いつもの温もりが特別に
不幸な事故から明けた日。
茜の怪我は軽傷で入院する必要はないだろうと、医師の許可が貰えた綾人たちは車で帰宅しようとしていた。
電車で迎えに行きたい気持ちがあったが、昨日のレストラン近くの病院は都会の喧騒とは無縁の緑一面に囲まれており、今の茜では駅まで歩けないだろうと判断した。
もちろん綾人と秋人は車の送迎は避けたかった。
事故による植え付けられた恐怖は日常生活に支障が出る程のトラウマとなって苦しめられている。
車で帰宅する旨を茜に説明した時は、「大丈夫だよ」と綾人たちを何とか気遣っていたが、体の震えや手汗、血の気の引いた顔を見てしまい、心が締め付けられて愛おしさを感じてしまった。
綺麗な容姿とは似合わない脆くて壊れかけの心で平然を装う姿は、綾人にとって今までに経験したことの無い体の疼きと胸の動悸を感じてしまった。
(……いつもの可愛い笑顔じゃない。こんなに弱った茜は初めて見たな……っ。ずっと離れないようにして守らなきゃ……)
まるで罅の入ったガラス細工のようだった。
壊れないよう肌身離さず手元に置きたい、誰にも渡したくない儚さ、手放したらどこかへ飛んでいってしまうような危うさは、童話に出てくるような小さな妖精に見えてしまった。
◇
「よし、じゃあ帰ろうか。家で綾音が待ってるだろうし、眠れないほどに心配してたから顔を見せてあげないとね」
「あれ、お父さんとお母さんは仕事休みだったっけ?」
「いや、仕事の予定だったけど休みにしてもらったんだ。色々とバタバタするだろうし、今は綾人と茜ちゃんの傍にいてあげたいからね。……僕も彩音も仕事に身が入らないから迷惑かけちゃうしね」
「……そっか」
「……ご、ごめんなさいっ……」
2人の会話に負い目を感じた茜は、震える喉をなんとか絞って言葉を発した。
気にするなと言われてもこんな状況では大人だろうと気遣ってくれる感謝よりも、迷惑をかけたことに対する謝罪が出てしまう。
まだ幼さが垣間見える子供が、他人への配慮や気遣いの言葉を使えるだけでも相当無理をしているのが分かってしまった。
ずっと手を握っていた綾人は、茜の細かい変化に気づいた。
「茜、無理はしないように僕を頼って。ずっと一緒にいるって2人で決めたよね?」
「……うん。ずっとそばにいて欲しい」
「そう、僕も同じ気持ちだよ。今までもお互いに迷惑かけちゃったことなんてあったよね?だから嫌だなんて思わないし、茜が隣にいないと落ち着かないんだ。……まだこんなに手が冷たい。でも手を繋いでいれば一緒にあったかくなるよ。悲しい顔よりも、いつもの可愛い笑顔の茜が好きなんだ。これからも笑顔でいて欲しいな」
「はっはっは、綾人の言う通りだね。茜ちゃんを悲しませるようなことをしたら、きっとあの人たちは怒っちゃうだろうね」
「っ…………」
不意に亡くした両親の話を出され、もう会えないんだと改めて感じてしまい、胸にズキッとした痛みが出ていた。
言葉にできない苦しみを抱えてしまった茜は、手に力が入り唇を噛んで行き場のない感情をどうにか逃がしていた。
「大丈夫だよ。僕がずっとそばにいるから」
「……うん。ありがとう、綾人くん」
「そろそろ行こうか。2人は後ろに乗ってね。綾人はそばにいてあげた方が安心するだろう?」
「そうだね、一緒に乗ろうか」
「……う、うん」
乗車する前から震えていた茜は、より一層の恐怖を感じていた。
呼吸が乱れ、落ち着きがなく、事故当時を思い出しているんじゃないかと思える程に苦しんでいた。
「茜……、こっちにおいで。抱きしめられてたら少しは落ち着くよ」
「っ…………」
「ほら、温かいでしょ?今は何も考えずに休んでていいよ」
「うん……、うん……ぐすっ」
綾人の温もりは冷えきった茜の体に染み渡っていく。いつも感じている温もりに安心したことで、堪えていた涙が溢れ出した。
疲れが取り切れていないこともあり、気がつけば茜は落ち着いた息遣いで眠っていた。
自分の胸の中で眠る茜の姿に、愛おしさを感じる綾人だった。
───このままずっと僕のモノでいて───
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