《百合》わたしの好きな人は心が読める魔女だったらしい。わたしの妄想が全部ダダ漏れだったとか恥ずかしすぎるけど、いっそのことあえて見せつけてやることにした。

春一

第1話 恋愛

 今となっては重大な秘密とも呼べないのかもしれないけれど、わたしの恋愛対象は同性の女の子だ。

 多様性が認められつつある世の中だから、それをひた隠しにしなければならないわけではないのだと思う。

 でも、だからって当事者が気軽に打ち明けられるわけもない。

 友達にも、両親にも、姉にも、高校二年生になるまでの十六年間、ずっと隠して生きてきた。きっと、この先もずっと秘密にし続けるのではないだろうか。あえて言う必要はないし、言って関係が悪くなるのも困る。


 そんなわたしにとって、恋愛は概ね物語の中の出来事だ。

 物語の中では、同性同士の恋愛もごく当たり前のように展開するし、なんだかんだハッピーな結末になってくれる。

 始めの頃には、誰かが作り上げた物語を読んでいるだけでも満足だった。

 しかし、中学二年生の春頃から、物語を摂取するだけでは満足できなくなり、自分でも物語を書くようになった。

 漫画を描きたい気持ちもあったのだけれど、難しすぎてやめた。一人絵のバストショットくらいはどうにか描けても、二人の人間がいちゃついているシーンなんて到底描けない。わたしが好きなの百合百合しく尊いシーンであって、前衛芸術ではない。


 結果、わたしは小説を書くようになった。

 女の子同士の、恋愛もの。いわゆる百合小説。

 小説を書くのも、それはそれで難しかった。でも、基本的には脳内の妄想を自由気ままにアウトプットできれば満足だったから、到底他人に見せられないクオリティでも問題なかった。

 それでも、書き続ければだんだんと成長はするもので、中三になる頃に自作小説を小説投稿サイトに投稿し始めると、それなりにファンがついてくれた。

 リアルでは満たされない恋心を物語で満たし、さらにそれで他人を喜ばせることもできる。わたしにとって、小説を書くことがいつの間にか大切な生きがいのようになっていた。


 小説を書いていく内に、同じく百合小説を書いているうえ、同性を恋愛対象とする、同い年の女の子とも交流するようになった。もっとも、年齢も性別も何もかも自称なので、実は違う可能性もある。

 お互いにお互いを微妙に警戒しているのか、交流は文字だけのもの。どうも意外と近くに住んでいるのではという疑いがあっても、直接会うことも、通話で話すこともしない。なんとなく、ずっとそうしていく雰囲気があった。 

 男か女かもわからない。年齢も不詳。正体不明。

 でも、彼女……雪村銀子ゆきむらぎんこは、わたしの心を支える、大切な人。

 そして、銀子からは、今日もまた定例通りの確認のメッセージ。


『それで、例の子との進捗はどうなん? お友達くらいにはなれた?』


 PCの画面を見て、ふぅ、と軽く溜息。

 五月も半ばを過ぎた月曜日の夜。デスクチェアの背もたれに体を預けると、きぃ、と悲しげな音がした。


『わたしはあの子と距離を縮めようとは思ってないんだってば。女の子同士で付き合うとか、リアルでできると思ってないし』


 わたしには今、好きな人がいる。名前は天宮妃乃あまみやきの。ロングの黒髪が麗しく、凛とした雰囲気は同級生とは思えないほど大人っぽい。無表情のときには少し取っつきにくさを感じる美人さんなのだけれど、人懐っこい笑みを浮かべると一気に印象が変わる。笑顔だけで人を恋に落とせるタイプ。


 ただ、男子にはたまに素っ気ない。たぶん、あれは自己防衛だ。下手に好意を持たれることを警戒しているからこその素っ気なさ。

 一方、女子にはいつも優しくて、わたしとも普通に話してくれる。誰とでもは仲良くなれないわたしだけど、天宮さんとは身構えることなく話せる。


 高校入学当時から気になっていた子。二年生に進級してから同じクラスになり、比較的近くでその存在を感じられるようになると……一気に火が付いてしまった。

 遠くから眺めているだけの方が、きっと良かった。叶わない恋に胸を痛めるくらいなら。

 ……嘘。本当はやっぱり、好きになれて良かった。苦しくても、辛くても、天宮さんを想う強い気持ちが心に深く刻まれるなら、それが一生残る傷になってもいい。


『例の子、男子には素っ気ないんだろ? 実は、単に女の子が好きなのかもじゃない?』

『そういうのじゃないから。それに、素っ気ないって言っても、無表情とかつんけんしてるとかじゃなくて、一歩距離を置いてる感じ。あれはモテる女子なりの自己防衛だってば』

『まぁ、それはそうかもな。でも、ひまわりだって、学校じゃ女の子好きなの隠してるだろ? その子だって、女の子が好きだってひた隠しにしてるかもしれない。希望を捨てるのは早いんじゃない?』


 わたしの本名は水琴瑠那みことるな。ペンネームとして夏海なつみひまわりと名乗っているので、銀子はわたしをひまわりと呼ぶ。


『だからって、あの子の恋愛対象がどっちかなんて、調べようがないし』

『百合漫画でも紹介してみたら? 今時、ノンケでも百合漫画くらい読むし。ただの百合漫画好きを装ってさ?』

『無理。そんなことしたら、わたしが女の子が好きだって絶対ばれる。たぶん、ただの百合漫画好きとは温度が違う』

『やれやれだよ。ひまわりはさ、これからもずっと、誰ともリアルの恋愛をしないで生きていくつもり? あたしは嫌だよ、そんなの』


「え……」


 銀子の言葉に、不意に胸を突かれる。

 わたしは、リアルの恋愛なんて半ば諦めていた。物語の中だけで満足していくつもりだった。

 銀子との交流はもう二年程になる。なんとなく、銀子もリアルの恋愛は諦めていて、物語の中だけで恋をしていくのだと思いこんでいた。

 そんなこと、一言も言われていないのに。


『わたしだって、本当はリアルでも恋がしたい』


 思わず、そう打ち込んでいた。わたし、リアルの恋なんて、諦めていたはずなのに。

 ……違うか。必死で目を逸らしていただけか。知っていたけど、忘れたことにしたかった。


『それなら、覚悟決めるしかないよな』

『無理』

『バカ。それじゃ、ひまわりは一生独り身だぞ。男性と偽装結婚でもするのか?』

『そんな結婚は嫌だ』

『少しずつでもいいから進みなよ。まずは友達からでもさ』

『……そうだね』


 はぁー、と深く溜息。

 まずは友達から、か。

 意識している相手だからこそ、その一歩が難しい。

 友達になるって、どうすればいいんだっけ?

 どこからが友達なのだっけ?


「……わたし、どうすればいいんだろ」


 再び溜息を吐く。幸せがわらわらと逃げ出していくような、深い奴。

 どうすればいいかはわからない。でも、わたしだってリアルで恋人を作りたい。

 キスだってしたい。人の温もりを知りたい。


「最初の一歩……。何だろうなぁ……」


 考えがまとまらないまま、銀子とのやり取りは続いていく。

 このときはまだ、わたしはただごく普通の恋愛をすることを想像していて。

 まさか、天宮妃乃が……人の心を読むことができる魔女だなんて、微塵も考えてはいなかった。

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