第26話 相談

「これ以上やってると我慢できなくなる。やめよう」


 妃乃が言い出して、わたしたちはベッドから降りる。


「我慢しなくていいのにな」


 無駄とわかっていながらも口にして、やっぱり無駄に終わって残念に思う。

 座布団を敷き、ベッドを背もたれに並んで座って手を繋ぐ。接触は控えめだけれど、これはこれで幸せな触れあい。


「改めて本題だけどさー、わたし、どうしたらいいかな? 漫画のストーリーとか、歌詞とか、本当に引き受けて良かったのかな?」

「んー、一番の問題は、それを引き受けるかどうかじゃなくて、瑠那の恋愛事情を二人に話すかどうかでしょ?

 実は普段から小説を書いているってことを話したら、漫画のストーリーとか歌詞とかが妙に上手くても納得してもらえる。

 でも、普段はどんなの書いてるの? とは当然訊かれるよね。そこで瑠那は、百合小説を書いてるって伝えられる?」

「正直……それを話すの怖いんだ。もしかしたら、案外あっさり、わたしが書いてる小説についても、恋愛事情についても、受け入れてくれるのかもしれない。

 けど、そうじゃなかったとしたら、もう後戻りはできない。今までと同じようには交流もできない。

 わたしには隠し事は多いけど、二人のことも大事なんだ。失いたくないとは思っちゃうんだ」

「そっか。あの二人、いいよね。ゆるっとして、ふわっとして、でもひっそりと友達思い。私も友達になりたい」

「……それ、あくまでも友達としての好感度が高いってことだよね?」

「心配してるの? 私が恋する相手として好きなのは瑠那だけだよ。……私には、瑠那しかいないんだよ」


 添えられた言葉は妙にしんみりとしていて、計り知れない寂しさが滲んでいるように思った。


「……わたし、ずっと妃乃の傍にいるよ。そんな寂しそうな声出さないでいいんだよ?」

「ありがと。瑠那はやっぱり器が大きいなぁ」

「わたしはもう、妃乃に出会うために生まれてきたようなもんだからね!」

「……本当にそうだったら嬉しいな」

「本当だよ。信じて」

「うん。そうだね。きっとそうだね」


 妃乃が笑ってくれたから、わたしの胸に温かなものが流れ込んでくる。


「あ、ねぇ、妃乃。妃乃なら、わたしがもし二人に色々伝えたらどうなるか、わかっちゃうのかな?」

「ん……ある程度は予想できるよ。あの二人が考えてることも、わたしにはわかるから」

「じゃあ……」

「けどさ。……私、なるべく先に答えなんて教えたくないんだよね。そういうの、瑠那をダメにしちゃう気がするから」


 きっぱりした物言いに、その意志の固さを感じた。


「むぅ……確かに、事前に相手の気持ちがわかってないと何も言えない人になっちゃうかも」

「そういうこと。瑠那が自分のことを打ち明けて、どんな反応が返ってきたとしても、私はずっと傍にいる」

「……え、待って。それ、わたしが二人に拒絶される前提で話してない?」

「え? そう聞こえるかな? 私はそんなつもりはなかったんだけど?」


 妃乃が妙ににやにやしている。わたしを不安にさせて楽しんでいると見た。


「性格が歪んでおる」

「歪んでいるのは性格じゃなくて性癖だよ」

「なお悪い! っていうか、自分に相談してほしいみたいな雰囲気だったのに、結局、自分で考えてって感じじゃん! 頼りにならないなぁ!」

「それは話の流れでそうなたっただけ。多くは語れないけど、瑠那はもっと私の存在を力に変えてほしい。秘密を話して、二人からどんな答えが返ってきたとしても、私は瑠那の傍にいる。瑠那の味方になる。だから、瑠那はもっとどっしり構えていればいいんだよ」

「……そっか」

「私は、瑠那が思っている以上に、瑠那から勇気をもらってる。瑠那に受け入れてもらえたことが、私にとってどれだけ力強いか……。

 生涯、私を受け入れてくれる人なんていないと思っていたのに、瑠那が傍にいてくれる。それだけでもう、私は自分の人生全部が肯定された気分なんだよ」


 妃乃の指先に力が籠もる。すがるような必死さも感じたけれど、わたしとの繋がりを求める妃乃の姿が愛おしかった。


「そうだね。わたしには妃乃いるんだから、怖がってばっかりいる必要はないよね」

「うん」

「……わかった。明音と優良には、わたしのこと、話してみようと思う」

「うん」

「……そのとき、妃乃も一緒にいてくれる?」

「もちろん」

「ありがと」

「大好きな瑠那のためだもの」

「……その大好きな人の、望みは、叶えてくれないの?」

「瑠那は自分の望みがまだわかっていないんだよ」

「そんなことはない! もう! いつまでも焦らして! いつか後悔させてやる!」

「むしろ感謝するんじゃないかな?」

「それもない!」


 わたしがむくれて見せても、妃乃はただふくふくと笑うだけ。

 そのときが来たら……めちゃくちゃ焦らしてやる。泣いて謝るくらいに!


「私には、泣いて喜ぶ瑠那の姿が想像できるよ」

「ないない! ありえない!」


 いつになるのかわからないけど、とにかく、わたしに我慢を続けさせた報いは必ず受けさせてやる!

 色々な覚悟を決めてつつ、おしゃべりを続けている間に時間が過ぎていく。

 時間がとまればいいのにって、いつも思うよ。

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