第42話 平気
いつもは一人で回っているから、創作界隈の人と一緒に回るのは新鮮だ。目の付け所もだいぶ違う。
わたしがデートシーンで使えそうなカフェ特集の雑誌や恋愛心理についての本を見ているのに対して、七藤は幻獣図鑑だったり、地理や歴史の本だったりを見ている。ファンタジーを書くのは本当に大変だ。
また、途中で七藤はイラスト集のコーナーにも立ち寄った。
「キャラの外見とか世界観を考えるのに、イラスト集とかゲーム資料集も結構使えるんだよねー。丸パクリにするのは控えるけど、ただ想像するよりも描写が格段に良くなる」
「なるほど……」
「水琴は恋愛もの書くってことだけど、外見とかってどう決めてんの?」
「SNSを活用することが多いかな。おしゃれ女子が無料で写真アップしてくれるから、それを参考に」
「お金かからなくていいなぁ」
「現代物は、案外本を買うよりSNSを使う方が良かったりするよ。最新の情報で、かつ過剰に飾られていない写真や紹介文が参考にしやすい」
「なるほどねー。あたしも恋愛ものを書かないわけじゃないし、そういうの参考にするわ。あ、ちなみに、この後時間ある? 一緒にご飯でもどう?」
「あ、うん。……まぁ、いいよ」
「ん? 別に無理しなくてもいいけど?」
「無理とかじゃなくて……わたし、恋人、いるから。他の人とあんまり気軽に食事っていうのはよくないかなと思わないでもない……かも」
「そっか。んじゃあ、コンビニとかで飲み物だけ買って、その辺のベンチで軽く話すだけにする? あの子、そういうのも嫌がっちゃう?」
「それくらいなら、たぶん大丈夫」
「じゃ、そうしよう」
それぞれ何冊か本を買って、七藤に導かれつつ十分程歩く。都心から少し外れると人は急速にまばらになり、落ち着いた雰囲気になっていく。
美術館が近くにあるこぢんまりとした公園に到着し、その近くにあったコンビニでそれぞれ飲み物を購入。わたしはカフェラテで、七藤はスムージーだ
空いていたベンチに並んで座る。人は少ないので静かで落ち着ける。既に梅雨入りしているせいか、雨は降らないまでも天気は曇り。気温が高くなり過ぎないのは丁度いいかな。
「先に確認だけど……お互いのペンネームはまだ秘密ってことでいい? ごめんけど、まだそれを言っちゃうのは怖いんだわ」
七藤が切り出して、わたしは頷く。
「うん。それでいいよ。わたしもそれはためらう。リアルで知ってる人に読まれるのは恥ずかしいよね……」
「うん……」
お互いに同意が得られたところで、二人で主に創作活動について話すかと思いきや。
「ところでさー、水琴って、どっち?」
「どっち、とは?」
「純粋にレズビアンな人? それとも、場合によっては女の子でもいい人?」
「ああ、その話ね。……わたしはレズビアンだよ。男の子のことは、恋愛対象として見られないんだ」
「そっか。ちなみに、あの子は?」
「向こうは、どっちかというと女の子がいいかも、くらい。男の子がダメなわけじゃない」
「そう……。それ、ちょっと不安じゃない? 向こうはいつか女の自分より男の方が良くなるんじゃないかって……」
「そういう不安もあるよ。でもまぁ……逃がすつもりはない、よ」
「おお、急に怖い顔になった。女の良さを心身共に刻みつけちゃう感じ?」
「まぁ、うん、そう」
「意外と肉食だなぁ……」
七藤が苦笑。わたしはちょびっと照れ笑い。
「ちなみに、七藤はどうなの? そういうのに興味を持つってことは、もしかして……」
「……あたし、レズビアン。男の子はね、ダメなんだ」
「あ、やっぱり」
「ネット上だとレズビアンも結構いるって思えるんだけど、リアルで遭遇することは全然ないんだよなー。水琴が初めてだわ」
「わたしも、純粋なレズビアンに会ったのは七藤が初めてだ」
「おかげで恋愛なんてしたことないわ。好きになった子は男に盗られる。もっとレズビアンも増えてくれればいいのに。せめて、自分がそうだって気軽に表明できる状況になればいい……」
「本当にね……。今、自分に恋人がいること、奇跡だなぁって思うよ」
リアルではなかなか同類は見つからない。大抵の人は、自分がそうだということを隠している。
ありのまま、隠さずに生きられたらもちろん嬉しい。でも、そんな日はまだまだ来ない。
「七藤は、好きな人、いるの?」
「んー……いるっちゃ、いるよ。二人くらい」
「二人! え? 浮気なの?」
「浮気……なんかね。浮気ってほど明確に浮気はしてないつもり」
「……どういうこと?」
「一人は彼氏がいて、一方的に失恋してるばっかり。
もう一人は、こいつのこと好きなのかなーってかなりあやふやな感じ。しかも、顔も声も知らなくて、メッセージのやり取りしかしてない」
「それって、ネットで知り合ったとか?」
「うん。向こうの申告通りなら、あたしと同じ高二の女子高生で、レズビアン。小説も書いてて、その作品見た限りだと、たぶん本当に女子高生だと思う」
「電話とかしないの?」
「……なんか、本当のところがどうなのかは、知らない方がいいのかなって。相手の姿があやふやだからこそ、自分の考えとかを素直に言える気がするんだ」
「そっか……」
「あたしのそいつへの気持ちを、本当に恋って呼んでいいのかもわからない。そいつのことが好きなのか、自分が勝手に作り上げたイメージが好きなのか……」
「……その子と付き合いたいと思う?」
「……複雑。付き合ってみたい気持ちはある。でも、今の関係も心地いい。付き合えなくても、こいつのこと好きだなーって思いながらやり取りしてるだけで幸せかも」
「それ、もうその子のことめっちゃ好きだね」
「……やっぱそうかな? でもなー……そいつ、最近彼女できちゃったんだよなー」
「あー……。出遅れた?」
「だね。ま、いいんだけどさ。どこに住んでるかも知らないし、会ってみたら冷めちゃってたかもしれない。あたしは大人しく二人の幸せを祈るだけだよ」
「……切ないなぁ」
「まーねー。あー……あたしも幸せになりてー……」
溜息と共に吐き出された言葉。さらに、七藤の目尻に涙が溜まる。
あ、と思ったときには、それがキラリと光りながら頬を伝った。
「七藤……」
「あ、ごめんごめん。なんでもないから。ちょっとだけね、感傷的になっちゃっただけ。すぐに収まるよ」
七藤の言う通り、涙はすぐにとまった。
そして、涙の余韻を残さない、雨上がりに輝く花のような笑みを浮かべる。
「悪い、ちょっとしんみりさせちった。本当に平気だから気にしないで」
「平気ってことはないと思う……」
「平気だってば」
七藤がそういうのなら、そう受け止めるしかないのかな。
わたしには妃乃がいて、七藤の心の痛みを真の意味で癒してあげることもできない。
「何もできなくてごめん」
「元々そういうのは期待してないって。つか、そもそも水琴とその子、どういう風に付き合い始めたん? 参考に聞かせてよ」
「ああ、うん……」
七藤の助けにはならないだろう。そんなのはまぁどうでもよくて、七藤が知りたいというのなら、わたしと妃乃の馴れ初めも話してみることにした。
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