第1話「三十路過ぎると色々厳しいッ!」

 ───それから半年……。



 みーん、

  みんみんみんみー♪

   み~~~んみんみんみん…………♪



『残念ながら当社としては貴殿の採用をみおくらせていただきたく……』

 『真に恐縮ながら、当社の求める人材とは異なり、今回のご応募には……』

  『───不採用───』



 不採用

  不採用

   不採用


 『───不採用ww───』


 ……ブチッ!


「だ・か・ら───『ww』じゃねーーーーーーっつーーーの!」


 東京郊外の閑静な住宅街の古びた一軒家で高橋は一人部屋で大騒ぎ!

 数々の不採用通知を「そぉい!!」と破り捨てながら、建付けの悪い窓を開けて、対空ミサイルのように大空に叫ぶッッ。


 ガラガラっ!


「───舐めてんのか、ごらぁぁぁあああ!!」


      ごらぁぁぁあああ!


   ごらぁっぁああああ!!


 ……ぁぁあ!!



「ふぅ~~~……」



 ちょっと反響した声にスッキリ。


 それを聞いていた庭の隅で飼い犬のポンタが、楽し気に「ワォォオオオウ♪ ワォォオオオオウ♪」と高橋の涙の遠吠えに同調してくれた。


「……ふふ、ポンタよ。ストレスがたまった時はこうして叫ぶにかぎ───」


 ───ガラっ!!


「(ちょっと、高橋さん!! あんましうるさいと引っ越ししてもらうわよ!! ひっこ~し! ひっこしぃー♪)」

 さっさと、引っ越~~~~しぃ!!


 …………あ、さーせん!!


 近所のおばさんが睨みを利かすので、窓越しにペコリ。

 すごすごと部屋に取って返すと、破り捨てた残りの不採用通知をゴミ箱に放り込んでから、パンツ一丁でドサリを寝床に倒れこむ。


「くっそぉ……!」


 かれこれ50社は面接をしただろうか……。

 結果はいわずもがなだ───。


「どいつもこいつもふざけやがって……!」


 なぁにが学歴だ。

 なぁにが資格だ。


 ……なぁにが年齢が──────じゃぁぁぁあ!


「うるせー! これでも大卒だっつーの! 資格も普通免許も持っとるわい!!……年齢は働き盛りの30代だっつーーーの!」


 あーーーード畜生ッ!!


「ふぅ……やめやめ! 切り替えだ、切り替え! 次行ってみよう、次ぃ!」


 夜逃げした会社に、自主購入させられたPC画面を睨む高橋。

 ウィンドウなんたら、XPなんたらとかいう、型遅れの機種故に時々画面がちらつく・・・・がまだ何とか使える。そして、そいつの安い画面には、数々の求職サイトが映し出されていた。


「…………………………お。これ給料いいし近いな──……って、なんだよ、くっそー。要・資格かよ! あるかよ、簿記2級とかさー!」


 ほかにも、


「……こっちは年齢制限だぁ?! 募集条件、…………20代前半とかムリゲーすぎるだろッ」


 全くどうなってんだこの国は……!

 若返れってか?! 無理に決まってんだろーがッ!!


(くっそー……。若返るのは無理だとして───ならば、いっそ資格を取るか?)


 ……いやいや、待て待て。安易に決めるなよ。

 そんな時間はないし、第一、なによりそれで採用される保証はない。


 だいたい求人情報には、いわゆる裏採用項目・・・・・があるものだ。


 ……例えば、実は「女性のみを採用」という基準があるのだが、それは男女雇用機会という名のもと、法律などで禁じられている。

 だから、求人サイトにはその旨を載せず、とりあえず書類選考や面接だけをするやつ──。


 そのあとで男性の面接者をはじくため。形だけの選考をして、結果『厳正なる審査』を行い……そして、不採用という流れだ。


 実際には、最初から採用項目にひっかかっているというわけ。

 その辺を見極めないと、中途採用は無駄足に終わることが多い───。


「ちッ───これなんか、なにが年齢不問だよ。どーみても、若い奴求めてるのが見え見えだっつーの」


 ありとあらゆる職種にまで範囲を広げたが、どうにもめぼしの付くものはない。


 ……この不況真っ盛りの日本のことだ。働き手を募集するところが多いというが、結局それは持てし者に限った話。


 そう簡単に中途採用が通るとは思っていなかったが──まさかここまで厳しいとは……。


「はぁー……」

 最近めっきり癖になってしまった深いため息。


 同時並行でハローワークに通いつつ、最初は楽観していたが、こうも不採用が続くと不安になって仕方がない。

 中途採用ゆえそこまで高望みはしていないし、なんなら元の会社よりもさらに条件が悪いところでも渋々応募したというのに……クソっ!


(……それもこれも、あのブラック企業大空カンパニーが全部悪いッ!)


 夜逃げしやがった元の会社をくさす高橋。


 ……今思えば、あそこはブラック中のブラックだった。

 そのくせ法律の穴をくぐるのだけはやたらとうまくて、狡猾。


 しかも、社畜を逃がさないためか、資格の取得にはうるさいし、休みもくれない───。

 おまけに残業代は産業医の指導が入るギリギリまでしか認めず、残りの仕事は『家に持ち帰らせる──』という徹底ぶり。


 家で仕事をする分には、ただの趣味だという理屈だ。


 ──おかげで仕事に使う器材・・・・・・・が高橋家の一階の大半を占めている。


 ……ちなみに自腹で買わされた物もあるぞ。


 『ダンジョン産』素材加工用ののプレス機とか、

 『モンスター』解体機とか、

 『モンスターの残骸用』コンポスターとかね!!


 邪魔でしょうがねーよ!!

 そもそも、どうやって個人で使うんだよ、こんなもーーーーーーーーーん!!

 なんなら、ちょっと臭いわ!! 昔の残滓がこびりついて臭いわ!!


 ──でも捨てられるか、デカすぎてぇぇぇえええ!


「あーーーーーもうダメだ!! 今日はもうダメッ」


 バッターーーーンと、倒れて天井を仰ぐ。


 脳みそが破裂しそうだ。

 ちょっと休憩とばかりに、パソコンから離れて、スマホを眺める。


 こういう時は、オバカな動画だ。『ようつべー』を見るに限る。


「くくく……」


 変顔ネコやら、ご主人物まね犬。

 そじて、転売ヤーの無様な失敗!


「がーーーーーーーーははははは! 転売ヤー死すべし!! 死ね、転売ヤー!!」

 俺は金に困っても、転売ヤーにだけはならん!! なるくらいなら餓死するわ!!


 ったく、


 あー……。幸せホルモンー。

 どうでもいい動画などを見ていると、脳がリフレッシュされていくのを感じるわー。


 そういう仕事はないものだろうか??

 ひなが一日動画を眺める毎日────。

「…………いっそ、ずっと、こうしていられたらなぁ」


 ……だが、そういうわけにもいかないことは高橋も重々承知。

 そう。日本人たるもの労働の義務があるッ!


 それ以上に、なりより……何を隠そう──────失業保険が切れた。

 そう。切れたのだ!!

 先週、めでたく(?)失業してからちょうど半年が過ぎ、無情にも保険金の送金はストップ……。


「ファッ〇……!」


 今のところ、先月までの失業保険のおかげで食うには困っていないが、

 その保険が失効したというわけ……。


 ……つまり、再就職までのリミットは残り僅か。

 生きているだけで金のかかる社会だ。


 住民税に固定資産税。そして、飯を買えば消費税までついて来る。

 国民健康保険と年金つきで、税金税金のフルコース!!


 これじゃ、僅かな貯蓄を食いつぶすまでにそう時間はかからないだろう。

 それまでに、何としてでも仕事を見つけなければ、あとは干からびていくだけ……。


「無職になった途端、税金やら光熱費がマジでボディブローのように響くぜ……」


 ……しかし、大した学歴も資格もない高橋がそう簡単に再就職できるほど世の中は甘くはない。

 もちろん、それは高橋に限ったことではなく、日本が……そして、世界中が大不況に陥っていたので、仕方のないことといえばそうなのだが───。


 というのも、

 10年ほど前に、突如として世界各地で発生したダンジョンによって世界の常識はひっくり返ってしまったのだ。



   ダンジョン



 それは世界の理を捻じ曲げた超常の現象。


 それはどこにでも発生し、どこにでも浸食した。突如発生したそれを人々は驚きをもって受けることになる。

 草原、砂漠、雪原に山岳地帯───果ては海中や都市部にまで、ありとあらゆる場所に発生したダンジョンを世界を巻き込み、人々を混乱の底に叩き落とした。


 中でも、もっとも深刻だったのは都市部に出現したダンジョンで、その都市型ダンジョンは、人々の住む広大な地域を不可侵領域として浸食したため、各地の都市インフラが破壊され、経済を直撃したのだ。


 ……もっとも、ダンジョン自体はすさまじくデカくて邪魔───という以外には、地上部には大きな影響を及ぼすことはなかったのだが……。


 しかし、政経中枢を直撃した都心部・・・のダンジョンや、

 工業地帯に出現したダンジョンのせいで、日本経済は一時ストップ。


 さらには、断続的に出現を続けるダンジョンによって、日本を含め、世界は大混乱に陥った。

 軍は狂乱し、自国に核を撃つ国まで出現し、果ては政府機能のマヒをいいことに治安は荒れに荒れた。


 ダンジョン出現から数年は世界中が大混乱。ようやく混乱が落ち着いてきたものの、

 いまだ、その時のダメージは回復しておらず、至るとこに今も痕跡を残しているという。


 ───そして、当時大学に在学中の高橋も、就活のタイミングがもろにその頃にかぶっていたのだから笑える話ではない。



 恐ろしく低下した有効求人倍率が就活生を襲ったのだ……!!




 ほろ苦い大学4回生時代を思い出す高橋。

 ようやく就職できた企業が例の『大空カンパニー』だったのだ───。


 あぁ、大空カンパニー……。


 最悪のブラック企業。

「…………そうとも!! ぜーーーーーんぶダンジョンが悪いッ!……あの会社だって、ダンジョン産の素材卸会社なんて、景気のいい話で触れ込んでやがったくせに、蓋を開ければ真っ黒なブラック企業じゃねーか! しかもちまたにあふれて来た大手に押されて夜逃げだぁ?」


 しかも給料未払い!!


「くっそー……」


 このままじゃ、貯金のあるうちに再就職なんて絶対無理だ。

 ほぼ100%採用を詠っているいる会社もあるにはあるが、どれもこれもダンジョン探索関連のやつばっか。



 ダンジョン……。


  ダンジョン……!


   ダンジョン……!!


 そう。

 ダンジョンだ。


 どこもかしこもダンジョンだ!!! ダンジョンだらけ!!


 そして、ダンジョンは世界に多大な傷を与えたが、

 同時に膨大な利益を生む存在でもあったのだ……。


 ダンジョン。

 その内部はひたすら広大で、

 底すら知れぬ無限の土地と、尽きることのない無尽蔵の資源に溢れているとされている。


 ゆえに、ダンジョン発生で深刻なダメージを負った各国は、

 逆にそれを利用すべく国力の全てをかけてダンジョンの開発を決意。


 『重武装の部隊』を内部に送り込み、ダンジョンの制圧を試みた。

 そして、その試みはある程度成功。


 予想通り、ダンジョンのその先には、既知の鉱物資源はもとより、地球ではこれまで確認されたこともない未知の動物・植物・鉱物資源の数々も発見され、その恩恵によって化学や重工業は飛躍的に発展することに成功した。



 原子力を超えるエネルギーの存在

 不死すら可能ともする未知の生物

 そして、超常の力の可能性───……。



 それから数年───……ダンジョン開発は進み、

 そして、広く民間に開放されることとなったのである……。



 ────ピコンッ♪



『ダンジョン開発企業の新人さん募集要項』

 と、やたらに検索にひっかかるそれ。


(む、むむむむ……いっそ、ダンジョン開発系の仕事を探すか?)


 ダンジョンが民間に開放されて以来───不景気な世の中でもダンジョンに関連した仕事なら何かしら募集があったのだ。


 探索はもちろんのこと、素材の加工に、研究開発!

 元の会社の影響でダンジョン関連企業には悪印象があるので敬遠していたが……より好みしている場合ではないかもしれない。


「───でもなぁ、ダンジョンはなぁ……」


 ポチ……♪


 『ようつべー』を起動して、動画を探す。

 するとすぐに出て来たそれ───。



  【ダンジョンシーカーの末路】



 スマホの画面に表示されているのは、とある国から漏れた、ダンジョン深部調査の映像だ。


 軍服姿の男たちが次々に大型のモンスターに食い殺されていく残虐映像……。


 ズダダダダダダダダッ!!

  ズダダダダダダダダッ!!


  『GYAAAAA!!』

   『NO! NOOOOooo!!』


     バンバンバンッ!


  『FUCK! FUuuaaaaCK!!』


 アサルトライフル自動小銃のものだろうか?

 強烈なマズルフラッシュが瞬く中、ダンジョンの薄暗闇に飲み込まれるようにして、次々に切り裂かれていく軍服姿の男たち。


「うげぇ……グロすぎる」


  『OHMY GOOOOOOO───$YE%$#』


     ブチュ……。


 最後の撮影者が惨殺され、モンスターの雄たけびで動画は終了……。完全にようつべの規約にひかっかる映像だ。


 だが、消されても消されても投稿され直す、いたちごっこのそれ。


(やっぱ、ダンジョンは死の危険がある場所。さすがに命を張ってまでしたい仕事といえばそうでもないしな……)


 もっとも、この映像が極端な例だとは知っている。

 民間に開放されているダンジョンは比較的安全だから民間に開放されているのだ。


 そしてなにより、


(…………給料はいいんだよなー、給料は。……むむむぅ)


 求人広告には確かに、それなりの待遇が乗っている。


 福利厚生バッチリ。

 給料も一流企業のそれにも引けを取らない。


 しかし、それを額面通りに受け取れない高橋───……だって、元ブラック企業の社員でしたもの。


 蒸し暑い部屋でウンウン唸る高橋。


 ……ちなみに残暑に厳しい季節に冷房を付けられないのも光熱費を切り詰めているため。


 そろそろ、切り詰められるものもなくなってきた。

 だが、食費光熱費くらいしか切り詰めるものもない。


 日本の税金は無職であろうとも過酷なのだ。


 住民税に消費税。

 固定資産税に国民年金と健康保険。


 これだけで毎月に数万円が吹っ飛んでいく──────……つらい。


「あーいかんいかん!! 焦ったところで何もいいことはないぞ!」


 これでも無職歴半年じゃい!

 まだ焦るような時間じゃない。


 グルグルと思考の迷路に陥りそうになっていたので、一度かぶりを振る。

 あれほど敬遠していたダンジョン開発系企業に就職したいなどと考えるほど思考力が鈍っているのだ。


 まずはいったん冷静に……。


 そうだ。こんな時は寝るに限る───……。

 寝るに限……る。


 ……不採用通知の連発で地味に精神力を消耗していた高橋の意識はあっという間に落ちていった。

 おやすみ、俺───。



 ぐーー……。



 ……。


 …。



『わんわん!! わんわんお!!』



 んーー?



『わんわん!! わんわんお!!』


 ……ポンタ?


「…なんだよ、うるさいなー。今お前の相手してる気分じゃないんだよ」


 ポンタが珍しく吠えていやがる。……普段は大人しい奴なのにぃ。

 ご主人様はお疲れなの───寝させて!


『……わんわんおッ!!』


 庭で吠え続けるポンタ。


 しかし、高橋にそれにこたえてやる気力は残っていなかった。

 求人広告を眺めるのも、不採用通知を見るのも、今日はもう勘弁。現実よりも夢の世界にいさせて……。


『わんわんわんわん! わんわんお!!』


 ……………………。


『わんわ──』「あーもう、うるさいな!!」


 なんなん?

 なんなの、君ぃ!!


 犬なの?! 吠えるの?!


 やたらと吠え続けるポンタに業を煮やした高橋は重い腰を上げる。

 普段は、庭で「へっへっへ♪」とか言いながら羽虫を追いかけましてる癖に……。


「まったくもー。何をそんなに吠えてるんだよ?」

『わんわん!! わんわん! わんわんおッ!』


「(ちょっとー!! 高橋さん! ポンタちゃんがうるさいよー!!)」

「はいはいはいはいはーーーい!!」


 うるッせぇなー……。


 ……近所から苦情殺到。

 窓越しにいつものおばちゃんだ。


『わんわんおッ!!』


「(高・橋・さーーーーーーん!)」


「はーーーーーーい!! 今静かにさせますからぁぁあああ!!……うるせぇぞ、ババァ」

「(聞こえてるわよーーーーーーーーー!!)」


 ……さーせん。


「くっそ~、ポンタのせいで怒られたじゃねーか! だいたい、さっきからわんわん、わんわん、わんわんお、うるさいんだよッ」

『わんわんおッ!』


 いつもは静かな我が家の愛犬、ポンタ君がやけにうるさい。


「……なんなのポンタ?! 頼むから大人しくしてくれよ」


 だけど、飯の時間にはまだ早いし、散歩も今朝いったばかり───だから、ちょっと黙っててくれないかねッ!

 お前のご主人さまは自分の食い扶持確保に忙しいの!!


 渋々、ポンタの様子を見に行くと、


『ワンワンワンワンワンッ!!』


 高橋を見るなり、さらに吠えるポンタ。


「あーーーもう、うるさいな!」


 いつもなら、飯時と散歩前くらいしか吠えない奴なのに…………。


 ……不審者が来ても、「クンクン♪ ピスピス♪」なんて甘えた声ですり寄るという、なんとも愛嬌のある我が愛犬が今日に限ってどうしたんだ?


『ワンワンワンワンワンッ!!』

「あぁもう、わかったわかった。どうしたんだ……」


 両親はすでに他界しており、この家には高橋一人だけ。


 一応、少し離れた場所に姉夫婦が住んでいるが、あまり姉とは交流がないので、ほぼ完全に独り身だ。

 当然ポンタの世話も高橋の役目だ。それは別にいいんだけど───。


「……ほれ、どうした? 腹減ったのか?」


 窓越しにポンタの好物の「骨々ガム」を手にかざすも反応は芳しくない。

 それどころか、庭から駆け寄り、高橋を見るなりドアをガリガリとひっかく。


『ク~ン……』

「ポンタ??」


 窓越しに見下ろしたポンタ。


 ……いつものポンタ。

 淡い金の毛並みの中型犬でフサフサの毛が愛らしいオスの……雑種だ。


 ちなみに、ゴールデンレトリーバーと……チワワの混血だという。


 しかも、チワワの方が父親なんだとか? うん───父ちゃんチワワ、だいぶ頑張ったよね? それ。



 …………それはさておき、ポンタが高橋に気付くと、ピスピスと鼻を寄せてくる。



 なにやら、ショボンと耳まで垂れて何やら不安そうだ。


『ピスピス……く~ん』

「ど、どうした? 腹でも痛いのか?」


 ちょっと心配になった高橋は、庭に続く大窓をガラガラと開けると、ツッカケを足にポンタの頭を撫でてやる。


 しかし、ポンタの様子がいつもと違う。

 スルリと高橋の手を抜けると、犬小屋の前と高橋の傍を行ったり来たり。


「なんだよ……。お前まで無職の俺を心配してくれているのか?」

『わんわん、わんわんお!!』



   違うんかーい……。



 どうやら、どこかに案内したいらしい。

 案内もくそも、庭しかないけどね───。


『わんわんおッ!』

「はいはい、今行くよ」


 庭に出て来た高橋に気付くなり、

 ポンタがぐるぐる回りながら高橋にこっちにこいと誘導する。


(ん~??)


 ……なんだ?

 動物の骨でも見つけたのか?


『わんわんッ! わんわんおッ!』


 どうやら違うらしい。なにやら、しきりに高橋について来いと懇願しているが───……。


 あれ?

 いや、まて……。


 これってもしかして───。


「…………あ!───あれか!! 庭を『ここ掘れ、ワンワン』的な奴??」

『わんわんおッ!』


「おぉ!」


 んーーーーーーー、ならば良しッッ!

 是非とも、大判小判を発掘して、NEET生活ともおさらば──────……。


「いけ! ポンタ!! 俺も未来を掘り起こしてくれッ──────」



『わんわん、わんわんお!!』



 ……って、

  (──……そんな、うまい展開あるわけないか)


 ラノベじゃあるまいし。


 ──庭を掘ったら金貨100000枚ゲットして、エルフ嫁がきました!!

 ……とか、あるわけないない。


(ふぅ……)


 まったく、なにをそんな犬に期待するとか……だいぶ病んでるな。

 ……第一そんな幸運に恵まれるなら、最初から無職になどなっていない。


「ま、せいぜい、小動物に骨かなんかを見つけて大騒ぎしているだけに違いないわな。……ほれ、そんなものより、お前の好物の『骨々ガム』だぞ~。だから大人しくしておくれ」


 ほ~れ。

  ほ~れ。


『わんわんッ!』

「……んん? なんだなんだ。お前の好きな骨々ガムだぞー?? おーい、いらないのか~??」


 大好物をちらつかせても見向きもしないポンタ。

 それどころか、牙をむいて庭の隅を盛んに吠えたてるッ!


『ううぅぅ~! がるるるるるるる!』


 んー?

 どこ見て吠えてるんだ?


「なんだよ?……あれは、お前の家だろ? どうしたんだよ? 犬小屋になんか──いるの、か………………え??」






 ……………………え?




 な、

 なななん、

 ななななななな──


「な、なんッだ、それ…………」




 それ・・




 高橋の目の前にあったそれ・・

 

 東京郊外の一軒家とはいえ、二十三区以外ゆえに高橋家はそこそこ大きい。

 古びてはいるが、庭付き一戸建ての堂々たる住宅で、その庭をまるまるポンタ用として開放していた。


 そう。開放していたのだが…………その片隅にそれ・・はあった。



 入口部:高さ45cm、幅35cm


 材質:木製。築10年。

 ───通称:ポンタの家犬小屋








 奥行き──────………………不明。









 ある晴れた昼下がり……。


 愛犬ポンタの家犬小屋に──────…………どこまでも続く『漆黒の穴』が出現していた。

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