夢の中の桜色
せなかか ゆい
第1話
車の行き交う音に混じり、小さく水の流れる音が聞こえてきた。
この水の合図と共に、空へと手を伸ばすたくさんの木々と深大寺への小さな入口が目に入った。
5月頃の深大寺は冬の寂しい雰囲気とは大きく変わり、その場にいるだけで元気がもらえるようなパワフルな雰囲気へと変わる。
私は学校をサボった罪悪感がまるで吸い取られたかのように清々しい気持ちになった。
私は武蔵野市内の普通科高校に通う高校三年生だ。いつも真面目で大人しい自分と味気のない毎日に嫌気が差してしまい、学校をサボってしまった。
でも誰も心配なんてしてくれない、そう思った。
だから私は行き慣れた第2の家である深大寺に来た。
今日は人が少なく、私のローファーと道のぶつかる音が響き渡る。どんどん奥の方へ進むと、大きな木陰のある小さな石段を見つけた。私より先に座っていた葉っぱたちを振り払って、石段の真ん中に座った。
太陽が少し傾き、木の隙間から暖かい日差しが私を照らす。あまりの心地良さに私は眠りについた。
それから数時間経った後に小さな鈴の音が聞こえ、私は目を覚ました。目を開けるとそこには雲のように白い肌に、空のように澄んだ青色の目をした女の子が立っていた。
「ついてきて」
それだけ言うと女の子は小動物のように軽々と走り出した。その子の言う通りにただひたすら走った。
その子は私よりも来慣れているのか、私が知らなかった木の間の道をなんの迷いもなしに走っていく。
落ちた葉っぱが作ったフカフカの道にローファーを沈ませながら走った。
すると、やっと道の向こうに出口が見えてきた。
木陰の暗さになれていたのか、出た瞬間視界が真っ白になった。
少しずつ慣れ、視界に色が足されて行く時、一番最初に見えてきたのはとても綺麗な桜色だった。そこには1本の大きな桜が咲いていた。少し強い風が桜の花びらを乗せて私を通り過ぎて行った。もうそこに女の子は居なかった。
目の前の景色がにじんでいくのと同時に、私の耳に前とは違う大きな鈴の音が飛び込んできた。
目を覚ますと、自分の家の布団の上にいた。今すぐ行かないと。そう思った私は母の呼び掛けも聞かず、パジャマのままスニーカーを履いてあの場所へと走り出した。
深大寺街道にスニーカーの音が響きわたり、その中に小さく水の流れる音が混じった。
その日は深大寺の自然やお店を楽しむ人たちの声で溢れていた。様々な音をかき分けながら奥へ奥へと夢中で走った。すると、夢の中で見た道を見つけた。道と呼べないほどに雑草に覆われていたが、気にせず踏みつけながら走った。
「あった。」
道を抜けた後、思わず独りで呟いた。
そこには桃色の鈴のついた小さな首輪が落ちていた。
「ここに居たんだね。さくら。」
その言葉と同時に強い風が周りの草木を大きく揺らした。
私は白い雲の眩しい青空を見上げながら、昔逃げ出した飼い猫の首輪を優しく抱きしめた。
深大寺の新緑はいつもの様に空へ手を広げていた。
夢の中の桜色 せなかか ゆい @miyu080777
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