第41話 無理
夜、家に帰ってから銀子に相談した。
『例の子、わたしに捨てられないか不安に思ってるらしい。不安にさせるようなことはしてないはずなのに……。なんでだろう?』
『恋心なんてあやふやなものなんだから、不安になるのは仕方ないんじゃね? 好き好き好きって想い合ってても、些細なきっかけで関係が壊れることもある。永遠の愛を誓ってたって、それは本当に永遠に愛が続くことを保証してくれない。そんなもんじゃないの? あたしは実際の恋愛したことないからよく知らんけど』
『ああ、なるほど』
銀子の言っていることは、当たらずも遠からずの答えになっている気がする。
ただ、そうだとすると、わたしにはどうしようもない……?
『あたしの言うことが当たってるとしたら、不安を解消させるなんて難しいんじゃないの? これから長いことその子に寄り添い続けて、ひまわり相手なら不安に思う必要もないんだって気づかせてやるしかないんじゃね?』
『そうかも。時間をかけないと埋まらないものってあるよね……』
『あたしとひまわりだったら、二年間の付き合いでお互いのこともわかってるし、そんな簡単に関係が壊れることはないって思ってる。恋心も間に挟まないから、変に不安になることもない』
『そうだね』
『例の子があたしらのことを知ってるなら、安定した強い結びつきに嫉妬したり、羨ましく思ったりすることもあるかもね』
『そっか……。わかった。ありがとう。助かった』
『リアルな恋愛の機微はあたしにはわからん。いつもいつも幸せ一杯ってことはたぶんないんだろうさ。とりあえず、恋心だけじゃない結びつきを意識して、例の子と関係を築いてみたら?』
『うん。やってみる。それにしても、銀子は頼りになるね』
『間違ってるかもしれんから鵜呑みにはするなよー。何があっても責任は取れない』
『ヒントはもらったから、あとは自分の目で確かめる』
『頑張れ』
『頑張る』
妃乃の不安……。銀子の言う通りのものだったとしたら、それはとても自然なことだと思う。
高校生の恋愛は酷く不安定で、付き合って別れての繰り返しが普通のこと。
わたしがどれだけ妃乃を好きで、この気持ちがずっと続くと思っていても、本当のところはわからない。
「……妃乃。わたしはずっと、妃乃のことが好きだよ」
伝えても伝えても足りないなら、ずっと伝え続けるしかないのかな。
『あとさ、ひまわりよ』
『何?』
『あたしら、連絡取り合うのやめた方がいいんじゃない?』
体がずんと重くなる感覚があった。
全ての感覚が鈍り、世界が歪んで見えた。
『嫌だ』
というか、無理だ。
銀子を失ったら、わたしはまともに生活を送れない。
小説も書けなくなって、学校にも行けなくなって、ご飯も食べられなくなる気がする。
『例の子が不安になってる原因、たぶん、あたしとひまわりが交流してるのも関わってるよ』
『それでも嫌だ。銀子と連絡取れなくなったらわたしは干からびて死ぬ』
『ひまわり、あたしのこと好きすぎだろ』
『好きだよ。超好きだよ』
『愛の告白か? 浮気者め』
『愛は愛でも、友愛だよ』
『仕方ないなー。あたしだってひまわりと縁を切りたいわけじゃないし、ひまわりがそんなに言うならこのまま交流は続ける』
ほっと安堵の溜息。体が軽くなる。世界の歪みも消える。
『捨てないでー、銀子ー』
『はいはい。捨てるつもりはないよ』
『良かった』
『ただまぁ、例の子の気持ちは汲んでやれよ? あんまりあたしと仲良しアピールすんな?』
『わかってる』
『あーあ、あたしも早く彼女欲しくなってきた。ちくしょー。羨ましいぞー』
わたしが人を紹介しようと思ったら断られたのに、羨ましいとは思うのか。
やっぱり、わたしとリアルでは交流したくないという気持ちが強いのかな?
『銀子は将来どんな子と付き合うのかな』
『さぁね。あたしが知りたい』
『いい人が見つかったら教えてね』
『了解了解。そろそろまた執筆戻るわ。またなー』
『うん。またね』
銀子にもアドバイスがもらえたことだし、色々と注意して妃乃と接していこう。
銀子がいなくなってもたぶんわたしは死ぬけど、妃乃がいなくなってもわたしは死ぬ。
どっちの方が大事とかじゃない。どっちも大事。
ただ、どちらかというと、今は妃乃を優先して大切にしないといけない時期かな。妃乃が不安になっているのなら、そんな不安は必要ないって思わせないといけない。
頑張ろう。
そんな決意をしてから、少し時間が過ぎて、六月の下旬となった。
わたしと妃乃が付き合い始めてから、概ね一ヶ月程が経っている。
妃乃は相変わらず不安ゼロとはいかないものの、わたしとの関係が簡単に終わるわけではないとは理解してくれている様子。信頼関係はすぐに築けるものではないから、時間をかけてゆっくり関係を深めていこうと思う。
そして、とある土曜日。今日は妃乃が他の友達と遊びに行ったので、残念ながらわたしはフリー。明音と優良もそれぞれの趣味や部活で忙しいので、わたしも執筆を頑張ろうかなと思っていた。
ただ、一日中家にいるのもなんなので、午前十時頃に家を出て、都心駅近くをふらっとさまよう。何か資料として面白い本はないかと、古本屋を見回していると。
「お? もしかして、いつだったかアニメノーツで会った水琴瑠那さんですかー?」
気さくに声をかけられて視線をやると、ラウンド型のメガネにウルフカットの女の子、
「あ、いつぞやの七藤さん。お久しぶりです」
知り合いが誰もいないと思ってだらっとしていたが、少しだけ背筋を伸ばして対応。
「何か資料でもお探しです? それとも、単に漫画とかラノベを買いに?」
「どちらかというと資料ですね。欲しい漫画とかがあったらそれも買いますけど」
「そっかそっか。ならあたしと一緒ですね。ちなみに、この前聞きませんでしたけど、今何歳です? あたしは高二の十六歳ですけど」
「あ、なら同い年です。わたしも高二の十六歳」
「お? じゃあ、もう敬語とかいいか。よろー」
「一瞬で距離を詰めてくるなぁ……。物書きのくせにコミュ力高すぎない?」
「物書きが陰キャだなんて誰が決めた? 物書きだってコミュ力抜群の人はたくさんいるよ? 教室の片隅でひっそりと息づいているなんて単なる思いこみ」
「それもそうだね」
「ちなみに、今日は一人? この前の大人買いの女の子は?」
「今日はいないよ。一人だけ。っていうか、この前、急にあんな小説渡してきたのは何? 開封してみて、気まずかったんだけど?」
「傍から見てて、めちゃくちゃ焦れったい感じだったから、やらしい雰囲気にしてやろうと思って」
「余計なお世話!」
「ってか、一人ならずばり訊いちゃうけど……」
七藤が周囲を気にしつつ、声を潜める。
「水琴って、あの子のこと、好きだったよな? 恋愛的な意味で」
そんなにわかりやすかっただろうか? ちょっと見ただけで察する程に?
ともあれ、七藤は偏見がなさそうだし、もう付き合っているのだから、隠す必要もない。
「……うん。そうだよ」
「あれからどうなった? 相変わらずお友達やってんの?」
「ううん。付き合うことになった」
「お? マジで? あたしのおかげ?」
「べ、別に七藤のおかげじゃないし。でも、とにかく、そういうことにはなってる」
「そうかそうか。あたしのおかげか。嬉しいねぇ」
「だから……まぁ、別にいいや。七藤はどんな資料を探しに?」
「あたしはファンタジー書くから、それにまつわる何か。他にも、何か良さそうなのがあったら買う感じ。何が役に立つかなんてわからないしさ」
「なるほど。それにしても、ファンタジーを書けるってすごいね。あれ、ちゃんと書いたら滅茶苦茶大変じゃない?」
「まーねぇ。あたしも上手くできてるかはよくわからんよ。なんちゃって異世界って感じ。もっとしっかり書きたいから、資料読まなきゃなぁって思ってるとこ」
「そっか」
そんなわけで、軽くおしゃべりをしながら、二人で店舗内を巡っていくことに。
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