第14話 嫉妬

 妃乃が会計に向かっているところで、背後で誰かがぼそり。


「すっげ。ラノベを大人買いか……。ありがてー」


 振り返ると、同年代くらいの女の子がいた。ラウンド型のメガネとウルフカットの髪がよく似合っていて、知的でありながらワイルドさも感じる。白のTシャツに紺のデニムというシンプルな出で立ちながら、飾りすぎない雰囲気は好ましい。

 視線が合うと、向こうから話しかけてくる。


「あの子、友達ですか?」

「え? はい。まぁ……友達です」

「ふぅん……。あたし、このコーナーにいたんで聞こえてたんですけど、あなた、小説を書くんですか? ラノベ系で?」

「え!? あ、えっと……まぁ、少しだけ……」


 全くの他人からそれを指摘されるのは気恥ずかしい。


「へぇ、じゃあ、一緒です。あたしも小説書くんで。つっても、商業作家とかじゃないです。単に趣味で書いてて、あわよくば書籍化したい、くらいの一般人」

「あ、そうなんですか? へぇ、リアルで小説書いている人と初めて会いました」

「そうです? 高校生……ですよね? 学校に文芸部とかありません?」

「うちはないです。前はあったらしいですけど部員不足でなくなったとか……」


 あったとしても、わたしは文芸部には入れないけれど。


「ああ……そうでしたか。あたしんところは文芸部ありますよ。だから、一応周りに小説書いてる奴はいます。つっても、あたしは学校じゃ小説書いてるのは秘密にしてますし、文芸部にも入ってないですけど」

「そうでしたか。文芸部、興味ないんですか?」

「興味はありますよ。でも、あたしが書くのはエンタメで、文芸部はガチめの文芸作品書く人メインなんで、全然合わないんですよ。しかも、その連中はラノベを格下に見てるんです。ラノベなんて小学生でも書けるじゃん、とか。ぶん殴ってやろうかと思いましたよ」

「あはは……そういうの、どこでもあるもんなんですね。SNSとかでは、そういう類の話はよく転がってますけど」

「リアルにも転がってますよ。小難しい作品書けたら偉いってわけでもないのにさぁ。

 そりゃね、文章力とか構成とかのパーツで比べたら、ラノベより文芸作品の方が上かもですよ? でも、そもそもラノベと文芸作品を比べるのって、サッカー選手と野球選手を比べるようなもんだと思うわけですよ。

 百メートル走のタイムだの筋力だのについては優劣がつけられますけど、かといってその優劣を総合して見たところで、サッカー選手と野球選手どっちが優れてるかなんて言えないわけじゃないですか。

 だっていうのに、何を勘違いしてるのか、文芸なんて高尚なことをやってる自分たちは偉いとか思ってるんです。その浅はかさで素晴らしい作品なんて書けるわけねーだろ、って感じです」


 よくしゃべる子だ。小説を書く人は、ひたすら小説を書く人もいるけれど、案外おしゃべりな人も多い。この子は後者か。


「はは……。確かに。二つを比較なんてしても意味ないし、エンタメはエンタメの難しさも良さもあるんですよね。小学生でも書けるって思わせるくらい、誰でも読めて楽しめる作品を書くの、なかなか難しいです」

「そうそう! そうですよ! いやぁ、わかってくれる人で良かったです。あ、お連れさんが戻ってきましたね。お邪魔しちゃ悪いんであたしは去りますわ」


 妃乃がわたしの隣に戻ってきていて、この子は誰? という感じで見てくる。しかし、わたしだってよく知らないので、首を傾げるしかない。


「あたし、七藤青葉ななふじあおば。漢数字の七に花の藤、青い葉っぱ。もしまた会うことがあったらよろしくでーす」

「わたしは水琴瑠那みことるな。水の琴に、瑠璃の瑠、那由多の那。よろしくね……」


 七藤はひらひらと手を振って去っていった。

 とても陽気で、わたしとはだいぶ違う世界の人のように感じる。初対面の相手にあれだけおしゃべりできるのは羨ましい。


「今の子、ここで知り合ったの?」


 妃乃の問いに、こくりと頷く。


「うん。妃乃がレジに行ってる間に話しかけられて」

「へぇ、それで、同じ小説書き仲間なんだ?」

「そうみたい」

「……随分楽しそうだったね。やっぱり、創作仲間と話す方が盛り上がるのかな?」

「いやー、今のはむしろ、七藤さんのおしゃべりがメインだったよ。ちょっと圧倒されちゃった」

「そんな感じだったね。でも……ちょっと悔しいな。私が踏み込めない領域に、気軽に踏み込めるなんて」


 なんで悔しがる必要があるの? それもやっぱり、わたしのことを特別に思うから?

 きっとそうなんだよね? わたし、勘違いしてないよね?


「……妃乃ってさ」

「ん? 何?」


 わたしのこと、好きなの?

 そんなの、どうしても訊けない。

 違うよって言われたときのことを想像してしまう。 


「……えっと、本、半分持つよ。あと、他のコーナーも見てく?」


 妃乃が袋を二つに分けているので、わたしが一つ受け取る。


「ありがと。じゃあ、他のも見て行こっか」


 妃乃と一緒に店内を見て回る。予期せぬ出会いもあったけれど、そんなことはすぐに忘れて、わたしは妃乃との時間に没頭する。

 好きだなぁ、って思いながら隣にいるだけでも割と幸せ。

 けど、やっぱりちゃんと恋人同士になれたら、もっと幸せなんだろうな。

 こうやって色々と見て回って、疲れてきたときに、「少し休憩しようか?」って妃乃に誘われた先にラブホが……。

 おい! わたしの妄想! 唐突に変なシーンを盛り込むな! 妃乃がそんなベタな流れにするわけないでしょうが! 行くとしても妃乃の部屋だよ! 「今日、家に家族いないんだ」とか言ってさ! それもなんかベッタベタだけど! わたしの妄想が一気に幼稚になってる気もするけれど!


「ぼうっとしちゃってどうしたの? 疲れた?」


 いつの間にか意識が変なところをさまよっていた。妃乃が心配そうにわたしを見ている。


「……なんでもない。ふと妙なアイディアが浮かんで、一瞬気を取られただけ」

「そう? ならいいけど……少し休憩しようか?」

「い、いや! 大丈夫! わたし、体力には自信があるの! 体育の持久走だって最下位を取ったことはないんだから!」

「……それは体力に自信がある人の発言なのかどうか。でも、もうお昼時だし、どっかでご飯食べようよ」

「……うん。そうだね」


 わたしと妃乃が『アニメノーツ』を出て行く間際。


「あ、ちょっち待ってよお二人さん。これ、あたしのおすすめです。あげますよ」


 七藤が声を掛けてきて、わたしにレジ袋に入った……本? を渡してくる。

 青いレジ袋は不透明で、中身は見えない。なんの本だろう?


「え? いいんですか?」

「いいですいいです。友好の証に、あたしからのプレゼント。いらなかったら古本屋にでも売ってくれていいですよ。ではではー」


 七藤が去っていく。なんだったのだろう。

 首を傾げていると、妃乃がわたしの手を引く。


「とりあえず、ご飯食べに行こ」

「あ、うん」

「……私と一緒にいるとき、あんまり他の女の子と仲良くしないでほしいなー、なんて」

「え……え?」


 また思わせぶりな態度。

 遠回しに言うんじゃなくて、もっとはっきり伝えてくれればいいのに。

 好意の証だって断定する勇気のないわたしは、その言葉にただ心を乱されるばかりだよ。

 妃乃の気持ちをはっきり聞かせてほしい。そう思いながら、大人しく妃乃に手を引かれて歩き続けた。

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