第13話 本

『サニーホワイト』の後にも服、アクセサリー、雑貨を見て回り、楽しいひとときを過ごした。

 その後、商店街を歩きながら、妃乃が不意に言う。


「ねぇ、本屋に行ってさ、瑠那のおすすめの本を紹介してよ。私も読んでみるから」

「うぇ!? お、おすすめ!?」


 思わぬ提案に変な声を出してしまう。わたしにおすすめなんて尋ねても、百合ものしか出てこないけど!?

 ……いや、待て。冷静になるんだ。わたしだって、いつもいつも百合恋愛ばかり読んでいるわけではない。ファンタジーその他も読むには読むのだ。一番好きなのが百合恋愛だっていうだけのことで。


「私、何か変なこと言ったかな? 瑠那は小説を書くくらいだし、本も好きなんでしょ? だったら、おすすめの本の一、二冊はあるんじゃないの?」

「う、うん、そう、だね……。それくらい、もちろん紹介できるよ。ははは」


 笑って誤魔化していると、妃乃がにやりと意地悪そうに唇の端をつり上げる。


「……あ、もしかして、いつも読んでる官能小説でも想像した?」

「それは断じて違う! 名誉毀損めいよきそんで訴えることも辞さない発言だ!」


 本当にそんなことは考えていなかった。百合恋愛だと、割とそういうシーンは出てくるけれども! そういうシーンはないとダメだよね、とも思っているけれども!


「ふふ? ごめんごめん。じゃあ、ごく普通に、瑠那のおすすめを教えてよ。ちょうどそこに本屋もあるし。あ、こういうところじゃなくて、アニメグッズとかも置いてあるような場所がいいのかな?」

「……特に悪い意味で言ってるわけじゃないんだろうけど、そういう発言は誤解を生みかねないから気をつけてね? 『どうせあんたみたいな陰キャはアニメショップで萌え萌え言ってんだろ? はっはーん!』って感じで受け止められかねない」

「あ、ごめん。全然そういう意図はなくて、単に品ぞろえ的にそっちの方がいいのかなって」

「……まぁ、わたしが読むのはラノベが主だから、そっちの方がいいかもね」

「じゃあ、そっちに行こう。私、瑠那の好きなもの、もっと知りたい」

「……別にいいけどさ」


 妃乃のように光の天使みたいな人がアニメショップを訪れるのには、少しだけ違和感を覚える。けど、こんな違和感を抱いてしまうのは、わたしが多少なりとも偏見を持っているからか。

 良くないなぁ。そういうのはわたしだって嫌いなはずなのだから、わたし自身が偏見を持ってはいけない。堂々と、妃乃をアニメショップに案内すれば良いのだ。うんうん。

 商店街を抜けて、駅に併設された大型のショッピングモールに入る。その五階に、この近辺では一番大きな『アニメノーツ』というアニメ関連ショップがある。

 アニメ関連とはいえ、アニメ化していない漫画やラノベも置いてあり、わたしとしては馴染み深いお店。わたしも銀子も、特典付きのラノベなどを購入することがある。


「こういうお店って、やっぱり他とだいぶ雰囲気違うよね。あんまり来ないから新鮮だなぁ」

「妃乃って、そもそも漫画とかアニメとか興味あるの?」

「あるよー。漫画も読むしアニメも見る。ただ、たぶん見てるのはメジャーなものだけだし、グッズとかも集めたことはないな」

「そっか。まぁ、そんなもんだよね」


 妃乃はキョロキョロと辺りを見回して、物珍しげに目を輝かせている。観光地でも巡っているような雰囲気ではあるものの、こうしてすんなりと場に馴染んでくれると安心する。

 妃乃を連れて、ラノベが置いてあるコーナーへ。このコーナーは人が少なく、物寂しい感じになってしまっているけれど、二人きりでいられるからある意味嬉しい。


「ラノベってあんまり人気ないの? ここだけ人が少ないけど」

「そういうことをあっさり言っちゃう妃乃も、悪くないと思うよ……」


 ラノベはあまり人気がないし、あまり売れない。わかっているのに、面と向かって言われると、胸がきゅっとなる。


「あ、ごめん。なんか気に障ること言っちゃった?」

「気に障るっていうわけじゃないよ。ラノベがあんまり売れないのは事実みたいだし。WEB小説の流行を考えると、小説を読む人がいなくなったってわけじゃなくて、むしろ読む人自体はどんどん増えてるくらいだと思う。

 ただ、無料で面白いものがたくさん読めるのに、わざわざ本を買って読む人は減ってるのかもね。そのお金があれば別のものを買う……とかさ」

「へぇ……そうなんだ。瑠那ってこの業界に詳しいんだね」

「そうでもないよ。こんなのは、何年かWEB小説に関わってれば、自然とわかってくる程度の話」

「……瑠那の本がいつかこういうところに並ぶと考えると、もっと賑わってほしいね」

「……わたしの作品が書籍になることは期待しないで。今時誰でもラノベ作家になれるとかうそぶいてる作家さんもいるみたいだけど、どんなに頑張っても書籍化に至らない人の方が圧倒的多数だから」

「そっか……。厳しい世界なんだね……」

「そうそう。WEB小説業界じゃ、年間何万何十万って作品が生まれる中で、書籍化するのは一パーセント未満。狭き門だよ。

 って、こんな暗い話してもしょうがないね。妃乃はどんな話が好きなの? ジャンルは?」

「明るくて楽しい話がいいなぁ。ジャンルは特に決まってないかも。っていうか、瑠那の好きな本ならなんでも読んでみたい」


 ……遠回しな愛の告白かい?

 わたし、極度に鈍感な人間でもないから、妃乃の言葉の意味はなんとなく察しちゃうよ?

 ずっと感じていることではあるけれど……妃乃って、本当にわたしに特別な好意を持っているの?

 勘違いではないと思う。でも、一歩踏み出すのは怖い。万一何かの勘違いだったとしたらって思うと、足がすくむ。

 なるべく、何もわかってないふりをして、わたしはいくつかの本を手に取る。


「な、なんでもいいなら……こういうのはどう?」


 定番の悪役令嬢ものや、もふもふたちと冒険の旅をするものなど、四冊の本を紹介。


「じゃ、それ全部買っていくわ」

「え!? 全部買うの!? あらすじも読まずに!?」

「瑠那が読んでるなら、私も読んでみるよ」

「……だとしても、読むだけなら貸したっていいよ?」

「それでもいいかなーって思ってたけど、読者としては本を買うのも大事でしょ? 瑠那が将来活躍する場が、衰退していくばっかりだと困るもの」

「……妃乃、マジイケメン」

「惚れた?」

「あ、う?」


 妃乃はなんの気なく言ったことだってわかっているのだけれど、気軽に肯定するのにためらってしまった。

 妃乃への想いが特別だからこそ、冗談みたいな流れで肯定することができなかった。

 気にしすぎ、だっての。


「何? あ、う、って」

「な、なんでもないし! 買うなら早く買えばいいよ!」

「そうだね。ねぇ、他にはないの?」

「他にはって……。その四冊でも結構高いでしょ。これ以上紹介して、下手に散財させたくはないよ」

「私、バイトしてるからそれなりにお金あるよ?」

「あ、そうなの? どんなバイト?」

「んー、これはまだ内緒。それよりほら、もっとおすすめを教えて?」

「いいけどさ……」


 おすすめ全部を一気に紹介するわけにはいかず、いくつかピックアップしていく。

 念のためあらすじも話してみるが、妃乃はいつも「面白そうだね」とばかり。

 本当にそう思っているのか、少し心配ではある。

 わたしの好きな本を、妃乃も好きになってくれたら嬉しい。でも、無理して好きだって言わせたいわけじゃない。

 わたしの好きなものを、妃乃が嫌いであっても構わない。

 そんなもんだってわかっている。仲の良い銀子とだって、好みが全く合致するわけでもない。

 一度読んでもらって、そしたら、率直な感想を聞きたいな。

 共感する喜びだけを味わいたいわけじゃなくて、わたしは妃乃を知りたい。


「っていうか、合計八冊、重くない?」

「半分は瑠那に預けるから大丈夫」

「さらりと他人を頼れる精神が羨ましいね!」

「他人じゃなくて、瑠那だもの。じゃ、これ買ってくるね」


 妃乃がレジに向かう。大量の本を一気買いするお客さんは、お店としても、ラノベ業界としてもありがたい存在だな。

 そして、間接的ながらわたしを支えようとしてくれるその姿に……やっぱり妃乃は素敵だなって思ってしまうよ。

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