第3話 え?
妄想していたら一日が終わっていた。
だけど勘違いしないでほしい。わたしは一日、健全な妄想に耽っていたのであって、常時発情していたわけではない。
天宮さんと秘密の恋愛関係を進めるにあたり、こうしてああしてこうしたらドキドキするとか、天宮さんにこんなコスプレさせたら似合うだろうなとか、修学旅行で同じ部屋になってその夜に隣同士で寝てこっそり手を繋いで他の人が寝た頃合いを見てこっそりキスをしたいとか、そんな健全な妄想を膨らませただけだ。その先のことは、ちょっとしか妄想していない。
……わたし、もうダメかもしれない。
「はぁー……」
放課後、結局天宮さんとは全く距離が縮まらなかったことを嘆きつつ、一人で帰途につく。なお、別に学校ではぼっちというわけではなく、いつも一緒にいる二人は美術部と軽音部の活動があるので、放課後は一緒にいないことが多いだけ。
わたしも部活に入ることを進められるけれど、部活をしている時間があれば小説を書き進めたいので、部活はしない。
小説を書いていることを秘密にしていると、自由時間に何をしているのかと問われて答えに窮するのが問題だ。言い訳のバリエーションばかりが増えていく。
そんなことを考えつつ、わたしの通っている
「
びくりと肩が震える。だってその声は、天宮さんのものだったから。
空耳だと思いながら振り返ると、確かに天宮さんがいた。見間違えるわけもない、凛とした姿でそこにいる。
「え? あ、え? な、何?」
「……そんなに
「うぇ!? し、してないよ! そんなの全然!」
変な勘違いさせちゃダメだ! 好いてもらえなくても、友達になれなくても、無駄に距離を置かれるなんて絶対嫌だ !
天宮さんは様子をうかがうようにわたしをじっと見つめて、ふっと息を吐く。
「そう? ならいいけど」
「うん……。えっと、それで、どうかしたの? わざわざわたしに声をかけてくるなんて初めてだし……」
天宮さんが隣に並んでくる。手を伸ばせば届く距離。息を大きく吸ったらいい香りがしそう。……やめて。変態みたいじゃないか。
「たまたま姿を見かけたから、せっかくだし、話してみようと思っただけ。おかしいかな?」
「……おかしくないけど、コミュ力お化けって思う」
「クラスメイトに声をかけただけじゃないの。大袈裟ね」
ふふっ、と蕾が膨らむような笑い方。綺麗。好き。抱きしめたい。キスしたい。無理。泣きそう。
「ねぇ、水琴さん」
「な、何?」
「私、水琴さんに何かしたっけ?」
「……はい? 何が?」
「ああ、ええと……突然こんなこと言われても困るか。……今日一日、水琴さんがちらちらこっちを見ていた気がして。私を見ていたのか、全く別のものを見ていたのかわからないけど。私の気のせいかな?」
……見てました。超見てました。盗み見てました。
ごめんなさい! でも仕方ないことなんです! だって好きだから! 好きだから見ちゃうのは仕方ないでしょ!? 変に思われないよう、ちゃんと天宮さんの視界には入らないよう、こっそり後ろから見つめていただけ! そりゃ、たまに失敗して目が合っちゃうときもあったけど、変に意識させたかったわけじゃなくて! とにかくごめんなさい!
体中が熱を帯びて、赤耳しそうになる。赤耳ってなんだ。そんな日本語はないはずだ。
「……ああー、えっと、き、気のせいだよ? 別にわたし、天宮さんのことばかり見てたわけじゃないし……」
「そう? ならいいけど。何か気に障ることをしてしまって、機嫌を損ねてたとかではないのね?」
「……違う。そんなのありえない。天宮さんがわたしに嫌なことするわけない」
「なら良かった。知らない内に何かしでかしていないか、心配だったの」
「……ごめん。変に心配させて」
「私が勝手に不安になっていただけ。私こそごめんね。変なこと言って」
「ううん。天宮さんは悪くないよ」
悪いわけない。悪いのはわたし。
あなたに無駄に恋をした、わたしが悪い。
「……水琴さんの家って、どの辺だっけ? 私は星見駅近く」
うん。知ってる。朝の電車でたまたま見かけたことがあって、それ以来、同じ時間の電車に乗れるようにしているから。同じ車両には、乗らないようにしているけれど。
「わたしは花園駅近くだよ」
「あ、そうなんだ。近いね」
学校の最寄り駅までだと、花園駅の次が星見駅。毎朝見てるよ……なんて。
ストーカーかよ。気持ち悪いって。
でも……見ているだけだから、決して触れるつもりもないから、生活を脅かすつもりはないから、許してほしい。
ごめんね。
「……ねぇ、水琴さん。少し時間ある? 具体的には、一時間くらい。駅近くでカフェでも寄っていかない?」
「え? カフェ……? わたしと……?」
もしかして同姓の別の人に話しかけてる?
心配になって、キョロキョロと周囲を見回す。
「うん? 水琴さんには、ここにわたしと水琴さん意外の第三者が見えているのかな?」
「……じ、実はわたし、霊能力者でして」
「あ、やっぱり? 私もそうなの。実は、もしかして同じなんじゃないかなーと思って声を掛けたんだ。いつも肩に乗せてる猫ちゃんの幽霊、可愛いね?」
「……え?」
天宮さん、とってもいい笑顔。そして、わたしの左肩の上に手をかざし、何かを撫でる動作。
え? え? ええ!?
なになに!? 天宮さんってそういうタイプの人だったの!?
これはどういう反応をするのが正解!? わたし、天宮さんに近づいたらダメだった!?
「え、ええとぉ……」
「あ、ごめんなさい。水琴さんに懐いてるのに、勝手に撫でたりしたらいけないよね」
「ああ、いや、だから、そのぉ……」
嘘です。幽霊なんて見えません。むしろ幽霊なんて見えなくていいです。怖いの苦手です。ホラー映画とか絶対無理。いやでも、霊能力少女
密かに冷や汗を流していると。
「ぷっ。あっはっはっは!」
天宮さんが吹き出して笑う。
あ、騙された、とすぐに理解。猫がどうのなんて、ただの演技だ。
「もう! 天宮さん ! なんか、教室で見るより意地悪じゃない!?」
「最低なことを言ってあげる。……こんなの、騙される方が悪いのよ」
「性格
「霊能力者だなんて、先に嘘を吐いたのはそっちでしょ?」
「そうだけどー!」
釈然としない。なんだこの人。息を吐くように嘘を吐き返して人を騙すなんて。
……まぁ、あんなのは、『騙される方が悪い』のレベルかもしれないけれど。
「それで、どうする? カフェで少しお話でもと思ったけど、『暇だけどそういうことなら時間はないよ』という返事になるかな?」
「……その言い方も捻くれてるなぁ。時間はあるよ。カフェでもバーでも、わたしはついて行くよ」
「良かった。なら、行きましょ」
「うん……わかった」
……ん?
え、待って、これって、本当に天宮さんと一緒にお茶をする流れなの?
どうしてこうなった? なんでわたしは誘われた? 天宮さんに対して敵意なんてないよと言って、誤解を解いたら終わりじゃないの?
お茶できるのは嬉しいけど……状況が掴めない。
高校の最寄り駅までは、徒歩十分弱。
混乱してぎくしゃくしながら、わたしは天宮さんの隣を歩き続けた。
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