第9話「犬のヒモ」

 ※ ダンジョン管理局 西東京支部 ※



「目力さ~ん! これぇ、報告早く出した方がいいんじゃないですか?」

「んーーー? あー…」


 事務の女の子がブンブン振っているのは、先週確認された新ダンジョンについての報告書だ。

 たしか先週だったかな?

 ……金曜ということもあり雑にまとめただけで、文書チェックを事務の子に丸投げしていたやつ───。


「むー……。いかんな。週末を挟むと、仕事のことはスッポーーーーーーン! と忘れてしまうな、歳かね?」

「知りませんよ。それより、誤字すごいですよ……なんですか? 犬小屋って」


 ぶっすーと不機嫌な顔の事務の子。

 どうやら、金曜の終業間際に渡した資料をその日のうちにまとめてくれたらしい。


「あー悪い悪い、今度お昼でも」

「いや、結構です」


 ち……即答かよ。


 あわよくばデートに誘おうとして失敗。

 くさくさした気分で雑に書類を斜め読み。


「……ふん。なぁにが、新ダンジョンだよ。無職のおっさんが面倒な事しやがって……。ったくよー、犬小屋がダンジョン化したからどうだっつーの。───はい、これでいいよ。修正なし!……こんなん、パパッと上に決済まわして、まわして」


 いいからいいから、と。

 たいしてチェックもせずに、まとめられた資料をそのまま稟議箱に入れて渡す。


「は、はぁ……? 『犬小屋ダンジョン』のままでいいんですかぁ?……しかも、重要度Fって、ほぼ放置案件じゃないですか」


「いーよいーよ。上の人間だってハンコ押すだけで中身なんか読んでないんだから。……だって、しょうがないだろ。こっちだって暇じゃない。だいたい、犬小屋サイズのダンジョンをどうやって調査するのよ」


 そんなことより、『新宿ダンジョン』やら、『スカイツリー魔塔』の調査ほうにもっと職員を割いた方がいいに決まっている。

 いい加減もっと内部調査を進めろという上からの圧力が凄いのだ。


「それは……知りませんけど、ほら───カメラとか、ドローンとか───」


 はー……ったく、これだから若いのは……。


「あのなぁ? 壊れたら誰が回収するのよ? 犬小屋サイズだよ犬小屋。……器材壊れたら始末書ものだし、ましてや内部で紛失や回収不能なんてなってみろよ、責任問題だよ?……僕は嫌だね」


 ……実に。

 実に日本のお役所らしいこと。



 なにせ、日本のお役所は、とにかく金はあるのに、やたらと紛失にうるさい──。

 一昔前は雑だったのが、市民の突き上げのせいでほんっっと・・・・・うるさいのだ。


 会計監査にオンブズマン制度

 市議会に都議会、はては国会議員様のお出ましだ。


「……あー。そういえば、土曜に朝にあのダンジョンの敷地の人から電話来てたな」

「ほらぁ! やっぱり調査したほうがいいですって!」


 ───ち。


「いいって、いいって! 重要なことだったら土曜の当直──たしかシルバーさん・・・・・・がやってる窓口に連絡してるはずでしょ? 連絡あった?」

「な、ないみたいですけど……」


 当直の記録をパラパラと確認する事務の子。

 老人雇用の一環で、休日はシルバー人材センターからの派遣さんを配置しているのだ。……基本は電話番だ。


「だろ? 急ぎじゃないんだって───あの人無職だったし、暇だから電話してんだよ……きっとな。それになんかあったら今日あたり電話あるからさ。んじゃ、書類よろしくねー」


「あ、目力さ~ん──────もー」


 仕事のふりをして、どうせタバコに行くのだろう。

 そんな風に思われているのを知りながらソソクサと支部屋上の喫煙所に向かう目力であった。




 ※ ※




『この度は当社に応募くださり、ありがとうございます。厳正な選考の結果。貴殿の採用は難しいという結果に……』

 『真に申し訳ありません。当社の応募規定により、本募集は締め切らせていただきます。時間の応募を心より……』

  『───不採用───』


 不採用

  不採用

   不採用


 『───不採用ww───』


 ……ブチッ!


「だ・か・ら───『ww』じゃねぇぇぇえ、つーーーの!」


 うがぁぁぁぁぁぁああああ!!


  うがぁぁぁぁああああああ!!


「むがぁっぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!」

 合計100通ほどの不採用通知をビリッビリに破り捨てて部屋中にぶちまける高橋。


 今日も今日とて不採用!

 どうせ明日も不採用!!


 みーーーーーーんな、ご一緒に不採用ぉ♪

 あ、それ──……って、歌ってる場合かぁぁあ!!


「ち、ちくしょー」

 これほどまでに再就職がきついとは……。

 結局、恵美がやっているというサポーターの応募はいったん見送り。

 最後の手段としつつ、まずはもう一度別の企業にトライしたはいいものの……、結果は御覧の通りだ。


 100戦100敗。


 書類選考だけで落とされる始末だ。


「畜生!! 畜生ッ! 俺のなにがいけないんじゃぁっぁああ!」


 漲る就労意欲!!

 あふれるリビドー!

 そして、迸る有能ッ!!


「ここに、ええ人材おるっちゅうのに、もーーーーーーーーーーー!!」


 ああもう! ド畜生!!

 あとから、採用させてくださいって泣きついても知らねぇからな!!


 ──それにしても……。


「ぐむ……残高が──」


 削れるだけ削ってきた生活費も限界だ。

 そして、ついに恐れていた時が来た……。


「くそ……やっぱり振り込みがないか。失業保険が切れるとはこういうことなのね……」


 再就職のリミットと考えていた半年が無為に過ぎていったようだ。

 その後は、ガシガシと消えていく預貯金の額。


 うっわー……はぇーな、おい。

「な、なんて恐ろしい国なんだ……!」


 この国では、生きているだけで金がかかる!


 所得税がないかわりに、住民税に国民保険。そして年金に消費税!!

 光熱費にスマホ代だって滅茶苦茶高い……!


 そのうえ、どれもこれも切り詰めるにしても限界がある……。

 一番、切り詰めに切り詰めていた食費もさすがに限界。


 毎日、特売のうどん・・・とパンだけではそろそろ持たない。


「か、かくなる上はこれしかないか……」


 いまだ冷蔵庫にぎっしりとあるオーク肉の山。

 昨日今日で食べたのもせいぜい2Kg程度だ。さすがにオーク肉だけでは箸が進まなくなるので、全然量が減っていない──。


「むー。背に腹は代えられん。……しばらくはこれでしのぐ・・・として、残りの肉はジャーキーにするか。あとは燻製とか塩漬けに」


 幸いにも器材があるので、手間暇を惜しまなければそれらを作るのは難しくはない。


 それに、最近は平和だ。

 ポンタがオークを持ち帰ってから二、三日経つが、最近はポンタも大人しいもの。どうやら、ポンタも犬小屋で遊ぶのに飽きたのかもしれない。


 ……なんか、朝見ると顔中を血だらけにしていることがあるが、ポンタの血ではない様子。


 あと、幸いにも庭にはモンスターを持ち帰った形跡はない。

 うんっ、ポンタいいこ、いいこ。


 ───おかげで庭を本来の用途で使用できそうだ。


 まずは、ありあまるオーク肉を燻製器にかけて、残りは吊り干し籠にいれて自家製ジャーキーにする。


 若いころはアウトドアが趣味だったので、燻製器や干し籠だってあるのよ。

 なにより──。


(……くくく、暇ならあるのだよ! 暇ならね!!)


 なんたってニート。


「なんたって俺は無職だからなー!! はーっはっはっは」


 …………。


 ……。


 ───うん、泣いていい?


 ひとしきり独り言を言った後、意気揚々とオーク肉を加工しようと台所に向かう高橋であったが───。


『わんわんおッ!!』


 ん??


 ポンタ??


『わんわん! わんわんおッ!!』 


 げ。

 まーた吠えてやがる。


『わんわん!! わんわんわぉぉおん!!』

 あぁ、もう!

 ポンた静かにしろ!


 でないと、あのババァがまた───……。



    がらっ!



「(高橋さーーーーーーーーーん! ポンちゃん吠えてるわよーーーーー!)」


 ほらぁ!!


 暇か、あのババァ!!


「(た・か・は・し・さーーーーーーーーーーん!!)」

『わぉぉぉおおん♪ わぉぉおん♪』


 ポンタ喜ぶな、ばか!!

 そのババアの声は、仲間の遠吠えじゃねぇ!!


「(ちょっと聞いてるのぉぉぉおおおおお! こら、高橋ぃぃいいい!!)」

「あーーもう!! はいはいはいはいはーーーーーーーい」


「(ハイは一回でいいわよーーーーー!!)」


 うるせぇばーーーーーーーか!!

 ババアうるせぇ!!


 犬は吠えるもんなんだよ!!


「もうーーーーーーーー! ポンタ静かにぃぃいいいうぉぉおおおおおおおおおおおおおッッ?!?!?!」


 な、なな、


 ガラっと庭へ続く窓を開けて、

 そのままズドーーーーーーーンと腰を抜かした高橋。

 

 だ、だって

  だってぇぇぇえええ!!


 ──な、なななななななな……。


「なんッッッじゃこりゃーーーーーーーーーーー!!」

『わふわふッ♪』





 そう。

 お庭にはなんとぉぉぉぉ…………!!!

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