第2話 ああああああ
女の子を恋愛対象としていることを秘密にしているのと同じくらい、自分が小説を書いていることは秘密にしている。特に学校では、絶対に秘密。
小説を書いているというだけでも浮いてしまうし、万一それを受け入れてくれる人がいたとしても、百合小説を書いていることは知られたくない。
そういうわけだから、学校で、自分が小説を書いているようなそぶりは見せないようにしている。一人での登下校中や授業中に、頭の中で妄想を繰り広げるだけ。何か良いアイディアが浮かんでしまったときでも、トイレに入ってスマホにメモする程度にしている。それが、わたしの小説書きとしての日常。
銀子とちょっと真面目な話をした翌日、火曜日。
今日も今日で、授業中は授業を聞きつつも、頭の中で百合百合しい物語を展開させる。
そのとき……天宮さんの後ろ姿を視界にいれてしまう。
わたしは右から四列目の最後尾で、天宮さんは二列目の二番目。少し視線を黒板からずらすだけで、その愛おしい姿を視界にいれることができる。
艶めく黒髪と、濃緑色のブレザー。すっと背筋の伸びた姿勢が綺麗。わたしと天宮さんの間にいるはずの他の生徒なんて全く意識に上らない。
好きだなぁ……。
天宮さんの姿を見る度、何度も思う。初めて恋をしたみたいな衝撃を、何度でも感じる。
なんでこんなに好きなのだろう。どうせ、振り向いてもらえるわけもないのに。
少しでも距離を縮めたいと思っていても、わたしにできるのは……天宮さんとの恋愛を妄想することだけ。
天宮さんと付き合えたなら。
手を繋いで街を歩いてみたい。
一緒に買い物をしてみたい。
学校で、誰にも内緒でこっそりキスをしてみたい。
遊園地とかで遊んだら楽しいかな。
夏祭りにも一緒に行きたい。
天宮さんなら、きっと浴衣姿も素敵だろう。
その隣で、わたしも浴衣を着ているのかな。
わたしは天宮さん程に綺麗ではないから、隣を歩くのは気が引けちゃうかも。
天宮さんのお家にも行ってみたい。
誰の目も気にせず、二人きりの時間を過ごしたい。
当たり前みたいに手を繋いで。
当たり前みたいに抱き合って。
当たり前みたいにキスをして。
それから、それから……。
だんだんと、意識が妄想の世界に没入していく。
天宮さんの部屋に初めてお邪魔したとき。ふと、天宮さんが意味深な目でわたしを見つめてきて。
『二人きりになるってわかっててここに来たってことは、そういうことだよね?』
優しく、だけど少し強引さを滲ませながら問いかけてくる。
想像するだけで、ドキドキしてしまう。
『……そういうわけじゃ……えっと、ないことも、ないというか、その……』
『どっち? 瑠那が嫌がることなんて、私はしない。はっきり言ってよ。どうしたい?』
その唇には、意地悪な微笑み。
答えなんてわかっているくせに、あえてわたしに言わせたがる。
わたしが無駄に恥じらっている姿を見て、喜ぶ。
『……意地悪』
『私の何が意地悪なのかな? 私はただ、瑠那の気持ちを尊重したいだけ』
『そんなの、嘘だ』
『嘘じゃない』
『わたしの気持ちなんて、わかってるくせに』
『私は勘違いしてたら困るでしょ? ねぇ、どうしてほしい? ちゃんと、言葉にして』
『わたしは……』
『うん』
『妃乃に、もっと愛してほしい』
『具体的には?』
『ぐ、具体的にはって……。もう、わかってるでしょ!』
『はて?』
意地悪な
ああ、なんて意地が悪い。酷い人。だけど、その意地の悪さが心底愛おしい。
『妃乃……』
この先を口にするのは勇気がいる。
妃乃にしてほしいことは、とても破廉恥で艶めかしくて。
妃乃には、わたしがいやらしい子だとは思ってほしくない。
だから、妃乃が問答無用で、わたしをぐちゃぐちゃにしてくれればいいのに。
『何? 私はどうすればいい?』
妃乃が至近距離でわたしを見つめてくる。その手がわたしの頬を包む。愛おしい温度。愛おしい視線。愛おしい声。
『妃乃と、したい。他のこと全部、忘れちゃうくらい』
妃乃が婉然と微笑み、そして……。
ああああああああああああああああああああああああああああ!!
本人をこそこそと視界に入れつつ、この先を妄想することに耐えられなくなる。
単なる妄想にすぎないし、誰にも迷惑は掛けないけれど、これ以上はいけない気がする。
身勝手に悶えていると、不意に妃乃……いや、天宮さんがこちらを振り向く。
目があった? そんなわけないよね? 別の誰かを見ているに違いない。都合良く、わたしを見ているのかも? なんて勘違いしているだけのこと。
ただ……怪訝そうな、呆れたような、妙な視線が気になる。誰を見ているのだろう? キョロキョロと教室を見てみるけれど、天宮さんとアイコンタクトしている風な人もいない。
何を見ていたの? 誰のことが気になったの?
もうこちらに背を向けている天宮さんに、心の中だけで問いかける。
もちろん、天宮さんが再び振り返ることはない。
結局なんだったのかは、授業が終わってもわからなかった。
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