第6話 ファンタジー
『例の子に、わたしが小説を書いてるのがばれた。わたしがエッチな女の子じゃないって証明したいんだけど、どうすればいい?』
『待て。いきなりそんなことを言われてもわけがわからない。状況の一、七、九くらいを断片的に話すんじゃなくて、ちゃんと順を追って説明して』
午後六時半。自室に帰り着くなり勢いのまま銀子にメッセージを送ってしまったけれど、確かにこれでは意味がわからない。
気分を落ち着けるため、深い息を吐き、肩をぐりぐりと動かしてみる。
気分は相変わらず落ち着かない。でも、必死に気持ちを切り替えて、改めて状況を説明した。
長文になってしまったけれど、銀子はじっくり話を聞いてくれて、状況説明が完了。
『というわけで、わたしがエッチな女の子じゃないことを証明しなければならない』
『無理でしょ。現にエッチな女の子なんだから』
『違う! わたしはただ、リアルでは満たされない恋愛欲を、小説を書くことで満たしているだけ!』
『恋愛欲って、半分くらいは性欲じゃん。小学生じゃあるまいし、「恋愛したい」は「エッチしたい」に通じるものだよ』
『正論は求めてない!』
『はいはい。でも、別にエッチな子だと思われててもいいんじゃないの? 例の子も、それをすんなり受け入れてる感じだったんでしょ? 付き合えたとき、逆に手を出してくれなくなって困るんじゃない?』
『それとこれとは話が別だから!』
『そうかなぁ? まぁ、どうしてもっていうなら、エッチじゃない小説を書いて読ませればいいんじゃないの? R17.9シーンを除いて、見せればいいじゃん』
『そもそも、百合物であるという部分を隠す必要がある』
『主人公は女性のままで、相手のヒロインを男性にして書き換えたら?』
『無理だよぅ。女性主人公が男の子の長い髪をブラッシングしたり、男の子の甘い匂いにうっとりしたりすることになる』
『前衛的』
『百合物って絶対ばれる! なんか鋭い子なんだから!』
『じゃあ、新作書けば? 今から』
『今、から?』
『うん。といっても、ひまわりは恋愛だと女の子同士のものしか書けないから、恋愛物以外で書けばいい』
『恋愛物以外、書いたことない』
『青春物とか書けばいい。迷ってる暇はないんじゃない? 短編一本書くだけでも、二、三時間はかかるでしょ?』
『でも、それで誤魔化せるかな?』
『本当なら、長編を見せるべきだね。でも、明日までに長編一本仕上げるなんて無理じゃん?』
『無理。人類のやっていい所行じゃない』
『それなら短編だ』
『わかった。書く。書くから……ネタをください。恋愛以外の書き方わからない』
『仕方ないなぁ。いくつか書かずじまいになってるネタがあるから、それをあげるよ』
『ありがとうございます。銀子大明神様』
『敬え敬え。ただし、できあがった作品は、最初にあたしに見せること』
『わかった。というか、むしろ変じゃないか見てほしい』
『おっけ。じゃ、しばし待たれよ』
それから五分後、銀子からは五つのネタが送られてきた。
その中から、高校の文化祭をテーマにしたネタを選んだ。文化祭の準備のために、友達と二人で絵を描く女の子の話だ。
ざっくりしたあらすじを提供してもらっただけなのだけれど……たぶん、これの本質は恋愛ものであって、銀子の引き裂かれるような失恋の痛みが滲んでいた。
そのことには、気づかないふりをしたけれど。
そして、小説を書き、夕食も摂って、気づけば午後九時。
『今、何してる?』
妃乃から初めてのメッセージ。
執筆に集中していたはずなのに、意識が全部妃乃に持っていかれた。
わたし……やっぱり、妃乃が好きだ。
『小説を書いているところ』
『どんな話?』
『秘密』
『私に見せてくれるつもりはないの?』
『明日まで待って』
『見せてくれるんだ? わかった。楽しみにしてる』
『うん』
『電話してもいい?』
「なんで!?」
なんで急に電話? 何を探ろうとしているの!?
『どうして?』
『浮気調査』
『……何を言っているのかわからない』
『誰かを部屋に連れ込んでないか、気になって』
『誰もいない。わたしだけ』
『それが本当なら、証拠として声を聞かせて』
「はぁ……?」
わけがわからない。妃乃って不思議ちゃん?
状況は掴めないけれど、ご要望とあれば電話をするのもやぶさかではない。
電話をかけたら、妃乃はすぐに出た。
「えっと……こんばんは?」
『こんばんは』
妃乃の声が聞こえる。電話越しだからか、耳元で囁かれているような気分。
「どうして、急に電話しようとしたの?」
ボブカットの髪を、指先でくるくるとよじる。
『浮気調査だって言ったでしょ?』
「浮気も何も、わたしたち、つ、付き合ってるわけでもないし……」
『そうだね。付き合ってもいないのに、浮気調査はおかしいね』
「だったら、どうして電話?」
『せっかく友達になれたから、少しお話したいなって』
「そう……」
友達、か。
そうだね。友達だよね。
わかってる。わかってる。わたしたちは、友達。そして、それより先の進展はない。あり得ない。
『ねぇ、瑠那。ファンタジー小説は好き?』
「え? うん。好きだよ。異世界ものでも、日本を舞台にしてファンタジー要素を入れたものでも」
『自分でも書く?』
「わたしは……異世界ものは書かないけど、ファンタジー要素を入れた現代物なら書くかな」
『どういう内容なの?』
「……く、詳しくは黙秘!」
『またエッチな奴なのね』
「違う! 全然違う! 単に、吸血鬼とか、魔法使いとかが出てくるだけ!」
そういう女の子たちが恋愛をして、ゆくゆくはお互いのことを深く求め合うようになるだけ!
『ふぅん……。瑠那は、吸血鬼とか、魔法使いとかが好きなの?』
大好物です。主人公の血を吸って欲情しちゃう吸血鬼ヒロインなんて最高だと思います!
「……す、好きだけど? それが何?」
『……私も、そういうの、好きだよ』
「へぇ……そうなんだ。いいよね、そういうの」
『獣人もいける?』
「獣人が嫌いな人類なんているわけない」
『ぷっ。あっはっはっ』
はっ。
お、思わず、銀子が相手の時と同じノリで返事をしてしまった……!
こんな発言、一般人が聞いたらびっくりするに決まってるのに!
でも……妃乃、笑ってる。綺麗に、澄んだ声で笑ってる。
引かれたわけじゃ、ない? むしろ、好印象……?
『瑠那は、何の動物の獣人が好み?』
「……妃乃は、何が好みなの?」
『瑠那から教えて』
「……嫌」
『じゃあ、せーので言いましょうか』
「……そんなこと言って、わたしにだけ言わせるつもりでしょ。妃乃、意地悪だし」
『そんなことしないってば。嘘だったら、明日、瑠那好みの獣耳をつけて学校に登校してあげる』
それ、嘘吐かれた方がご褒美じゃない?
いやいや。でも、そういうのは独り占めしたいというか……。
『いい? せーのでね?』
「……」
『せーの』
「狼」『猫』
妃乃の好みがわかって嬉しいような、残念なような。
『へぇ……狼……。瑠那って、やっぱり食べられたいタイプなの?』
「やっぱりって何!? わたしは別にそういうつもりで答えたんじゃないから! っていうか、猫って、妃乃は可愛いものが好きなの!?」
『ええ、そうよ。何かおかしい?』
「おかしくはない……」
そして、可愛いもの好きだからって、別に恋愛対象が女の子ってわけでもない……。
『ねぇ、もう少しお話してても大丈夫?』
「え? うん……。大丈夫……」
『小説を書く邪魔になっていない?』
「……急いで書かないといけないものはない」
嘘。明日までに書きたいものがある。
『なら良かった。もう少しだけ、ね』
妃乃とのおしゃべりは続いた。
それは嬉しいし楽しいことなのだけれど、妃乃はどうしてファンタジーがどうとか、獣人がどうとか言い出したんだろう?
意味のあることだったのか、違うのか。
おしゃべりしているうちにどうでも良くなって、電話が終わる頃には忘れてしまっていた。
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