞き間違えたんだと思った。しかし啓太と自然と目が合えば、彼も俺と同じように呆気に取られていた。

 どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。女子が絶対に興味のない話題を風宮が楓花達の前で出すとは思わなくて、俺達は揃って言葉を失っていた。


 いくらハマってるからって言っても……女の子に格ゲーの話はないだろ?

 盗み聞きは良くないと思ったが、どうにも風宮達の声がよく通るから聞こえてしまう。

 俺は啓太と顔を合わせて小さく頷き合うと、そっとバレないように彼等の話を聞くことにした。


「またゲーム? 悠一って本当ゲーム好きだよね?」

「だからさ、梨香も一緒にやらない?」

「……私がやるわけないでしょ? そういうのは宗介そうすけとでもやんなよ?」

「アイツはFPSしかしないんだよ。知らない人とやるより仲の良い友達と一緒に遊びたくてさ……駄目?」

「私はパス、そういうのは愛菜か楓花にでも言ってよ」


 立花に格ゲーを拒否されて、風宮が悲しそうな顔を見せる。そんな彼に、彼女は特に気にする素振りもなく気だるそうにスマホを弄っていた。

 まぁ、そうなるよ。立花の反応が普通だと思った。誘うなら絶対に男子の友達を誘った方が良い。


「愛菜、一緒にやらない?」


 立花の反応で他の女子の反応も予想できると思うが、風宮も諦める気はなかったらしい。

 彼にそう言われて、櫻井はわざとらしく肩を竦めて苦笑いしていた。


「私も遠慮しとく。今はゲームとかより映画見てる方が楽しいし。みんなで遊ぶ時とかなら別に良いけど?」

「そういうライトな感じじゃなくて、ガチで勝負したいんだよ。宗介だと絶対にやってくれないし」


 一体、アイツは女の子になにを望んでいるのか本気でわからなかった。単に一緒に遊びたいだけなら、もっと他にあっただろうに。

 きっと下心なく話しているからそんなアホみたいな話題が出せるんだろうな。馬鹿なのか素直なのか、多分アイツの場合は後者なんだろう。


「それなら私もパスで、あのタイプのゲームって練習しないと駄目でしょ? そんな時間あるなら私は映画見るよ」

「本当に愛菜って映画好きだよねぇ……もしかして今日いつもより遅かったのって映画見て夜更かしでもしてた感じ?」


 俺が気を抜いて聞いていたら、立花がそんなことを言っていた。一瞬、ドッと胸の鼓動が早くなったような気がした。

 櫻井の口元が少し歪むのが見える。しかしその瞬間――急に彼女が目が俺達に向けられた。


「――っ!」


 彼女の目が俺の方に向くと咄嗟に気づいて、すぐに俺はさりげなく顔を彼女達から逸らした。

 俺の視界の端で、なぜか櫻井が俺の方を向いていたが……しばらくすると彼女の視線は立花の方に向けられた。


「あー、そんな感じ。だからちょっと……ってよりかなり寝不足」

「寝不足は女の子の天敵なんだから気をつけないと、折角めちゃくちゃ可愛い顔してるんだから」

「梨香に心配されなくてもお肌のケアはちゃんとしてるから大丈夫ですよーだっ」


 立花と笑いながら話している櫻井の視線がこちらに向けられていないことを確認して、俺は胸を撫で下ろした。


「おい、さっきの話。多分、櫻井さんにバレてるんじゃないか?」


 啓太が小声でそう言うが、俺は小さく首を横振って否定しておいた。

 俺の印象になるが、人当たりの良い櫻井ならあの時助けたのが俺だと分かれば普通に話しかけに来るはずだ。

 でもそうしないのは、彼女にまだ確信がないからだろう。その疑惑を確信に変えなければ、まだバレることはないと思いたかった。


「……楓花はやってくれるよな?」


 密かに俺が肝を冷やしていると、遂に風宮が楓花に先程と同じ話を振っていた。

 好きな人が好きな趣味を共有する。もし風間の気を惹こうと思うなら、どう考えても彼の話に乗るべきだろう。


 しかし俺は、楓花がその話に乗らないことを察していた。と言うより、乗れないというのが正解だった。

 俺の予想通り、楓花も風宮の話に苦笑していた。


「私もパスかなぁ? 私、格ゲーって苦手だから……パズルゲームなら得意だけど」


 それは昔、俺と楓花が対戦ゲームでよく色々遊んでいた時の話だ。

 色んなジャンルの対戦ゲームで楓花が一番できなかったのが格闘ゲームだった。

 どれだけ遊んでも一向に上手くならないから、それを自覚して以来、彼女が俺と格ゲーで遊ぶことはほとんどなかった。

 逆に、楓花は得意なパズルゲームを俺とやりたがる。それで俺をボコボコにして喜ぶんだから、結構悪どい一面があると知った時のことが少し懐かしかった。


「だからあんなにあのゲームのスコア高かったの? どれだけやっても楓花のスコア超えられないんだけど!」


 立花が驚くのも当然だろう。確か女子高生に流行ってたスマホのパズルゲーで、楓花は馬鹿みたいなハイスコアを叩き出していたはずだ。

 そのパズルゲームには、メッセージアプリと連動させてリアルの友達とスコアを競い合う機能がある。過去に一度だけ楓花に見せてもらった時、彼女は断トツでそのリスト内の一位になっていた。


「それはそうだよ。だって負ける気ないもん」

「……楓花ってたまに死ぬほど負けず嫌いになるよね」


 あっけらかんと話す楓花に、立花が引き攣った笑みを見せていた。

 昔から唐突に変なスイッチが入ると、楓花は極端に負けず嫌いになることがある。そこも可愛いところに見えるんだから、俺は相変わらず彼女にベタ惚れなんだと思った。


「やっぱり、駄目?」


 最後のお願いと両手を合わせて懇願する風宮だったが、三人が揃ってやらないと答えて呆れる。

 そんな彼女達の反応に、風宮はガクッと肩を落とした。


「はぁ……やっぱり一人でやるしかないのかぁ」

「もうそんな風に拗ねないの。今度、ちゃんと遊んであげるから」

「楓花くらいだよ。俺に優しいのは」


 最後のフォローを欠かさない。流石は楓花だ。そういう優しいところが可愛い。


「じゃあ今度、一緒に遊んでくれ」

「いいよー」

「ありがと、楓花」


 楓花に慰められて頬を緩める風宮が、さりげなく右手を彼女に近づける。

 そして俺が目を逸らす間もなく、風宮は楓花の頭を撫でていた。

 彼女のふんわりとしたボブヘアーに、あの男の手が優しく触れる。

 その光景を見た途端、俺の頭の血が一瞬で沸騰しそうになった。


「もう! 女の子の頭撫でたらダメだよ!」

「あっ! ごめん! 一緒に遊べるのが嬉しくて……」

「素直でよろしい。じゃあ悠君は特別に許してあげる」


 教室のど真ん中で、恥ずかしげもなく二人がじゃれ合う。

 そんな二人を櫻井と立花の二人が楽しそうにからかう。

 それはまるで、ギャルゲーのような光景だった。


「なぁ、智明」

「……なんだよ」

「やっぱりさ。この世界ってアイツが主人公のギャルゲーとかなんじゃないか?」

「なら俺達はなんだよ」

「俺達? そんなの決まってるだろ? 俺達はギャルゲーの背景に影だけで立たされてるモブキャラが良いところじゃないか?」


 そう言って、啓太は笑っていた。

 馬鹿馬鹿しいことだと思って、コイツは笑う。

 だけど俺は、啓太みたいに笑える気にはなれなかった。

 俺には、それがとても馬鹿馬鹿しい話には思えなかったから。

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