第5話「獲物その1」

 チュンチュン……。

 チュン───。


 みーんみんみんみんじー……。


 残暑厳しい季節の朝───。 



「あっちー。ふわぁぁぁ……あー腹減った。あー仕事がない」



 シャコシャコと歯磨きをしつつ、文字通り不景気な顔を見る。


 ……無職6ヶ月。

 今日も今日とて、食物を加工してウ〇コを作る日常が始まる───。


「つーか、いい加減仕事決めないとな……。もう、より好みしてられねぇぞ」


 一応、前職やら自分にあった仕事の範囲で探していたのだが、それももう諦めるしかないかもしれない。

 今時いまどきは仕事があるだけでも感謝しなければならない時代だ。


 とりあえず、無職をなんとか回避してから転職する手もりではないかと考え始めていた。

 仕事をしながら、さらにいい仕事を探す・・・・・・・方が心の余裕も違うというものだ。


「よーし、そうとなったら、とりあえず近場で給料のいいとこを探そ───」


 わんわん!

 わんわんお!


「……さ、探すぞー。今日こそ、さがすんだからなー」


 わんわんっ!!

 わぉーん!!


「……く。探すと言ったら探す───今日はバッチリいい仕事みつけ」


 わんわんわんわん! わんわんおッ!!


 …………。


 ……。


「あーもう!」 


 なんなん?!

 何、なの君?!


 フサフサしやがってぇ! 犬か!!

 …………あ、犬だわ


「もー。なんなんだよ、朝っぱらから!! メシはまだだってのー」


 庭で騒ぐポンタに出鼻をくじかれた気分。

 仕方なく、様子を見にいく高橋だった。


「朝からなんだよ? しょうもないことだったら怒るぞ?!」

『わんわん♪ わんわんお♪』


 さっきまではしきりに吠えていたくせに、高橋の顔を見た途端に『へっへっへ♪』と尻尾を振りだす現金なポンタくん。


「ったく。……ホラ、腹減ったのか? 今あげるから静かにしな。ただでさえ近所の目が冷たいんだから……」


 渋々ドッグフードを餌皿に盛りつけて庭に顔を出す。


(あー……そろそろドッグフードも買い足さないとなー)


 段々小さくなっていくドッグフードの袋に暗澹たる気持ちだ。


 ポンタの餌だってタダじゃないもんなー。

 いっそ自分でとってきてくれたら楽なのにな~……なーんてね。


「ほら、食べ─────────ってうおわぁぁああ?!」




 ちょちょちょぉぉお!!




「ちょ、ちょ、ちょ! な、な、なにそれぇぇぇえ?! ポンタ何それぇぇええ?!」

『わんわーん♪』


 ………え?

 えええええええええ?!



 ほ、ほ、

 ……WHATなん IT’Sそれ ??

 


 ごしごし。

 目をこする高橋。




『わんわん♪』


 いや、『わんわん』でなくて……。



 …………WHATえぇー



 ふきふき。

 目ヤニをふき取る高橋。



 …………WHYなぜぇ



『わんわん♪ わんわんお♪』

 だから、『わんわんお♪』 じゃなくて、………………え? なにそれ? 何それぇ!?


 せ、説明してよ、ポンタくーーーーん!

 ポンタ君の前にある、その……なんか、変なの・・・。なにそれ……?


 ───真っ赤に染まったそれぇぇぇえ!

 ──血まみれのそれぇぇぇえええ!




   あ、あえていうならゴブリン・・・・の死体ーーーーーーーーーー!!




「ちょぉぉぉおおおおおおおお?!」


 え、なんで??


 なんでぇえ?!


「……なぁんで、庭にゴブリンいるの!──なぁんでウチの庭でゴブリン死んでるのぉ?!」


 ひとり、朝っぱらから大騒ぎをする高橋であったが……それも致し方なし!


 ……だ、だって、

 だって、高橋家の庭に、ゴブリンがいるんですもの~♪



  ちゃんちゃん♪



『わふッ♪』


 …………『わふ♪』じゃないよ、君ぃ!!

 何か他に言うことないのかぃ、君ぃ!!


 あとポンタ君さぁ、

 YOUのFACE君の顔───なにそれ? 赤くない??


 ねぇ、今まで何か食ってた?! ナニ食ってたの?!

 め~~~~~~っちゃ真っ赤っかなんだけどぉ……。


『わふん♪ わふん♪』

「怖い怖い怖い!! 真っ赤な顔が怖いよ、ポンタくーーーーん!」


 ベロンベロンと顔を舐められる高橋。

 あたかも褒めて褒めてと言わんばかり───


「ぶぅわ! くっさッ!! ポンタくっさー!! めっちゃ血なまぐさいぞ、ポンター!」

『へっへっへっへっへっへっへ♪』

 なぜか大興奮のポンタ。

 もう、高橋の顔をベロンベロンのベロリンチョ!


「くさいっ! マジでくさぃ!!……ぶほっ! なんか口に入った!!」


 ゲーホゲホゲホッ!


 オ、オーケー待て!

 ……頼むから一回待て!


『わふ♪ わふ♪』

「わかったわかった! ステイ! ステイぽんたぁ!! いったんやめよ! ね!!…………はい、待て! ステイ──────……んんん、よしっ!」


 ───しゅたっ!


 すっげぇドヤ顔で高橋につぶらな瞳を向けるポンタ。

 御利巧おりこうなポンタはお座りの姿勢で尻尾ブンブン!!


「オーケー……ポンタぁ、一回落ち着こう。イイコグッボーイイイコグッボーイ。ポンタイイコー」

『へっへっへっへ……♪』


 ふぅ……。

 深呼吸の高橋───。


 すぅぅ……。

 そして、大ーーーきく息を吸って─────────……!!





  「──どこでそのモンスター・・・・・採ってきたの、ポンタあぁっぁああああ!!」





『きゃぅん?!』


 あぁ、もう!!

 あーーーーもう!!


 どーーーーすんの?!

 どーーーーーやったの?!


 ホント、どーすんのよ、これぇ!!

 ……庭・に・ゴ・ブ・リ・ン・の・死・体……あるんですけどぉぉぉお!!


「ちょぉぉぉお……! もぉぉぉおお!! なに? なんなん? まじでなんなん?! こ、これって、ゴブリン?! え? マジで???」


 マジでゴブリン?!

 馬鹿なの? ゴブリンなの? 死ぬの?!


 あ、死んでるわ。


『わふ、わふッ♪』


 ……って、『褒めて、褒めて』じゃない!!


「か、返してこい!」


 今すぐ、元の場所に返してこ~~~~い!!


『わふ??』

「──わふ、じゃねぇ!!」


 クリッと首をかしげるポンタに言葉が通じるはずもなし。……無駄に可愛いぞ、此畜生!


「くぅ……!」


 罪なき瞳が無職には眩しいぜ……!

 ポンタ的には、無職の高橋のために獲物を狩ってきた気になっているのかもしれない……!



  だ・け・ど!

  ……やばいだろ、このシチュエ―ションは!!



「ああああああ、もう!! スマホ、スマホ!! どんな時でもスーマーホー!!」


 ……&名刺!


「え~っと、東日本ダンジョン管理局の───……確か目力さんだっけ? 番号は『080-』の……」


 プップップー。トルルルルルル!


 ガチャ、

『は~ぃ、もひもひぃー』

「もしもし、もしもし!! もしもーしぃぃい!! あ、あ、目力さん?! あの、昨日お会いした高橋です、その!」


 俺のテンションたっかッ!


『んぁー? 高ぁ橋ぃ~……ふぁぁ、あー昨日のー。どーもぉ』


 ……ありゃ、なんだこの人?

 ね、寝起き??


「ちょ、ちょっと目力さん?! き、聞いてます?! なんか、その昨日塞いでもらったダンジョンなんですけどぉ」

『ふぁー……。あ、あー……あの犬小屋ね』


「は、はい! それでですね、そこからなんか、ポンタが変な魔物を取ってきまして」


『魔物ぉ? ふわぁぁ~……。あのぉ、申し訳ないんですけど、今日土曜日なんですよー。ダンジョン管理局の当直か、月曜にかけなおしてくれませんかー?』



 …………は?


 ───はぁぁぁあああ?!



   ナニイッテンノコノヒトぉぉお!



「いや、ちょ! 魔物! 魔物ぉ! も、モンスターですよ!? なんかあったら通報してって───」

『だーかーらー、重ねて申し訳ないですが、ふぁぁ、窓口時間じゃないので失礼しますね』


  プツッ。


「な?!」


  つーつーつー……。


「…………き、切りやがった?! ふざけんなよ、公務員ーーーーーーーー!!」


 し、信じられん……。

 土曜だろうが何だろうが、対応しろよ!!


 警察は24時間だぞ?!…………あ、くそ、ダンジョン管理局は警察じゃないの、か?


 つーか、土曜日なのかよ!

 畜生……無職が長すぎて曜日感覚が狂ってやがる……。



「あーもー! ど、どうすんだよ、これ───こんなん、月曜まで庭に放置すんのーーーー?!」



 ゴブリンの死体が、東京郊外の庭にある。

 しかも、その家の飼い犬が口の周りを血だらけにして───…………。



 …………。


 ……。



 アカン。

 これはアカン。



「や、やばくね?」



 ……これ、アカンやつや。



 盛夏ほどではないが、残暑も盛り。

 再就職には色々厳しい季節───じゃなくて!



 みーんみんみんみんみんじー……。



 うん……。

「これ、2日放置したら腐るよな……鳥とかも来そうだし。うっげー……つーか、すでに臭い」



   ぷ~ん……。


 察しのいい蠅まで飛んできやがった。

 いっそのこのまま放置───……。


 ……いやいや!! アカンあかん!

 腐るし、見た目が───……って、そ、それ以上に───違法?? 違法だよね、これ?!


 ふと、昨日押し付けられた法律の「写し」が思い浮かぶ。

 なにやらズラズラと書き連ねてあったけど、要約すると───……。



  『無断でダンジョンに入った場合は───以下略』



「おっふ」


 ……いやいやいや、待て待て待て!! 落ち着け俺!!


 入ったのポンタだよな?

 ポンタしかいないよね??


 だ、だって、このサイズのダンジョンに入れるのポンタだけやん!!


 飼い犬はオッケー的な──────あああああああ、無理か?!

 たしか、飼い犬の不始末って、飼い主の責任になるんじゃなかったっけ?


 ああああ、やばい!!


 やばい、やばい!!


「と、とりあえず言われたダンジョン管理局の当直に電話を──────って、ポンタぁっぁあああああ!!」

『がふっ♪ がふがふっ♪』


 なぁに食ってんの?!


「なぁに食ってんの君ぃぃい!!───って、しかも何その目! 『ん? 食べる?』じゃないよ君ぃぃいい!」


 ちょっと目を離したすきに、ポンタの奴が庭で息絶えている真っ赤な肌をしたゴブリンに食らいついていた。

 しかも、はらわた咥えて首をかしげている……。クリクリのつぶらなお目めが逆に怖いッ!


「ぐっろ! ぐっろぉぉおお!」


 うぇぇ……グロイ。めっちゃグロイ!!………………んー、グロイけど、何のこれしき!!


「な、舐めんなよ、ポンタぁ! こう見えても元ブラック企業の戦士! しかも、前職はモンスター素材の卸業だぞ!!」


 本物のモンスターもびっくりするほどの社畜を育てていた、文字通りモンスター会社の忠実なる社員だったのだ。

 ──その中で、こんな素材くらい、嫌というほど見て来たわい!!


「…………ええぃ、畜生! かくなる上は───」




   ザ・隠蔽ッ!




「……しょ、証拠がなければ問題なし!」


 だって、ポンタが食べたんだもん!! 知らないもん!!


 慌てた高橋は、ゴブリンの残骸を回収すると一輪車ネコに乗せて、家の中に運び込む。

 土間に連接したそこは作業場になっているのだ。


『わんわん!! わんわんお!』

「わんわんお、じゃないよ! ポンタぁ、バッチいもの食べない! しー! 悪い子! ポンタ悪い子!! どうせとってくるなら、せめて食えるモンスター・・・・・・・・捕って来いよ!!」


『ぐるるるるるるる!!』


 獲物をとられたと思ったのか、ポンタが珍しく反抗している。

 牙をむき出しにして高橋を威嚇。


「ちょ! 怖い! ポンタ怖い!! 血だらけの顔で睨むなしッ!」


 チワワの凶暴さとゴールデンレトリーバーの風格が合わさったポンタはなかなかの迫力だ!

 だが、負けんッ! こっちは飼い主だ──────くらえ、丸骨印の『骨々ガム』だ!


 ワンチャンまっしぐらのCMどおりに───……。


「そぉい♪」

『わふん♪』


 チョローーーーーイ!


「くくく……。お前の好物は熟知してるっつーの!」


 ポンタの大好物を庭に放り投げ注意をそらす。

 すると、さっきまでガルル! とか言ってたくせに、1秒で表情を輝かせて尻尾を振りながら庭に飛び出していった。


「ふふん、所詮はケモノよのぉ───あーっはっはっは!」


 って、笑ってる場合じゃない。そんなことより早くこれ何とかしないと……。


「と、とりあえずバラすか……」


 高橋は家の一階に設けられている作業場にゴブリン? の死体を運び込む。

 そこには、夜逃げしたブラック会社の様々な器材があった。


 製品加工に使うプレス台やら、人口ダイヤモンドカッター付きの解体機、

 さらには、手術台にもみえるモンスター解体用の作業台もあれば、スキャナ付きの記録用の器材もある!


 そして、生ものを発酵させるコンポスター等、高橋家にはちょっとした工場並みの設備があった。


 そこもこれも、

 元々、モンスター素材を下すあの前職の会社が、社員に家に帰っても仕事をさせるために準備していたものだ。


 ───残業時間は月100時間以下!

 しかしそのカタクリは───……ノルマ達成できなきゃ、家でも仕事しろ……ってね!!


(今思えば、どんだけブラックなんだよ……!)


 ま、まぁ、おかげで住宅街の一軒家が、ちょっとした解体所&加工品工場みたいになってる。


 これも本来なら、夜逃げした企業の資産として差し押さえされるはずだったのだが、

 かなりの年代物だったため、倒産後も回収されることはなかった。


 ついでにいうなら、退職金の現物支給とか言って弁護士に押し付けられたものだったりする。

 ……ぶっちゃけ処分するにも金がかかるので、ゴミを押し付けただけなんだろうけどね。


(あーもう、またコイツを使う羽目になるとは……!)


 ……とはいえ、今日ばかりはこれがあってよかった。


「と、とりあえず解体バラして素材にしてしまおう。コンポスターもあるし、肥料にすれば匂いはなんとか……!」


 本来なら、モンスターの死体はダンジョン開発に参入している各企業が回収している。

 ゴブリンなんかは使用用途は少ないものの、解体し、様々な骨や肉などを様々な製品として活用している……らしい。


「そいや、ゴブリンはよく扱ったな───使用できる部位が少ないけど、ダンジョンの低層でよく出現するのから、民間の冒険者たちが素材として持ち帰ることが多いみたいだしね」


 さすがに食用にはならないが、肥料や魚の餌として、なんとか活用しているらしい。 


 このサイズのゴブリンなら、骨は焼いて焼成骨粉に、肉類はつぶして肥料に、

 ……見た目は荒れだが肥料としての質は、結構よいらしく、高級肥料として取引されていたものだ。


 なんか、ダンジョン産の肥料で作ると旨い野菜になるんだとか?

 ほんまかいな。


 だが、実際にダンジョン関連会社が農園などでは、積極的に使用しているという。


 ……俺は、食いたいとは思わんけどな。

 そもそも、ほとんど流通していないし、値段も馬鹿みたいに高い……。



「にしても……。これじゃ、前の会社の時と同じじゃねーか……」

 給料が出ない分、こっちの方が更に悪いかも?


 しょんぼりしながら、ブラックな会社勤めを思い出す高橋。

 あの時は死んだような目をしながら、ひたすらモンスター素材を解体加工していたなーと、懐かしくもない思い出に浸る。


 ……もっとも、今やっていることは証拠隠滅だ。


 売ろうにも、ダンジョン素材は政府が完全に統制しているため、一個人が売れるような代物ではない。

 もしも、違法に売ろうものなら即座に逮捕。


 出どころを調べられて、違法に手に入れたものなら、さらに重罪を課せられるという……。


「う、売るんじゃないもん。そ、そう。ポンタの後始末だもん。だから、たぶんセーフ! セーフったらセーフ!!」


 犬のう〇ちをしっかり持ち帰って処分するようなものさ───。



 だから、セーフ。セーフなので、プレス機のスイッチON!!

 


「……ポチっとなー」



 ゴリュゴリュゴリュ



 いやーな、音を立てて、ゴブリンが肥料のもとになっていく。

 その様子を見るともなしに見て、ふと違和感……。





  「……はて? そういえば、赤い肌のゴブリンなんていたっけ???」





 ───あ。記録すんの忘れた。

 新種っぽいのは記録しなきゃダメなんだけど……ま、いいか。ゴブリンだし。






※ ポンタの戦果:なんか赤いゴブリン ※


 《クラフト:ゴブリン肥料(超、半生)》

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