第12話 ありのまま

 妃乃と一緒に歩いていると、自然と妃乃に道行く人の視線が集まっているのがわかる。隣にいるわたしは、きっと誰の眼中にも入っていない。

 妃乃が最初に向かったのは、わたしもたまに訪れる服屋『サニーホワイト』。お手ごろ価格ではあるけれど、大手量販店よりはひねりの利いたデザインの服を取り扱っている。陽気な女子高生が好むものより、大人っぽい雰囲気の女性向けでもある。


「こういうの、どうかな?」


 妃乃が手にしたのは、空色のレースキャミワンピース。それを着た妃乃の姿を思い浮かべると、不意に涎がでそうになる。可愛いしよく似合うし、思わず抱きついて首筋を舐めたくなる。……一体わたしは何を考えているのだ。変態か。


「い、いいんじゃないかな? 妃乃に似合うと思うよ」

「私じゃなくて、瑠那に着てほしいんだけど?」

「へ? わたし? その色は……わたしには明るすぎるかな」


 わたしは特別美人ではないし、自分を綺麗に見せる術を身につけているわけでもない。軽やかで明るいその服は、そこにいるだけで灯火のように輝く妃乃にこそ相応しい。


「瑠那だって明るい色も似合うよ。今のナチュラルで優しい雰囲気もいいけど、もう少し目を引く感じにしても全然大丈夫」

「うーん……だとしても、わたしはむしろ地味な方がいいよ。注目されるのとか得意じゃないし」

「じゃあ、部屋の中だけで着るとか」

「……部屋の中だけで着るなら、むしろもっと地味で動きやすい服でもいいんじゃない? いっそジャージとかでもわたしはいいよ」

「……誰か、大切に思う人のためだけに着る服にするとかでもいいんじゃない?」

「……つまり、恋人の前でだけ着る服にすればいい、ってこと?」

「そういうこと」


 恋人のためだけに……ね。

 わたしだったら、妃乃のためになら着てもいい。妃乃が喜んでくれるなら、わたしはどんな服だってきっと着る。バニーガールにだってなれる所存。……発想がおっさんっぽいな。銀子に似てきた?

 少しだけ銀子に責任を押しつけつつ、改めてそのキャミワンピースを手に取る。

 自分の体に当ててみて、まぁ……案外悪くないのかもしれない、と思わないでもない。


「似合うかな?」

「似合うよ。瑠那は、自分が思っているよりずっと可愛いんだから」

「よせやい。褒めてもにやけ面くらいしか出ないよ」

「むしろそのにやけ面が見たいかな?」


 妃乃がじろじろとわたしの顔を覗きこむので、気恥ずかしくなって手にした服で顔を隠す。


「やめれ」

「恥ずかしがってる瑠那も可愛い」

「可愛いばっかり言わないで。わたしが勘違いして陽キャにでもなったらどうするの。

 太陽に向かっておはようとか言い出したり、皆に明るい笑顔を振りまいたりしてるわたしなんて気持ち悪いじゃんか」

「……卑屈だなぁ。全然気持ち悪くないし、むしろわたしはそういう瑠那もいいと思う」

「……わたしは嫌。日陰のもっとじめじめしたところで、のんびりと空の青さに溜息を吐いていたい」

「また妙なことを言い出す……。冗談なんだろうけどさぁ、ねぇ、瑠那」

「……何?」


 軽い溜息を吐きながら、妃乃がわたしを真っ直ぐに見据える。


「瑠那のありのままの姿は、きっともっとほわほわした明るい子だと思うよ?

 教室で素の自分を出せないのは仕方ない。そんなのは誰でも一緒。けどさ、私の前では、鎧で自分をがちがちに守る必要なんてないよ? 私、そんなに瑠那に対して何かを強制しているように見えるかな?」

「……そういうわけじゃないけど。でも、だからって……」


 裸になっていいなんて思えないよ。

 隠さなければいけないことがまずは一つあって。妃乃にだけは見せたくない部分もたくさんあって。

 妃乃のことが大好き。だからこそ、全部なんてとても見せられない。

 ありのままの自分なんて晒せない。


「……ま、そんなに早く打ち解けられないか。でもきっと、瑠那は例の小説書き友達に対しては、もっと素の自分を見せてるんだろうな……」

「……それは、相手の顔も見えないし、いつでも縁を切ろうと思えば切れる関係だからだよ。関係がこじれても、他の生活に支障はない。でも、妃乃との関係が悪くなったりしたら……色々困るじゃんか」


 困るだけじゃなく、妃乃に嫌われたら、わたしは生きていけないよ。

 大袈裟な言い方かもしれないけど、それぐらいの一大事だ。

 だからこそ、妃乃の前ではありのままでなんていられない。


「……ま、ろくに信頼関係も築けてないうちからこんなことを言うもんじゃないよね。ねぇ、瑠那がよく行くお店に連れて行ってよ。瑠那がどんなところで服を買ってるのか知りたい」

「……わたしが着るのもこういうところだよ。ただ、色選びが少し違うかな。わたしはこっちのベージュとかが好き。ダサくはないけど特に目立ちもしない、そんな色合い」

「ああ、なるほど……。それも似合うなぁ。ただ、あとは……」


 妃乃がわたしの顔をじろじろと眺める。恥ずかしい。


「な、何?」

「髪をちょっといじったり、アクセサリーを付けたりするとだいぶ変わりそう。ふむふむ。色々試しがいありそうね」

「え? 待って。妃乃、わたしを着せかえ人形にしようとしてない?」

「気のせい気のせい。私はただ、瑠那の可愛さをもっと引き出したいだけ」

「それを着せかえ人形っていうんじゃないかな!?」

「違うよー。私、瑠那のこと人形だなんて思ってないもの。……瑠那は瑠那だよ。一人の女の子。ね?」


 軽く首を傾けながらの無邪気な微笑み。こんなことを自然にできるのだから、妃乃は本当に光属性の女の子だと思う。

 眩しい……。そして胸がどきどきする……。今この瞬間、妃乃の視線の先にはわたししかいないんだよ? これって大事件じゃない?


「……わかったから。っていうか、お店の中で長話とかするもんじゃないよ」

「それもそうだね。さ、他のも見てこ。あっちにアクセサリーもあるし!」


 妃乃に手を引かれてアクセサリーゾーンに向かう。

 そして、わたしは多種多様なアクセサリーをあてがわれ、やはり着せかえ人形になったような気分を味わった。

 気恥ずかしさもあるけれど、妃乃に可愛い可愛いと言われるのは……正直言うとすごく嬉しい。心がふわふわする。綿飴くらいに軽い。

 他の女子に同じことをされたら、きっと社交辞令とか諸々の裏があるのだと警戒もする。けど、妃乃は単純に褒めてくれていると思える。

 そんな人だから、わたしは妃乃が好きなんだよ。

 何をされても、妃乃に対してはそんなことばっかりを思うよ。

 楽しい時間が過ぎていく。永遠に続いて欲しいとも、胸の中では思っていた。

 言葉にする日は、一生来ないのだろうけれど。

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