第34話 沈黙
ハンドルを切り急ブレーキをかけ、人の列から離れたが慣性で車内が大きく揺れる。
列の先には電柱があった。顔面にダッシュボードが勢いよく迫ってくる、鋭い衝撃で意識が遠くなる。
――――――――――――――――
気が付くと、黒い石が積み上げられた壁と白い階段がらせん状にずっと続く場所にいた。自分の意思とは関係なく、その手すりも無い階段を降り続けている。
体中に鎖が巻き付けられていて、鎖は穴の奥底まで続いていた。
引きずられるようにただ歩く、自分が誰なのか分からない。
首を動かし確認すると、真っ暗だが天井からはぼんやりと光が指しているが階段の先には闇しかない。進んでも進んでもこの状況が変わらない。
耳を澄ますと、なにかを引っかくような高い音のようなものが聞こえてくる。
だが立ち止まることができない、使命感じみた思いで歩き続ける。
高音と階段だけがひたすら続く。
くだってくだってくだり続けると、人の死体が落ちていた。
強い力で握りつぶされ圧縮されたようで原形をまるで保っていない。
特に興味も持てずにそれを横目で見送って、階段を降り続けようとしたがあの顔には覚えがある、誰だっただろうか。
「オオワダだよ」
後ろから声が聞こえた。そうだ、山で死んだヤクザだ。
「こいつはな、金髪の奴と一緒に子供の臓器を外国に売ってたのさ。結局それがイガリにばれて山に死体埋めに行く羽目になったんだ」
そうだったのか。
「そんな奴に一時とはいえ善人として生まれ変わった夢をみせるなんてとんでもないよな」
そうかもしれない。
「さぁ納得したら進もう」
そうしよう。
今の話を聞くと歩みが少し早くなり、天井の明かりが暗くなった気がする。
ただただ長い時間歩き続けると、背後から気配を感じた。
「ハイイロさま、ハイイロさま。お待ちください」
きいた覚えのない老人のしゃがれ声が聞こえてくる。
「それ以上先に進んではなりません」
体が勝手に動いてるんだからどうしようもない。
「無視しろ」
そうしよう。
無視をして歩き続けるが、一人分の足音がついてくる。
「ハイイロさまどうかお答えください……」
俺は駅前で声をかけられても完全に無視する側だ。怪しい団体や広告付きのティッシュに興味が無い。
「言葉さえも失ってしまわれたのですか……?」
見知らぬ奴を相手にしないだけでおしゃべりは好きな方だ。
反骨精神に則り少し相手をしてやろうかと思ったのだが。
喋ろうとして、口が閉じたままで開かないのに気が付いた、蝋で塗り固められたように固定されている。
「奪われています」
なにを。
「意識してください」
どうやって。
「開いたままの眼でみるのです」
みる。
薄い、膜のようなものが見えた。限界まで薄くなったそれは。
そこで目が覚めた。
夢をみた気がしたが覚えていない、だがそれどころではない。
電柱にぶつかりヘッドライトが破損したようだった、エアバッグは出ていない。
このポンコツカーは何度も似たような事故を起こしているに違いない。ボンネットの隙間から白煙が上がっている。振り返り確認するがフロントガラスを突き破った人員はゼロ。全員シートベルトはしていたのでとりあえず人的損害はなさそうだ。外からどよめきが聞こえる、大丈夫ですかー? と耳に言葉が入り込んでくるがそれでも奴らは列から乱れずにその場を死守している。
やはりラーメン狂いは人命よりもラーメンの方が大切らしい。
人類の薄情さにうんざりさせられながらバンをバックさせる、まだ動く、エンジンには問題なし。言い訳の時間だ。
「あの店の特製ラーメンを食いたくなったんだけど、やっぱやめておくことにしたよ。店の中は狭いし、怪しげな恰好の四人と悪魔連れじゃ目立って仕方ない」
「……よ、よかったぁ~」
トミイから心底安心したような盛大なため息が漏れる。
「そんなにラーメン苦手だったか」
「えっええ、そ、そうです。アレルギーがあって、あはっはは…」
「……」
「……」
俺の奇行のせいか、この事故のせいか。残りの二人は沈黙している。
「ねぇあの人、奇跡の男じゃない?」
「ほんとだ」
列に並んでいる奴らの声が聞こえた、奴らはスマホを俺に向けて構えている。
カシャリと何度も音がした、写真を撮っている、許可は出していない。
これしかない。俺はバンから降りた。
「やっぱり気が変わった。そのままそこに居ろ、邪魔をするな」
車内の二人に出て来ないよう釘を刺したが、効果があるかどうかは祈るしかない。
ラーメンを待つ行列でスマホを構える男の顔面目掛けて、腋を締めた右ストレートを放つ、相手は防御もできずにそのままアスファルトの地面へとダウンした。
呆然とする女もスマホを構えたままだったので左ボディーブローを放つ。
これを食らうと食事前でも腹をお押さえてうずくまるしかない。
「俺は悪魔の男だ」
そう言って三人目にも拳をお見舞いした。
三人目が吹っ飛び、外に設置されていたメニューを載せた看板に激突する。
状況を飲み込んだ客達がようやく悲鳴を上げる。だがパニックを起こしているのか驚くばかりで列からは離れて行こうとしない。後ろから順に右左のワンツーで殴り倒していく、グーで殴れば相手は倒れるのだから楽なものだ、物事は分かりやすい方が良い。応戦してくる格闘技経験のあるものはいないらしい、立っているだけでは強くなれない、筋トレをしろ。そうこうしている内に立って並ぶ客がいなくなり、悲鳴も聞こえなくなったのでそのままのれんをかき分け店内に入る。
拳が血で滲んでいる。
衛生面に気を付け、設置されていたアルコール噴霧器で消毒した。
店内にもどよめきが広がっている、ここも一種の戦場だ。
ラーメンを食べる時間は限られている、伸びる前に食べきらなくてはならない。
外で暴動が始まっても客たちがラーメンをすするのをやめないのも当然だ。
食券を買い、開いているテーブル席の前に置いて椅子に座る。
「……と、特製ラーメン四丁とチャーハン。ああ……あ、味の方はどうしましょう」
「全部醤油で」
「かしこまりましたぁ!」
かなりひき気味に店員が声をあげながら、水の入ったコップを置いて行った。
注文をしたらただ待つ、こうしている間にも再生数は伸び続け二十万を超えている。
今は待たなくては、結果が出るのをスマホを見ながら待つ。
ネット上のテレビ番組でも爆発のニュース、奇跡の男のニュース、居なくなった少年たちのニュース。俺の関係するニュースしか流れていない。
もっと他の話題があるだろクソ、可愛い猫の動画とか流せ。
「お、お待たせいたしました」
ガタガタ震えながら、店員が注文した料理を運んできた。五人分の料理がテーブルに並んで湯気をたてている。
「店員さん、マジックは好きか」
「え?」
「みせてあげよう」
料理に手をかざすと、アイテム空間へと吸い込まれていった。
「俺は悪魔だからな、魔法が使えるんだ」
沈黙、客も店員も、店長も誰一人喋らない、麺をすする音も聞こえなかった。
立ち上がり、百万円の束を取り出しカウンターに置いた。
「迷惑料だ、悪魔は対価を払うのを忘れない。じゃあこれで失礼」
白煙をあげるバンに戻ってきた。欠員は無し、みんな大人しくしていたようだ。
「テイクアウトしてきたよ、店にいたら迷惑がかかるからな」
「狂ってるのか?」
シノザキが言った、俺も答えねば。
「まぁな」
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