第4話 ひねくれ

 チェーン店のカフェに入って、わたしたちは二人席に向かい合って座った。

 二人とも飲み物はカフェラテで、あとはモンブランケーキ一つを二人で分けることにした。……え、それってつまり、間接キスの予感なの?

 なんて、密かに変な期待をしてしまったのは一瞬で、フォークを二つ取ったので、間接キスにはならなかった。

 だよねー。


「水琴さんって、休みの日は何をしているの?」


 暇さえあれば小説書いているよ。

 とは言えなくて。


「小説を読んでることが多いかな。あ、文学作品とかじゃなくて、いわゆるラノベとかね。小説だけど、エンタメに全フリしてるから面白いよ」

「そうなんだ。珍しいね。今時、わざわざ小説なんて。動画とか配信の方がお手軽に楽しめるんじゃない?」

「……そうかもしれないけど、小説には小説の良さがあるから。本一冊分を読む時間と労力を費やして、初めて得られる深い感動とか満足感があるんだよ。小説を読まない人にはわかりづらいことかもしれないけど……」

「そうだよね。私も小説が好きだから、そう思う。得られる感動とか、心の動かされる部分が違うんだよね」

「え? 天宮さんも小説を読むの?」

「うん。そんな風には見えない? 漫画も小説も、普通に読むんだけど」

「うん……意外かな」


 教室での天宮さんはとてもキラキラしているから、わざわざそういうのに触れようとはしない人だと勝手に思いこんでいた。

 リアルでの生活が充実しているから、物語で心の欠けた部分を満たす必要のない人だ、と。


「書籍になった作品もいいし、高校に進学してからはWEB小説も読むようになった。書籍になる作品程整ってはいないんだけど、ちょっと尖った内容のものもあって、ある意味書籍作品より面白いときがあるんだよね」

「……その語り口、WEB小説にどっぷり浸かってる人じゃないの」


 WEB小説もちょっとだけ読む……くらいの人だったら、こんなことは言わない。

 たくさん読む人だからこそ、こんなことを言えるのだ。


「そうなの? まぁ、WEBだと基本は無料だし、結構読んでるかな。読みやすさと面白さに特化してるものも多くて、読み始めると止まらないんだよね」

「またそういう玄人っぽいことを言う……」


 一般の人は、WEB小説の特性なんていちいち分析していない。なんか面白いねー、あははは、で終わりだ。

 なるほど。認識を改めよう。天宮さんは、こっちの業界で割とガチ勢だ。

 ……もしかして、書き手なのだろうか? 尋ねてみたいけれど、それを言うと、わたしが書き手であることにまで言及されてしまう恐れが……。それは困る……。


「でも、すごいよね。小説を書いて投稿する人って、今は中学生とか高校生も普通にいるんでしょ? 私はそういう想像力がなくて、全然ダメ。何度かチャレンジしてみたことはあるけど、上手く形にならなかった。独りよがりで、自分以外には何も伝わらない駄作ばかりができあがっちゃった」

「何度かチャレンジした程度で、ちゃんと書けるわけないじゃん」


 あ。

 これは、良くない発言だ。

 明らかに、ただ読むだけの人の発言じゃない。

 ただの読者だったら、「わかるわかるー、やっぱり才能ないと書けないよねー」と流すべきところだった

 それなのに、これでも数年間は書き続けてきた身の上だから、簡単に諦めるような発言をされるのが許せなかった。


「あ、えっと、今のは、何でもなくて……」


 なんて言い繕えばいい? どう言えば、わたしが決して書き手じゃないと思わせることができる?

 言葉が浮かばない。

 迷っている間に、天宮さんがにんまりと頬を緩ませる。


「ふぅん。そっかそっか。水琴さんは、書き手だったわけか。ごめんね、真剣に取り組んでいる人の前で軽率な話をしちゃって。

 そうだよね。初めて書いた作品が書籍化しちゃったー、とか言っている人もいるけど、大多数は何年も試行錯誤を続けて、ようやくまともな作品が書けるようになるんだよね」

「あ、ちがっ。わたしはそんなんじゃ、なくて……。全然……ちがくて……」

「あんな発言をしておいて、誤魔化すのは無理でしょ」

「……違うから」

「違わないでしょ? 安心してよ。水琴さんが秘密にしたいなら、私は誰にも言わない。絶対に秘密は守る」

「……書いてないです」

「往生際が悪い。じゃあ、性格の捻れた私は、一つ意地悪なことを言っちゃおう」

「……何?」

「自分が書き手であると認めるなら、このことは誰にも言わない。でも、認めないのなら、学校で言いふらす。別に証拠を皆に提示しなかったとしても、周りの水琴さんを見る目は変わるでしょうねぇ」


 によによ。天宮さんが実に歪んだ笑みを浮かべている。


「性格、悪っ」

「お褒めに与り光栄です」

「褒めてないから!」

「女の子に向かっての『性格いいね』は息苦しい圧力。『性格悪いね』は、都合がいいだけの弱い女じゃないっていう褒め言葉」

「なんてひねくれた解釈……」

「で、どうするの? 書き手であることを認めるなら、私はこの秘密を誰にも言わないし、水琴さんを応援する。認めないなら……」

「ああ、もう、わかった! 認めるよ! わたしは……もう三年も書き続けてる書き手だよ」


 初めて、リアルの知り合いに打ち明けてしまった。

 滅茶苦茶恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 急速に体中が熱くなる。まだ夏には早いのに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る