第35話 錠

「なぜ暴力を?」


キリノのターン。


「無断で写真を撮ってたからな、ガンジーと同じだ屈してはならない」

「なるほど?」

「死んじゃあいないよ、手加減したから全員動いてるだろ。爆死したらもう二度と動けないからな」


窓の外で倒れているニンゲン達は顔や腹を押さえ近くの壁にもたれかかりながらこちらにスマホを向けている。横目でシノザキを見た。


「……」


反応はない。


「あっさん、血が……」

「店に入る前に両手とも消毒したよ」

「額からも出てますが……」


額に手を当てると少量ではあるがぬるりとした感触があった、確かに出血している。今まで気づかなかったが電柱に追突した際に負傷したらしい。手を当てて流れ出た分の血を吸い込むイメージをすると全て吸い込まれた。


「これでよし」


赤い悪魔をみる、全身赤色なので気のせいかもしれないがさっきより多少血色が良いのを目視してからテレパシーで語り掛けた。


「どうだ、悪魔パワーは少しでも戻ったか?」

「さっきよりはましになったわ、なにしたんだ」

「自分が悪魔であるとアピールをしながらその辺の奴を殴りまくった」

「いいじゃん、殺した方が効率よかったけど」


悪魔パワーを悪魔の腕に込めてみると赤色の悪魔筋が浮かび上がる。普段の十分の一にも満たないが力は戻ってきていたので緩い力で再び二人を拘束する。ドライブの再開だ。


――――――――――――――――


目立たないよう白煙をハンドルを握ったままの手で吸い込みながら、イガリの所有するニンゲン焼却処理工場までなんとかやってきた。バンを降り、門の前で意識が外に漏れださないよう集中する。


「アマエチャン、この錠叩き割れるか?」

「わかんねぇ」

「なさけないこと言うな」

「おっさんが殺しまくってくれてたらヨユーだったんだよ」

「すまんな」


閉ざされた門の前で立ちどまっている訳にもいかず、呼吸を整えてから頑丈そうな錠を目掛けて悪魔肉をまとったチョップを放つ。……が錠にはじき返された。


「生意気な奴だ」


こんな錠程度に負ける訳にはいかない、渾身の力込める。錠は弱体化した二発目の悪魔チョップで歪な形になって砕けた、ガシャリと音をたて鎖が崩れ落ちる。ノーコメントでそのまま門も開けたが内心は冷や汗が出ていた。背後からの視線が突き刺さる。弱くなったのがばれているだろうか? バンに戻り、工場の敷地内まで進んでから止まった。悪魔の腕が緩やかに首から足まで罪人二人を握りしめ車から降ろして歩く。下りたシャッターも俺の鍛え抜かれた上腕二頭筋と悪魔筋を合わせて無理やりこじ開け、中に入った。


相変わらず焼却炉はでかいまま灯台のように鎮座していて、これがあれば道に迷うこともないと思わせてくれる安心感を漂わせていたがこの道にはもはやどこにも安全な場所はない、そう思うと笑みが漏れる。二人を持ち上げると思考すると、肥大化した悪魔の腕がブルブルと震えながらなんとか持ち上げるが腕力がイマイチ足りていない、どうにか根性で持ち上げている感じだった。空中浮遊マジックを披露中の二人をカメラに写してからイガリの連絡先へと送り付けて、二人を地面に下ろした、あとは待つのみだ。すぐにスマホは振動した、居場所は依然として不明だが連絡手段があるのが奇妙だ。


「よぉ」

「はい」

「シノザキをとっ捕まえたよ。キリノとかいうのも一緒だ」

「……そうですか」

「ついでにあんたの焼却炉も借りることにしたよ」

「入口には鍵をかけておいたんですけどね」

「悪魔は貧弱な吸血鬼と違って招かれなくても自由に出入り出来るんだよ」

「そうでしょうね」

「会って話をしないか、おじいちゃんはそっちの方が好きなんだろ」

「二人はまだ無事なんでしょうか」


俺の発言をイガリは無視して言った。


「生きた食材で今からバーベキューを始めようとしてる所だ」

「ちゃんと絞めて解体してからでないと美味しくはありませんよ」

「食うのは俺じゃない、赤い方の悪魔だ。あいつは常に腹ペコなんだ、生でもいける口だぞ」

「くわねーよそんなの」

「おい、そんなこと言われたらかっこつかないだろ。悪魔らしく振る舞え」

「私の考えが間違っていたようです」

「ほお」

「悪魔のチカラを使おうなどとしたばかりに、こんな結果になってしまった。無関係の人々が傷つくのは私の理念とはかけ離れていますし、私の友人たちに危害が及ばぬよう離れさせたのも間違いでした」

「うんうん、それで」

「今からそちらへと向かいます、二人には手を出さないでください」

「一人で来いよ、早めにな」


電話を切り、壁に立てかけられた折り畳み椅子を開きテーブルの前に置いていく。縛ったままの二人を開放した、もう縛っておけない程にチカラが弱くなっていた。奇跡の男の再生数がさらに伸びているのだろう。


「イガリさんか?」

「ああ、お前らを見捨ててないらしいぞ。いまから来るってよ」

「……」

「来るまでしばらく時間もある、食事にしよう。椅子に座れ」


折り畳みテーブルの上に出来立てのラーメンとチャーハン、割り箸、スプーン、ペットボトル入りのミネラルウォーターを並べた。


「アレルギー持ちのトミイ以外はラーメンを喰ってくれ、俺はいらん」


テーブルの上の赤い悪魔が匂いを嗅いでから言った。


「サカナの臭いがすんだけど」

「魚介系ラーメンだからな」

「おえぇ、くいたくねぇ」

「死ぬほど美味いから食ってみろ、俺を信じろ」

「しかたねぇ」


もそもそと箸が動き、麺がすすられる。


「まぁまぁだな」

「おいしいのよ」


シノザキとキリノは空中で動く箸と、消える麺を黙って見ていた。


「お前らも食えよ、最後の晩餐ばんさんになるかもしれないぞ」

「キリストによる、弟子達への信愛、そして裏切り者のユダへの告発ですね」

「なんだって?」

「最後の晩餐の話ですよ」

「しらんな、俺はふんわりとした知識で喋ってるだけなんだ」

「おいマジで適当だな!」


赤い悪魔が麺を咀嚼しながら喋るので汁がこっちに飛んでくる。


「ニンゲン社会はそんなんでも上手くいくんだよ」

「この状況は上手くいってるのかぁ?」

「俺にもわからん」

「ダヴィンチが描いた十二人の弟子と共にとった最後の食事の絵画です」

「それで思い出したわ、有名な絵の奴な」

「マタイによる福音書二十六章」

「おう」

「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです」

「ラーメンの話だな」

「違います、この告発のあとにキリストは十字架に両手両足を張りつけられ、長い時間呼吸もまともにできず、人類の全ての罪を背負って苦しみながら世を去ったのです」

「ふぅん」

「当時これは罪人に対する最も残酷で重い刑罰でした」

「ほぉ」

「おじさまが罪人たちの首を折ったのは、慈悲の心からなのでしょう?」

「あるわけないだろそんなもん」


スマホを確認する、ちょっと見ない間に再生数は百万を突破していた。規模が規模なだけに英語のコメントも散見している。祭り状態、ここから加速度的に再生数は増えていくだろう。


「こんなもんが最後のメシになるとはね」

「いただきましょう、略式で……アーメン!」


カツンと小さな音、テーブルに箸が落ちていた。鉢の中のラーメンはまだ半分は残っている。


「まただ、もう箸もてねぇ」


トミイにテレパシーを飛ばす。


「俺の能力で言葉を使わず直接話しかけてる、反応するな」


チャーハンを食べ始めたトミイの口からチャーハンが噴き出る。飛び散った米粒に手を近づけて吸い取った。

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