第25話 つーん
『美術部の友達から漫画のストーリーを、軽音部の友達からラブソングの歌詞を書いてくれって頼まれたんだけど、どうすればいいと思う?』
昼休みが終わる少し前にトイレに行き、個室で銀子にささっとメッセージを飛ばした。すぐに返事が来たのはありがたいのだが。
『それ、あたしに訊くことか? 例の子に確認しねーの?』
『銀子が冷たいよぅ……。恋人ができてもずっと友達でいようって誓い合った仲なのに……』
『冷たいっていうか、恋人って、そういうのを真っ先に相談されたいもんじゃないの?』
「あ、そっか」
恋人との交流なんてまだまだ不慣れで、そういう思考が働いていなかった。創作とか、学校での立ち振る舞いについてはいつも銀子に相談してきたから、今回もそうしてしまった。
『……そうかも。例の子に相談して、ダメそうだったらまた訊くね』
『了解。ま、恋人って肩書きだけで、あたしらが二年以上かけて築いた絆を、軽々と越えられるとは思ってほしくない。こういうことがあるのも悪くはないでしょ』
『かもね』
やり取りはすぐに終わり、トイレも済ませてから教室に戻る。
そして、ちらっと妃乃の方に目をやる。妃乃もこちらを見ていたのだが、つーん、という音が聞こえてきそうな顔をしていた。わたしたちの話も、わたしの思考もダダ漏れだから、妃乃は不満に感じてしまったようだ。
『ごめん、妃乃。銀子にも、先に彼女に相談しろ、って言われちゃった。何も考えてなくてごめん』
妃乃の心の声は聞こえないけれど、わたしの心の声は届くから、早々に謝れて良かった。
妃乃も本気で怒っていたわけではないようで、肩をすくめてふっと笑顔を見せてくれた。でも、後でちゃんと言葉にして謝ろう。
席に戻ったところでチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
変にすれ違うこともなかったので、心配事はなかった。それでも、授業中は三割り増しくらいで妃乃のことばかり考えていた。
考えすぎて、ちょっと湿った。
午後の授業もつつがなく終わり、放課後。
最寄り駅に到着したところで、しばし待つ。すると、五分程で妃乃と合流することができた。
離れていた時間なんてほんの僅かなのに、その姿をまた見られただけで世界が華やぐ。
「
学校ではなるべく表情を抑えている。その反動か、学校外で交流するときには自然と頬が緩んでしまう。たぶん、明音たちに見られてしまったら、わたしが妃乃に恋していることくらい、一瞬で見抜かれる。
だというのに、妃乃は少しばかりつれない態度。
「つーん。私よりも銀子ちゃんの方を頼りにしてるくせに」
「ごめんってば。わたしが一番好きなのは妃乃だよ」
「……頼りにしてるのは、って言わないところが瑠那だよね」
「妃乃に嘘は言えないよ」
「やっぱり悔しいなぁ。私は瑠那の一番になりたいのに、まだまだ銀子ちゃん以上の存在にはなれないか……」
「年季が違うんだから、それは仕方ないでしょ」
「そうだけどさ……。銀子ちゃんを越えるにはどうすればいいか……」
『とりあえずわたしを抱いて、全部妃乃のものにしてよ』
強く念じてみる。妃乃はふっと笑った。
「まだダーメ。そうやってじれじれしてる瑠那をもっと見ていたいの」
「……意地悪」
「そこがいいんでしょ? さ、続きは私の家についてから」
話を一旦区切り、わたしたちは妃乃の家に赴く。二人並んで玄関をくぐると、同棲している家に帰ってきたみたいでむずがゆい。
「ただいまー、って言いたい気分」
わたしが言うと、妃乃はにこっと笑う。
「おかえり、って言いたい気分だよ」
「ただいまー!」
玄関先で妃乃に抱きついてみる。学校でも外でもずっと我慢している分、この瞬間がすごく幸せ。
「おかえり。私の瑠那」
「へへ」
わたし、妃乃のものなんだ。そう思うと、また変な喜びを感じてしまう。……わたし、本当に妃乃に変な性癖を植え付けられそう。
「妃乃、好きだよぉ」
「私も好き」
抱き合ったまま、妃乃の甘い匂いをすんすんと嗅ぐ。これもまた変な快感をもたらすから、わたしはもうダメかもしれない。
「瑠那って本当にエッチだよね」
「わたしの行動のどこにエッチな要素があったというんだ」
「全部」
「エッチだって感じる方がエッチなんだ」
「そうさせるのは瑠那だよ。……四六時中、小説書きのハードな妄想を見せつけられる身にもなってほしいものね」
「……ねぇ、妃乃。わたしがたくさん妄想してる間、妃乃も興奮しちゃう?」
「さぁ、どうかしら? 一つ言えることは……私も一人の、恋する女の子だってことかな」
「ふぅん。なるほどね」
つまり、妃乃もちゃんと興奮しちゃうわけね。
その答えだけで今は満足しておこう。
名残惜しいけれど、妃乃から一度離れる。
「今はこれだけで我慢してあげるけど、いつまでもこれで満足なんてできないんだからね!」
「それはお互い様。さ、早く入って。お茶でも用意するから」
「ついでに媚薬もね! 魔女なんだからそれくらい持ってるでしょ?」
「そういう類の魔女じゃないの」
勝手知ったる他人の家で、わたしは二階の妃乃の部屋に向かう。鞄を置いたら、なるべく制服がしわにならないように気をつけつつベッドに寝ころぶ。枕に顔を押し当てて、すぅはぁと深呼吸。湿るわ。
残り香を堪能している間に妃乃がやってきて、ふぅ、と軽く溜息。
「別にいいんだけど、瑠那、割とすぐに遠慮がなくなったよね」
「頭の中全部覗かれてるのに、遠慮とかしても意味ないし」
「それはそうかもだけど」
「……もうちょっと貞淑な女の子が良かった? それなら、そうするけど」
「そういうのを求めてるわけじゃないの。ただ……」
妃乃が、手にしていただろうトレイを机に置く。
ぎしりと音を立てつつベッドに入ってきて……わたしの上に乗り、ぎゅっと抱きしめてきた。体重がかかる。この重さが心地良い。
「……瑠那の相手をしてると、こっちも我慢するのが大変だよ」
「我慢しなければいいのに」
「言っておくけど、私も、我慢して我慢して、心がきゅぅってなる感覚が好きなの」
「変態。っていうか私も、じゃなくて、私は、でしょ? わたしは違うもん」
「瑠那も同じだよ。わかってる」
「……耳元であんまりささやかないでよ。ベッドが濡れるよ?」
「それは濡らしすぎ。……その気持ちは、わかるけど」
いちゃいちゃいちゃいちゃ。
妃乃の部屋で二人きりだと、どこまでも遠慮なしにいちゃついてしまう。
漫画のストーリーとかラブソングの歌詞とか、相談したいことはあったはずなのに、そういうのが全部頭から抜けてしまう。好きだぁ、ってそれだけで頭が埋まってしまう。
恋人っていいな。ずっとこの時間が続いてほしい。
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