第39話 夢

 落ち着いたところで、わたしたちはなんてことないおしゃべりをした。

 その中で、清雨が魔女としての力を教えてくれた。


「私、夢を操作したり、他人の夢の中に入り込むことができるんですよ。うちの家系は、どうも精神とか心にまつわる力を発現するらしいですね」


 ちなみに、父親には特に力はないが、母は魔女で、別の力を持っているらしい。


「夢を操作かぁ。自分の好きな夢を見られたら楽しいよね」

「ええ、とても。自分の夢も操作できるんですけど、何でもありで楽しいですよ?」

「いいなぁ。けど、大丈夫? たまに現実とごっちゃになってトラブル起こさない?」

「力に目覚めた当初はそういうこともありましたけど、ここ数年はそんなことありません。区別はつけてます」

「そっか。なら安心だ」

「……何か、見たい夢はありますか? 一度くらいなら、お手伝いしますよ?」


 真っ先に浮かぶのは、妃乃と交わっている夢。

 でも、それを清雨ちゃんに作ってもらうのは気が引けるし、そもそも夢なんかでは満足できない。


「そうだなぁ。じゃあ、スイーツパラダイスで盛り盛りスイーツ食べてる夢が見たい」

「あはっ。いいですね。えっと……じゃあ、私の脚を枕にして、横になってください」

「あ、うん」


 つまりは、膝枕か。

 妃乃がしてくれなかった分を、清雨ちゃんにしてもらうことになるとはね。

 大人しく指示に従って、清雨ちゃんの太ももに頭を乗せる。仰向け状態なので、清雨ちゃんの可愛らしい笑顔が堪能できた。


「それじゃあ、目を閉じてください。入眠の補助もできるので、すぐに眠くなりますよ」

「不眠症の解消にも良さそうだね」

「ええ。この力のこと、あまり人に言えないのが残念です。適当に誤魔化してこっそり使うのもありですけど」


 目を閉じると、清雨ちゃんがわたしの頭に手を乗せる。

 すると、すっと眠気がやってきて、すぐに眠りについてしまった。

 体感的にはそのすぐ後に、わたしはスイーツが所狭しと並ぶお店の店内に立っていた。

 匂いも感触もあるけれど、不思議と、これは夢だな、とわかる。

 こんなにあっさり希望の夢を見られるなんて、素晴らしすぎる力だ。羨ましい……。

 お客さんはわたし以外にいない……こともなかった。気づいたら清雨ちゃんも隣に立っていた。


「さぁ、ご自由にどうぞ! いくら食べても太らない、絶品スイーツの食べ放題です!」

「最高すぎるね! ……じゃあ、遠慮なく!」


 テーブル席もあるけれど、わたしたちしかいないのならあえてそっちに行く必要もない。

 バイキング形式で並んでいるスイーツを、手当たり次第、その場で口に放り込んでいく。

 夢の中のはずなのに、味も香りもしっかり感じ取れて非常に美味しい。しかも、食べても食べてもお腹一杯にはならない。

 これは……中毒性が高そうだ。


「一応言っておきますけど、こういうのは一回限りです。やりすぎると変な依存症みたいになってしまいますからね」

「うん、わふぁった」


 スイーツ頬張りながら返事。いや、はしたないけど、これは本当に夢のような体験。夢だけど。

 わたしが盛り盛り食べている隣で、清雨ちゃんは上品に一つのチョコケーキをちまちま食べている。夢を自由にできる子だからこそ、強力な自制心を持っていないといけないのだろう。

 体感的には一時間程、ひたすらスイーツを食べまくった。もう五年くらいはスイーツいらないかも。嘘だけど。


「そろそろ戻りましょうか。あまり長居するのもよくありません」

「……名残惜しいけど、そうだね。ここは、長居するところじゃないね」


 なんでも望みが敵ってしまう世界は、少しずつ精神を蝕むに違いない。


「ご理解いただけて良かったです。では、戻りましょう!」


 清雨がパンと手を叩く。夢から覚めて、わたしははっと目を開ける。


「……夢だったんだ」

「ええ、そうですよ。これがわたしの力です」

「……魔女ってすごいね。本当に、特別なことができるんだ」

「お姉ちゃんと一緒にいるのに、今更ですか?」

「妃乃の力は、わたしには体験できないからね。……魔女って、意外とその辺にいるものなの?」

「詳しくは言えませんけど、数は多くないですよ」

「そっか。……ありがとね。いい体験ができた」


 体を起こそうとすると、清雨ちゃんがわたしの頭を押さえる。


「えっと、も、もう少し、ゆっくりしてください。この力を体験した後には、少し休憩が必要なんです」

「そうなの? ふぅん……。まぁ、いいか」


 清雨ちゃんの膝枕は心地良い。妃乃がしてくれなかった分、清雨ちゃんを堪能しよう。


「ちなみに、リアルではどれくらい時間が経ったの?」

「だいたい向こうでの体感と同じくらいですよ。夢の中の出来事とはいえ、一時間は経ってると思ったら五分しか経ってなかった、とかはありません」

「そっか。……妃乃を待たせちゃってるな。申し訳ない」

「……お姉ちゃんのこと、本当に大切なんですね」

「そうだよ。もう一生離さないって思ってるくらい」

「……なるほど。入り込む隙はなさそうです」

「……隙?」

「なんでもありません。お姉ちゃんのことは心配しないでください。一人でいることが苦痛でしょうがない寂しがり屋でもないんですから。

 ところで、お姉ちゃんとはどこまで行ってるんですか? 寝泊まりしているようですけど……もう、大人の関係ですか?」


 こんな話、明音たちともしたなぁ……。


「まだキスと添い寝だけ」

「へぇ? そうなんですか? もっと……ディープな関係になってると思っていました」

「色々と大人の事情があるんだよ」


 余計なことは言うまい。清雨ちゃんにまでエッチな女の子と思われては困るし、変な性癖的な話をするのも忍びない。

 それにしても、『お姉ちゃんは渡せない!』とか言われたらどうしようかと思っていたけれど、杞憂だったみたい。

 ごく普通に打ち解けることができて、妃乃と一緒になっても変なトラブルはなさそうだって、安心した。

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