第40話 不安
「浮気者」
「ええ? なんでそうなるのさ?」
清雨が去り、妃乃が家に帰ってきた。リビングのソファに並んで座り、妃乃に状況を伝えてみたら、なぜか浮気者扱いされてしまった。
「私の妹とはいえ、膝枕をされるなんて浮気だわ」
「浮気かなぁ……」
別にやらしい意味は何もない、健全な膝枕だ。しかも、相手は妃乃の妹だ。浮気と呼ばれるのは心外である。
「瑠那に膝枕していいのは私だけなのに」
「……膝枕してくれなかったじゃん」
「それでもダメなものはダメなの!」
「まぁ、妃乃が嫌だっていうなら、もうやらないけどさ」
「瑠那に触っていいのは私だけ!」
「そこまでいくとちょっと生活に支障が出るよ……」
「ふん。瑠那にエッチなことしていいのは私だけだもん」
「それはそうだよ。だから早くエッチなことしてよ」
「……まだしない」
「あ、そ。そっちがその気なら、わたしだって妃乃と一緒にいる間、ずっとやらしいこと考えてるから。手を出したくなるようにね!」
そんなくっだらないイチャイチャを繰り広げた後、妃乃は改まった様子でわたしを見つめる。
「ありがとね、瑠那」
「ん? 何が?」
「……電話で、少しだけ清雨と話したの。それで、その声が以前よりだいぶすっきりした感じだった。瑠那のおかげで何か吹っ切れたみたい」
「そう? まぁ、大したことはしてないよ」
「……そうかもしれないね。瑠那にとっては、大したことじゃないのかもね。
たださ。やっぱり、心を読める相手と一緒にいられるって、それだけですごいことなんだよ? 恋人相手だって、そんなことされたら嫌だって思う人がほとんど。瑠那は、私にとって特別過ぎる人」
「妃乃にだけモテる、とかかもね」
「そんなこともないよ。瑠那は、私の立場じゃなくても、素敵な子」
「そうかなぁ……?」
「そうなの! 無自覚に色んな人を誘惑しちゃダメ! ……まぁ、なんにせよ、私は瑠那を誰にも渡さない。誰にも、ね」
妙に強い意志を感じる呟きだったけれど、何が妃乃をそうさせたのだろうか。わたしを狙っている人なんていないでしょ?
それから、妃乃の部屋に行って執筆活動を開始。
気づけばあっという間に時間は過ぎて、午後五時を回った。デスクチェアの背もたれをキィと軋ませつつ、大きく伸びをした。
わたしが一区切りつけたことを察し、ベッドに腰掛ける妃乃が声をかけてくる。
「相変わらず集中力すごいよね……。ほぼずっと書きっぱなし……」
「そう? 書く人からすると割と普通みたいだよ?」
「……恐ろしい世界ね。小説書きって、全員が修羅か何かなの?」
「そういうわけではないよ。色んな人がいるみたい。まぁ、銀子はわたしと同じくらい書いてるかなー」
わたしよりも激しい化け物もいれば、ちょこちょこっとしか書かない人もいる。本当にこの業界には様々な人がいるものだ。
「……ねぇ、瑠那」
「ん?」
「……瑠那が銀子さんを大切に思っているのはいいことだと思うの。恋人との関係だけに固執しないで、広い視野も持てる」
「……うん」
「けど……実は私、少し嫉妬もしてるの。瑠那が、私と同じかそれ以上に、銀子さんを大切に思っていることに」
「わたしの恋人は妃乃だけだよ?」
「わかってる。わかってるよ。私には、瑠那の気持ちが伝わる。……だからこそ、これもわかっちゃう。瑠那はまだ……私よりも、銀子さんの方が大切なんだよ」
その言葉には納得いかなくて、顔をしかめてしまう。
「何でそんなこと言うの? 銀子のことはもちろん大切だよ。執筆仲間でもあるし、同類として赤裸々に話をできる友達。銀子がいなくなったら嫌だって思う。
けど、妃乃と比べて銀子の方が大切なんて思ったことない。二人とも、別々の意味で大切なんだよ。どっちが上なんてないよ」
他の誰に誤解されても、妃乃にだけはわかってほしい。
わたしは銀子と恋愛しようと思っているわけじゃない。話していてドキドキするわけじゃないし、キスもしないしエッチもしない。
銀子に対する好意は、あくまで友達としてのもの。
恋人として好きなのは、妃乃のことだけ。
「……ごめん。そうだよね。どっちの方が大切とか、そういう話じゃないんだよね」
「そうだよ。変なこと言わないで」
「……うん。ごめん」
妃乃は申し訳なさそうに顔を俯けている。……本当は納得していないけれど、わたしに話を合わせている感じ。
無理矢理話を合わせてほしいわけじゃないのに。
妃乃の隣に移動して、その手を握る。
「ねぇ、妃乃。わたし、妃乃のことが好きだよ。わたしがどれだけ妃乃を好きか、妃乃なら全部わかるんでしょ? どうしてそんなに不安そうな顔をするの? 不安にさせるようなこと、わたしはしてるのかな?」
「……違うよ。瑠那は何も悪くない。瑠那の強い気持ちも伝わってる。瑠那が本気で私と一生一緒にいたいと思っていることも、わかってる」
「……それじゃ、足りない? わたし、妃乃のために、他に何ができる?」
「銀子さんと……」
「銀子と、何?」
妃乃は続きを言ってくれない。首を横に振って、軽く溜息を吐いた。
「ごめん。なんでもない」
「……なんでもないって顔じゃないよ。どうしても言えないの?」
「……言えないし、言わなくていいこと。ごめん、ちょっとバカなことを考えた」
妃乃が作り笑いを浮かべている。
妃乃は何を言おうとしたのだろう? 妃乃の心が読めないのがもどかしい。
妃乃が、わたしにそういうバカなことを言ってはいけないと思っているのも、悔しい。信頼されていないみたいで。
「……付き合い始めて間もないし、仕方ないよね。わたし、妃乃に信頼してもらえるように頑張る。わたしになら、何を言っても大丈夫だって思ってもらえるようにする。……そのときには、何でも言ってね? わたし、大丈夫だから」
「……瑠那って、こういうときはすごい包容力を発揮するよね。そういうところ、好き」
「妃乃のことが好きだから、こんなことも言えるんだよ」
「そうだね。うん。わかってる。……ねぇ、来て」
妃乃がベッドに横になり、隣をぽんぽんと叩く。尻尾を振りながら妃乃の隣に寝ころんだ。
妃乃がわたしをきゅっと抱きしめる。わたしも妃乃を抱き返す。妃乃の首元に顔を埋める。
深呼吸。胸一杯に、妃乃のいい匂いが広がる。
「瑠那、やらしい」
「好きなんだから仕方ない」
「そうだね。仕方ないね」
妃乃も深呼吸。なんだか恥ずかしい。
「……私を、捨てないでね」
「妃乃がなんでそんなことを言うのか、本当に全く理解できないよ。捨てるわけないじゃん」
「……そうだね」
わたしの何がそんなに妃乃を不安にさせてしまっているのだろうか。
浮気心も、妃乃を嫌う片鱗も、全く見せていないのに。
うーん……恋は難しいってことなのかなぁ……?
こんなに近くにいて、わたしの気持ちも全部伝わって、それでも妃乃を不安にさせる。
わたしは一体どうすればいいのやら。
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