夢が覚めたら
どうしてこうなったの。
今日はお祝いの日なはず。
パパ……ママ……レストランのお料理とっても美味しかったのに。
寒い。
さむいよ……。
いつもいい子にしてたのに。
綾人くんが可愛いって褒めてくれたのに。
なにか悪いことしちゃったのかな。
パパとママと一緒にいたいよ。
私はひとりぼっち。
大切な人は海に攫われた。
きっと悪い夢なんだ。
目が覚めたら辛くなるよね。
このまま目が覚めなければ……。
…………っ。
手が温かい……ああ、この温かさは綾人くんだ。
目を覚まさないと綾人くんに心配かけちゃうよね。
……少しだけ待っててね。綾人くん。
◇
「………………っん…」
「おはよう、茜」
「綾人くん……夢じゃない」
「うん、ここは夢じゃないよ」
「……そっか、そうだよね」
茜は事故にあったのにもかかわらず、打撲と擦り傷の軽傷だけだった。
茜の両親2人とも帰らぬ人となり、追突してきた対向車の運転手も亡くなった。
事故原因は対向車が何らかの要因により、緩いカーブ地点で車線をはみ出してしまったことだろうと言われている。
40代で持病がないことから、居眠り運転をしてしまったというのが1番濃厚な推察だ。
茜にとって大事な思い出になる日だった。
しかし思い出に残るのは、夢や希望に満ち溢れた温かいものではなく、大切な家族を、唯一血の繋がっている両親を亡くしてしまった絶望と孤独に埋め尽くされた冷たいものになってしまった。
茜の両親はどちらも兄弟姉妹が居らず、祖父母共に病気で亡くなっている。
両親を失い、頼れる親族もいない、血の繋がりさえ残っていない本当の孤独になってしまった。
「…………んぅっ」
「……っ!あ、綾人くん……ぐすっ」
綾人は耐えきれなくなり、溢れる涙を止めきれずに茜を抱きしめた。
それにつられて、抑えきれなくなった感情が溢れ出し、互いに涙が枯れるまで体温と鼓動を求めあった。
2人にとって依存し合うきっかけとなる温もりと束縛。
まだ子供の心では受け止めきれない大きな傷と、互いに求め合い傷を埋める愛おしさを経験してしまった。
綾人は大切な人を失うことへの恐怖と離れたくない執着。
茜は事故による水辺や夜道のトラウマと綾人から感じる温もりと愛、そして常に感じ合っていたいという依存と束縛。
───愛し愛され愛し合う───
ずっと一緒にいたいという幸せになるために互いに思っていたことが、最悪の不幸によって願いが叶ってしまった。
それはまるで幸せを求めた対価として帳尻を合わせただけの神様の悪戯のように思えてくる。
綾人と茜は信心深い訳では無い。
初詣でお参りをする、七夕に願い事を書く、クリスマスにプレゼントをお願いする、これらと同列の扱いだ。
神様が助けてくれることは無い。
欠けた心を繋ぎ合わせて埋める幸福感は、子供の2人には言い表せないほどに強い刺激と快楽だと言えるだろう。
───日常を彩っていた愛情───
───欠けた心を埋め合う愛情───
形は違えど温もりを求める胸の乾き。
壊れた者同士で性を感じる。
綾人と茜の関係性は、暗くて深い底なしの沼のように愛に溺れていく。
◇
「……いきなり抱きしめてごめん」
「ううん、嬉しかったよ?すごく温かくて、冷たくなってた私の胸がぎゅーってなったの。綾人くんとずっと抱き合ってたい。こんなに悲しいのに綾人くんに抱きしめられていたいってすごく思っちゃった。……夢の中でもね、寒くて助けて欲しい時に綾人くんの温かさを感じたの。えへへっ……。パパとママはきっと天国で仲良くしてると思うの。綾人くんと幸せになればきっとパパたちも喜んでくれるはずなの……。だからずっと一緒にいたい。離れたくない。綾人くんの温かさがないと心も体も冷えて辛くなっちゃうと思うの。好き。大好き。綾人くんが好き。だから綾人くんがいないと怖いの。海にパパたちを取られちゃった。暗いところでひとりぼっちはもう嫌なの……っ。ごめんね、綾人くん。いつもカッコよくて優しくて可愛いって褒めてくれる綾人くんが好き。でもこんな不幸に綾人くんを巻き込んじゃって…………」
「茜、好きだよ。今日から一緒に同じ部屋で過ごして同じ布団で寝て、冷たくなったら抱き合って温めようね」
「ふぇ!?……こ、こんな私でもそばに居てもいいの?」
「うん。うちのお父さんたちもそうした方がいいって言ってくれたからさ。僕も茜を失うのが嫌なんだ。絶対に離さないよ」
「うんっ……!えへへっ。ずっと一緒だねっ」
「そうだね……。あ、怪我もあまりないし歩けるようなら今日中に退院しても大丈夫だって言ってたよ」
「ほ、本当!?……でも、い、家から荷物を運ばなきゃ……っ。あ、綾人くん」
「大丈夫だよ茜。僕はこのまま一緒にいるし、荷物も一緒に運ぶからさ。そんな悲しい顔しないで?……。おいで。抱き合ったら温かくなると思うよ」
「……んぅ」
幼い子供とは掛け離れた愛情の求め方。
互いに温めあって心を満たしているうちに、人生で1番不幸とも言える夜が明けた。
◇
いつの間にか眠っていた綾人と茜は、迎えに来た両親に起こされた。
周りの荷物が片付いているのを見て、これから一緒に暮らせるんだという昂りを持ちつつ、茜の境遇と推し量れない程の悲しさが入り交じった、甘くて苦くて温かいドロドロとした感情を抱えていた。
「綾人くん。これからずっと一緒だね」
「そうだね。もう離れないからね」
「うんっ。毎日温めてね」
手を繋ぎながら帰れる幸福感と身体を廻る互いの温もり。
心を深く通わせ合ったベッドに別れを告げた。
きっとそこには綾人と茜の愛が染み付いてるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます