第5話 意地悪

 わたしの打ち明け話を聞いて、天宮さんは実に上機嫌。


「やっぱりね。素直に打ち明けてくれたお礼に、このことは誰にも内緒にしてあげる」

「……本当に、誰にも言わないで」

「ただ……つまりこれ、私は水琴さんの弱みを握ったことになるわけか」

「……は?」

「こういう場合、やっぱり『秘密をばらされたくなければ、私の言うことを聞きなさい』と言うべきよね?」

「……待って。わたしに一体何をさせるつもりなの?」

「何がいいかしらねぇ」


 くすくすくす。歪な笑みなのにいやらしく感じないのは、わたしが天宮さんに参ってしまっているからだろうか。


「まず、一つ目」

「……うん」

「水琴さんが書き手であることは、私以外の誰にも言わないこと」

「……え? 何、それ」

「私と水琴さんだけの秘密ってこと」

「わたしたちだけの、秘密……」


 何、それ。

 めっちゃエッチじゃん。


「ぶふっ」

「へ? な、何? どうしたの?」


 急に天宮さんが吹き出した。わけがわからない。


「い、いや、その……なんでもないから」

「うん……?」

「ちなみに、現時点で、その秘密を知っている人はいるの?」

「ネットで一人、書き手の友達がいる。リアルの知り合いは、誰も知らない」

「……そう。ネット上の付き合いは別として、それ以外は内緒ね」

「……うん。でも、なんでわざわざそんなことを?」

「さぁ……。なんでかな?」


 意味深な笑みを浮かべられて、その心理は読みとれない。


「ところで、どんなものを書いているか見せてくれない?」

「絶対無理」

「……私は、水琴さんに命令できる立場なのだけど?」

「無理。それでも無理」


 絶対見せられない。自作の百合小説なんて。R17.9みたいな展開もたくさんあるのに!


「……そう。どうしてもっていうなら、無理矢理見るつもりはない。にしても、大人しい顔して、頭の中はやらしい妄想で一杯なのね」

「な、なんでそうなるの!?」

「人に見せられないなんて、エッチな内容を書いてるから、以外に理由なんて思いつかないもの」

「や、ちが、ちがくって!」

「さっきと反応が一緒。嘘を吐くなら、もう少しポーカフェイスを心がけなさい」

「……むぅ。違うのに……」


 違わないけれど。

 でも、大好きな天宮さんには、そんな風に思ってほしくないのだ。

 くだらないプライドかもしれないけれど。

 天宮さんにだけは……。


「別にいいと思うけどなぁ……。仕方ないじゃない。人間なんだから」

「……どういう意味?」

「人間なら、性的な内容に興味を持つのも自然でしょ。リアルでそういう行為をして欲求を発散する人もいれば、創作活動で発散する人もいる。そういう欲求を一切発散しない人なんてほとんどいない。だから、水琴さんだって、そんなに過度に恥ずかしがる必要はないと思う」

「……違うから。そういうのじゃないから」

「そう? ま、それならそれでいいよ。ただ、私はちょっと嬉しいな。書き手の人と関わるなんて初めてのことだし、世界が広がりそう」

「……書き手であることは関係なく、小説の話ならできるよ」

「うん。それでいいよ。小説を読む人って少ないから、それだけでも楽しみ」


 その瞳がキラキラと輝いて見えるのは、わたしの脳内補正のたまものだろうか?

 天宮さんは、思っていたよりも意地悪だ。

 だけど、やっぱりわたしは天宮さんが好きだ。

 意地悪だけど、引き際はわきまえていて、無遠慮に人の心の弱いところに踏み込むことはしない。

 意地悪な言動をするからこそ見えてくる、気遣いとか優しさがあって、余計に好きになってしまった。

 あーあ……。距離は縮まったのに、わたしの一方的な想いだけが募っていく。

 辛い。

 苦しい。

 痛い。

 痛い。

 痛い……。


「ねぇ、水琴さん」

「……うん?」

瑠那るなって呼んでいい? 私のことも、妃乃きのって呼べばいいからさ」

「え? あ、うん……いいよ」


 いいけど、なんでそんな急に距離を詰めてきたの? 妃乃からしたらそれが普通なの?


「良かった。あと、連絡先も教えて」

「うん……」


 連絡先も交換して、また距離が縮まってしまった。

 きっと、わたしは四六時中、妃乃からの連絡を待つことになるんだろう。

 小説、書いてられるかなぁ……。

 無邪気に笑っている妃乃が、少しだけ憎らしかった。

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