第35話 三ヶ月
「……あんまり銀子、銀子って言わないで」
キスの後にそんなことを囁かれて、意図せず嫉妬させてしまっていたことに気づいた。
そんなことしなくても、わたしが恋愛対象として好きなのは妃乃だけなのにね。
「嫉妬する妃乃も可愛い」
歪んだ喜びを感じつつ、妃乃をきゅぅっと抱きしめた。
カラオケを堪能した後には、また明音の家に戻ってまったりと過ごした。
基本的にはおしゃべりをして、途中で明音の要望により、漫画用の簡単なストーリーを考案。ラブストーリーをお望みで、わたしは百合しか書けないよと言ったら、むしろそれがいいと言い出した。明音、割と本格的に目覚めてきたのかもしれない。
いいことなのか、どうなのか。
わたしが沼に引きずり落としたことになるのだろうか?
明音の部屋にはパソコンがなくて、ストーリーの作成にはスマホを利用することになった。パソコンに慣れたわたしからすると少々面倒にも感じたけれど、一時間半で二千文字程度の超短編をぱぱっと書き上げ、明音に提出。ついでに、優良と妃乃にも共有した。
「うわ……本当にちゃんと小説になってる……。すごい……。あたしがストーリーを考えても、へんてこなものにしかならなかったのに……」
明音が素直に感心してくれたのは嬉しい。
「時間ないし、短編も得意じゃないから、それくらいがわたしの限界……。もっと上手く書ける人はたくさんいると思う……」
内容としては、高校生の女の子が、友達として交流していた女の子に告白するワンシーン。
主人公は、恋愛対象としてずっとその友達のことが好きだったけれど、なかなかそれを伝えられなかった。そんなある日、友達の女の子から、「好きな人がいるんだけど」と相談を持ちかけられ、二人は話をする。そうするうちに主人公は、友達が語る好きな相手に嫉妬し、思い余って告白してしまう。だけど、実はその友達の語る好きな人は主人公のことで……という幸せな終わり方をする物語。
リアルの恋愛はそんな上手くいかないよって? はっ。失恋もバッドエンドもいらない。わたしは幸せな物語が書きたい。
乙女の妄想? だから何? わたしは乙女で子供でお子様で、わざわざ物語の中に不幸な終わりなんて求めていないのだ。
それでいいじゃん。文句ある? こちらと無敵の素人様なんだけど?
とか、一人でこっそりと理論武装はしていたけれど、そんな必要はなかったみたい。
「水琴より上手く書ける人がいるとか、そんなのどうでもいいよ。水琴が書いた話がすごいと思ったし、面白いと思った」
明音の素直な褒め言葉がこそばゆい。体がむずむずする。エロくない意味で。
「そ、そうかな? まぁ、その、そんな風に言ってもらえるのは本当に嬉しいよ。楽しんでくれて良かった」
「一つ、水琴に文句を言いたいことがあるとすれば」
「お、うん」
「こんなことができるならもっと早く言え! 隠すな!」
「うぁっ、その、ごめん……」
明音が非難がましくわたしにクッションを投げつけてきた。
申し訳ないという思いがあると共に、仕方ないじゃんか、という言い訳も浮かぶ。
小説を書いていると身近な人に伝えるのは非常に勇気がいるのだ。大好きな人に告白するのと同じかそれ以上に。書いている内容が百合じゃ、また格段にハードルが上がるのだ。
「瑠那はもっと自信を持つべきだと思う。私は百合に造詣が深くないけれど、ちゃんと小説で、ちゃんと面白い」
優良がそう言って。
「そうそう。瑠那はとっても可愛いし才能豊かだと思うのに、自信が足りないのが玉に疵なんだよねぇ」
妃乃にもそんなことを言われて、またもむずむずしてしまう。今回もエロい意味ではない。
「……小説書きは繊細なの。けなすのも、褒めすぎるのもダメ。程々に褒めて、上手い具合に調子に乗らせてよ」
わたしが拗ねたように言うと、明音と優良は肩をすくめる。
妃乃だけは、わたしの手を握って笑顔をくれる。
「その役、私が引き受けるから。瑠那は遠慮なく私に甘えてね?」
「……ありがと。全力で甘えるから、ちゃんと可愛がってくれないと嫌だよ?」
「任された!」
よしよし、とわたしの頭を撫でてくる。やめろって何度言えばわかるんだ。その胸に飛び込んで犬みたいにぺろぺろ舐めるぞ。
「瑠那がこれだけ書けるってことは、ラブソングの歌詞も期待できる」
「いやいや、優良よ。小説と歌詞はまた別ものなんだって。ハードル上げないでよ。それも小説書きが調子を崩す原因になるんだから……」
「その辺のケアは天宮さんに任せる」
「無責任な……」
「単なる適材適所」
「そうかなぁ……」
既にプレッシャーを感じているわたしに、妃乃が言う。
「上手くやろうとしなくていいんだよ。私たちはただ、瑠那がプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、ひぃひぃ泣いている姿を見たいだけだから」
「もっと上手い具合に調子に乗らせてよ! そんなこと言われたら五七五で完結するラブソングになるよ!?」
「それも見てみたい」
「いいんだな? それでいいんだな? わたしはやるぞ?」
冗談なのはわかっている。妃乃はくすくすと笑っていて、わたしはもう変にプレッシャーを感じるのもバカバカしいと思ってしまっている。
「瑠那。まだ、頑張れるね?」
「……おかげさまで」
そのままラブソングを作る流れに……とはならず、後はまた四人で話したり、ゲームをしたり。
妃乃もすっかり明音たち二人と打ち解けて、旧来の友達みたいになっていた。
ただ、二人から妃乃の呼び方は、相変わらず天宮さん。妃乃と呼んでいいのはわたしだけ……ということに。ささやかだけれど、その特別感がこっそり嬉しい。
そうするうちに時間は過ぎて、午後六時過ぎに解散となった。
明音の家なので、明音はそのまま自宅に残り、優良は一人で帰宅。わたしと妃乃は二人で妃乃の家に向かった。なお、本日も妃乃のおうちにお泊まりの予定。
親には友達の家に泊まる、とだけ伝えている。本当は恋人の家なのだけれど、話をややこしくしないために、嘘を吐いている。別に若さの暴走による妊娠騒動とかにはならないから許してほしい。
「……友達じゃなく、恋人として、瑠那の家族にも会いたいね」
「……だね」
妃乃を両親に会わせたことはある。でも、友達として紹介しただけ。
まだ、家族に妃乃を恋人として紹介する決心はついていない。いつかしなきゃとは思っているけれど、やっぱり怖い。妃乃がいれば何も怖くない……なんて単純な話でもない。
この件については、もう少し時間が必要だ。
さて。
妃乃の家についたら、早速ベッドの上でいちゃいちゃタイム。
妃乃に思いきり抱きついて、くんかくんかして、ちょっとぺろぺろもして、恥ずかしいくらいに濃厚なキスもする。
溢れるよ、これは。
「……うぅ、こんな状態にしておいて、それでもまだお預けなんて! 酷い!」
「そうやってトロトロの目になった瑠那、可愛すぎる……っ。あと三ヶ月はそんな目をしててほしいっ」
「約束だよ!? 三ヶ月したら、ちゃんとしてよ!?」
「その切実な叫び、たまんないっ」
そんなこと言いながら、妃乃はキスしかしてくれないんだ。思い切りその舌を噛んでやろうかと思ったね。
三ヶ月してもしてくれなかったら、本当に噛み千切ってやるっ。
そんなイチャラブタイムも楽しみ、妃乃がご飯を作ってくれている間に、わたしは銀子に連絡。
『友達に、女の子と恋愛したいって言ってる子がいるんだけど、会ってみる気はある?』
返事が来るのには、少し時間がかかった。
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