第24話 ちょっぴり

「あ、ねぇ、それなら、私も琉那に頼みたいことがある」

「え? 優良ゆらも?」


 軽音部の優良が、わたしになんの頼み事?


「歌詞を書いてほしい。なんかいい感じのだったら曲をつける」

「はぁ!? なんでわたしが歌詞なんて作れると思った!?」

「琉那ってそこはかとなく文章上手いからさ。現代文の成績もいいし」

「成績はともかく、文章が上手いなんてどこから来たのさ」

「日頃のメッセージのやり取り。私たちの演奏の感想とか訊くと、すごく丁寧に書いてくる。明音だったら『いいじゃん』くらいなのに、琉那はどこがどういいと詳しかったり、『冬の夜明け空みたいに澄んだ、綺麗な演奏だった』とか締めくくったりする」


 そ、そんなこともあったような、なかったような……。


「確かに水琴ってそういうところあるよねー。丁寧だし、妙に詩的っていうか?」

「……はは」


 普段のやり取りでは小説みたいな文章を書かないように気をつけているけれど、たまにそんな表現をしてしまうこともある。文章の流れとしては冗談めいたノリではあるものの、普通はやらないよね……。


「他にも、琉那って何かと文章長めだよね。書くの好きそうな感じ」

「長いかなー……?」

「うん。長い。それが悪いっていうわけじゃなくて、考えを明確に言葉にしようとしてる感じがある」

「そっかー……」


 小説を書いていると、文章の長さについての感覚は確かにバグる。十万字って案外短いよなぁ、とか思うことさえある。でも、一般的には十万字は途方もない文字数。普段のやり取りも気づけば長くなっているものだ。

 ……これから自重しよう。もっとノリとテンポでやり取りをしていくのだ。


「とにかく瑠那。歌詞を書いてみてよ。別に上手く書こうとしなくていいし、気楽にね。書いてくれたら、お礼に今度ケーキを奢ってあげる」


 明音の頼みを聞いて、優良の頼みを断るわけにもいかない。

 諦めと共に、はぁ、と小さく溜息。


「……それ、ワンホールだよね?」


 そんな冗談を交えてみたら、二人がくすりと笑ってくれた。


「ワンホールでもいいけど、ちゃんと一人で全部食べるんだよ?」

「うっ。流石にワンホールを一人では無理……」

「欲張りは身を滅ぼすんだよ」

「そうだね……。普通にカットされたケーキで……」


 ここでまた、スマホがメッセージを受信。

 予想通り、相手は妃乃で。


『瑠那が書く歌詞、超楽しみ!』


 余計なことをいうなバカ。わたしが張り切りすぎて甘々なラブソングでも書いたらどうするんだ。二人にドン引きされてしまうじゃないか。


「……ちなみに、歌詞ってテーマとかあるの?」

「ん……なんでもいい。けど、強いて言えばラブソングだと面白そう」

「面白そうって何さ。わたしの書くラブソングのどこに面白要素があるわけ?」

「だって瑠那、恋愛の話は苦手みたいだし。そういう人がどういう恋愛観を言葉にするのか、気になる」

「……わたし、恋愛の話が苦手に見える?」

「見えるっていうか、実際そうでしょ。恋愛の話になると、瑠那って少し困った顔をする」

「え? そう? そんな顔してる?」


 わたしとしては、ごく普通に皆に合わせているつもりだった。別に好きでもない男子のことを気になると言ってみることもある。調子を合わせられていると思っていたのに。

 優良と明音が顔を見合わせる。


「笑顔が嘘くさいよね」

「わかるわかる。早くこの話終わってくれ、って顔してる」

「……そ、そうなの?」


 ぷふっ、と不意に笑い声が聞こえてきた。明音と優良は特に気にしていないというか、気づいてすらいないかもしれないけれど、わたしにだけは特別に耳に入ってくる声だ。

 つまりは、妃乃が笑ったのだ。

 あっちはあっちで友達と談笑しているはずなのに、こっちの話もばっちり聞いているらしい。

 こっちは困っているのに何が面白いんだ、とイラッとする。

 でも、妃乃が笑ってくれるとそんなのはどうでもよくなる。

 要するに、わたしは末期である。


「……別に、恋愛の話が苦手ってわけじゃ、ないし」

「瑠那は、嘘を吐くときに視線がよく泳ぐ」


 優良に指摘されて驚く。そんな意識もなかった。


「え、そ、そうかな?」

「嘘だけど」

「嘘なのか!」

「でも、今の反応で、嘘吐いたのはわかった」

「探偵か! そうやって人の腹を探るのはやめなさい!」

「そだね。ちょっと趣味が悪い」

「ん。わかれば宜しい」

「ただ、まぁ……ね」


 優良と明音が再び顔を見合わせる。そして、明音が先に口を開く。


「水琴はなかなか本音を言ってくれないから、それはちょっぴり寂しいかもね」


 う……。

 わたしを責める口調ではない。ただただ、自身が感じている寂しさを吐露した感じ。

 だからこそ、申し訳ない気持ちになる。

 わたしには、やはり隠し事が多すぎる。

 恋愛の対象が同性であることも、小説を書いていることも、わたしは秘密にしてきた。

 それとなく上手くやってきたつもりだったのは、単なる錯覚か。


「わたしは、その……」


 わたしが言いよどんでいると、優良が明るく言い放つ。


「とにかく、瑠那がどんな歌詞を書いてくるか、楽しみにしてる。本当に、上手くやらなくていいから。気楽にね」

「……わかった」


 さて、これは割と重要な場面ではないだろうか。

 わたしが色々と隠していることは、二人には既に伝わっていたらしい。

 ここで半端なことをして誤魔化すことは、二人に対してとても失礼になる気がする。

 二人には、ちゃんと全部話すべきなのかな……。

 こんなとき、銀子だったらどうするだろう……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る