第36話 ぬるめ
返信が来たのは、午後九時を過ぎた頃。リビングのソファで二人並んで映画を見ていたときだった。
『会わない』
銀子にしては端的過ぎて事務的な一言。断るにしても、もう少し遊びを含ませるのが銀子流じゃないかな。
もしかして、銀子としては好ましくない誘いだったのだろうか。
「どうしたの?」
一度映画を停止し、妃乃が尋ねてきた。
「ん……銀子からの返事が素っ気なくてさ。何か銀子が嫌がることしちゃったかなって……」
「友達と会ってみないかって訊いただけだよね?」
「うん」
「そう……。その子がどういう気持ちでいるのかはわからないけど、いつもと雰囲気が違うなら、きっと何か思うところがあったんだろうね」
「だよね……。うーん……リアルで会うことをほのめかしたのが良くなかったかな……。それとも、真剣な恋がしたい銀子に、安易に人を紹介しようとしたのがダメだった……?」
目の前にいれば、妃乃がその人の心を読みとって状況を把握してくれる。でも、どこにいるかもわからないのではそれも無理。もっとも、目の前にいたとしても、安易に妃乃を頼るわけにはいかないと理解しているけれど。
「ごめん、妃乃。ちょっと待ってて」
「……ん。わかった」
妃乃に断り、銀子にメッセージを打つ。
『ごめん。銀子はリアルでわたしと関わるつもりなかったよね』
いつもは流れるように続く銀子の返信も、少し間があった。
『別に、ひまわりと会いたくないなんて思ってない』
『そう? なら、わたしの友達と会うのは嫌だったかな?』
『そういうのでもないって』
『そっか。……安易に人を紹介してほしくなかった?』
『あのさ、何か勘違いしてない? あたし、別に怒ってないよ? 確かに素っ気ない返信しちゃったけどさ』
『そうなの?』
『そうだよ。ごめんな、変に心配させちゃって』
銀子の言葉を安易に信じて良いものだろうか。
本当に平静な銀子だったら、素っ気ない返事なんてそもそもしない。それはわかるから、何かしら思うところがあることはわかる。
なんだろう。それなりに長い付き合いなのに、銀子の心がわからない。
『銀子が嫌がることをしちゃったんじゃなければいいや』
『おう。なんでもないから気にすんな』
『ちなみに、銀子、今は何してるの? もしくは何をするところ?』
『あたしは小説を書くだけだよ。いつものこと。そっちはまた例の子とお熱い夜でも過ごすのか?』
『熱い夜になりそうでならない、ぬるめの夜を過ごすんだよ』
『さっさとやっちゃえよ。向こうが手を出してくれないとかじゃなくて、自分から襲っちゃえばいいじゃん』
『ここまできたら、女の意地で向こうから手を出させたい。もう無理我慢できないって言わせたい』
『変な意地張りやがって。ひまわり姫は襲われたい、か。書いたら意外とウケるんじゃね? ひまわり、やってみたら?』
『それをR15以内で納める自信はない』
『大丈夫だよ。あのサイト、そういう規制は緩いから。行為の部分だけ濁しておけばなんとかなる』
『今書いてる奴が一段落したら考えてみる』
『実体験も交えていつもより過激になってることを期待する』
『乙女の妄想の力を見せつけてやる。覚悟しろ』
『おう。覚悟はできてる。んじゃ、イチャイチャを邪魔するのもなんだし、この辺で終わりにしよっか。またなー』
『うん。またね』
銀子とのやり取りが終わり、スマホを置く。
だんだんと調子も戻ってきたようだけれど、銀子がやはり普段通りではなかったのは確か。
怒ってはいない? でも、何か思うところはあって、そうじゃないとわたしに思わせるために気を遣っていた?
「……わたし、銀子に悪いことしちゃったかな?」
妃乃にメッセージのやり取りは見せていないけれど、心が読めるので内容は筒抜け。一連の流れを妃乃はどう見ただろう?
「……さぁ、私にもちょっとわからない」
……なんとなくだけれど。
妃乃の素っ気ない態度に、嘘っぽいなとは思った。
だからって問いただすつもりはない。あえて言わないのなら、それはきっと意味のある沈黙だと思うから。
「……わからないのはわたしだけ?」
「私だってわからないよ」
「はっきりとはわかってなくても、察しはついてる感じじゃん」
「それは勝手な妄想だよ」
「……ふぅん」
きっと、そんなことはない。妃乃はかなりの確信を持っていて、それを隠している。
「まぁいいや。考えてもわかんない。あ、先に明音に連絡していい? 銀子の紹介の話はなしでって」
「うん。いいよ」
明音にメッセージを送信。返事はすぐに来て、残念だけど仕方ない、と納得してくれた。
映画視聴を再開しようか……とも思ったけれど、その前に。
「膝枕を所望する」
「急だね」
「妃乃が早くその気になるように、太ももをさわさわしながら映画を見る」
「そういうつもりなら、私が膝枕をしてほしい」
「なんでそうなるのさ!?」
「ダメなの? 瑠那、私の希望を叶えてくれないの?」
「そんな……つもりは……ないけど……。ないけどさ!?」
「じゃ、いいってことね? お膝を拝借ー」
妃乃が早速わたしの太ももに頭を乗せてきた。横向きに寝ているので、パジャマの薄い生地越しに、妃乃の側頭部から頬にかけてがわたしの太ももに触れる。
さらに、妃乃はわたしの脚をやらしい感じで撫で撫で。
「やると思った! 変な触り方しないでよ!」
「それ、もっとしてっていう意味だよね?」
「違うから! 全然違うから!」
「ここ、温かいなぁ」
妃乃がわたしの太ももの間に手をすすっと差し入れる。
そんなところを触られたら、滅茶苦茶やらしい気分になるじゃないか!
「差し込むな! さわさわするな! 大人しく膝枕だけされてなさい!」
「そんなの退屈。もっと瑠那をいじめたい」
「サイテーだ!」
「嬉しいくせに」
「嬉しくない! 全然嬉しくない!」
わたしの必死の叫びも無駄に終わり、妃乃はわたしに悪戯を繰り返す。
ちくしょう……。そっちがその気なら、思う存分妄想してやる! 全部読みとって、やらしい気分になってしまえ!
映画なんてもうほったらかしで、わたしは必死にイチャエロな妄想を繰り広げる。
風呂に入った後だというのに少々大変なことにはなったけれど、妃乃もきっとそれなりに反応してくれているだろうから、もういいやって思った。
恋人同士で一緒にいるんだもん。そういう風になってたって、恥ずかしいことでもないよね?
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