第33話 奇跡
動画のコメント数も1000を超えている。
「やべーまじかよこれ」
「奇跡すぎる」
「神 降 臨」
「あれで生きてるとかまじすごくないですか、改造人間は実在した?」
「ありえねー、CGでしょ」
「SUGEEEEEE」
「あれって事故じゃなくてマジの爆弾だったのか」
「いやこれって映画の宣伝でしょ、くだらんわ」
「↑ニュースぐらいみろや」
「爆発の衝撃ではげてるwwwwww」
「↑元からだろ!」
「人死んでるんだぞ不謹慎だから草生やすな」
「今日から神の存在を信じるわ」
「おれも」
ほぼ動画の真偽を問うような、悪ふざけじみたコメントだらけだったのだが。
その動画を見た途端に俺の意思とは無関係に二人を拘束していた悪魔の力が抜けていくのを感じていた、先程の様に触れられなくなったというよりは単純に筋肉が削げ落ちてなくなってしまったような、蓋を開けたカップ麺をお湯を注がずに見つめ続けるような無気力感。赤い悪魔はぜえぜえと荒く息をついていた。もはや拘束などという状況ではない。急に解放され自由になった二人も状況が飲み込めずに互いに目を合わせている。
「おっさんやべぇ」
「どうしたんだよ」
「力が込められねぇ、神の信者が急に増えたせいだ」
「いまので?」
「あんなしょうもないもんでも信仰の力になるんだよ……。ああもうちょっとだったのに……」
「こんなのが悪魔の弱点?」
自在に殺せなくなったと思ったら、次は掴むチカラすら無くなってしまったのか? 非常にマズイ展開だ。コウテンも同じような有様で、トミイの膝の上でだらりと背中を預けている。
「コウテンはどうだ」
「だめなの」
「そこをなんとか」
「映像のせいもあるけどアマエチャン、あなた自分のこといっぱい喋りすぎたのね悪魔は秘密で出来てるの、喋れば喋るほど弱くなるのよ」
「わりぃ」
「こっちまで巻き添え食ってるの、謝っても済む問題じゃないの」
助手席のトミイの顔が不安そうにこちらを見ていた、悪魔のチカラも頼りに出来ず誰にもみつからないゴールド免許の殺し屋さん達が自由になったら俺の養殖の筋肉だけで太刀打ちできるだろうか。とあれこれ考えている時間はなかった、仕方なくでたらめな思い付きでこの場を切り抜けることにした。
「苦しそうだったから、ちょっとだけ緩めてやることにしたよ。お前らは人質だし俺も悪魔になって日が浅いから加減がよくわからん、間違って握りつぶしてミンチ肉になられると困る、今の内に新鮮な空気を吸い込んでおいてくれ」
「……どうも」
「
集中だ、集中しなくては。赤い悪魔だけを見つめ、一対一のテレパシーを試みる。
「どうすりゃいい」
「わるかった」
「俺を守るためにやったんだろ、謝る必要はない、それより悪魔パワーを取り戻す手段を手短に教えてくれ」
「あまりオススメしない手段だが、この際しゃあねぇよな」
「聞く前からろくでもないと分かるぞ」
「……もうタマシイが黒いとかどうでもいいから、そのへんのニンゲン殺しまくってくれねぇか」
「えっ!」
赤い悪魔の声だけは聞こえるトミイが大声で驚く、俺も驚きたい所だがその余裕はない。
「これしかねぇ、腹の足しにもなんねぇが神聖を振り払わなくちゃならねえ」
「おいおい、無茶言うな」
「意味のない殺しは嫌か?」
「そりゃそうだ」
「アマエチャンが弱いとおっさんを助けられねぇ」
「俺の筋肉を見ろ、ムキムキだ。殺し屋二人ぐらいわけなくぶっ飛ばせるさ」
俺は左腕の上腕二頭筋を見せつける、鍛え抜かれた筋肉はスーツ越しでも盛り上がって見える。
「無理だ、あいつらつええ。おっさん殺されるぞ」
「いやわからんだろ、武器もあるし」
ネイルハンマーを呼び出す、俺の胸ポケットに鉄の重みがのしかかる。
まだ使える、全部の能力が使えなくなった訳じゃない。俺は戦える。
この状況、最近どっかでみた覚えがある。デジャブか。
「悪魔であると証明しなくちゃなんねーんだよ、おっさんは悪魔なんだろ」
「俺は悪魔だ」
「なら……。まずはアマエチャンをたすけてほしい」
車の外を眺める、運がいいのか悪いのか。ここは人気のラーメン屋の近くで店の外にはいつでも長い行列が出来ていた。スマホを熱心に覗き込んでいる奴らばかりだ、これから食べるラーメンの味ばかり気にしていて頭上から降りかかるハンマーの存在になど気づきもしないだろう。実際、あの店の特製ラーメンは県内第三位に選出される位には美味い。ワンタン付きの魚介スープは非常にすっきりとしつつも美味で、大盛にんにく背油系とは違いおっさんの胃袋にも負担をかけない。だが、ヤクザやババアとは違いこれから食事をするのを楽しみに待つだけの連中に罪はあるのだろうか。
「キリノさんよ、一般市民に罪はあると思うか」
「アダムとイブの犯した
「いや、ラーメン屋の話だが……」
「神の用意したエデンの園から悪魔にそそのかされて禁断の果実をもぎ取った二人は罪という概念を負う羽目になってしまったという広く普及したお話ですね! そこから人類は数を増やし全ては始まったのです、誰にでも内側に多くの罪を抱えて生きているのですよ、この世で生き続ける限り罪を悔いなくてはなりません、そしてそれを許すことが出来るのもまた神なのです!」
「つまりギルティだな」
「ええ!」
「ところでお前は殺し屋なんだよな、犯罪者を許さないというのはどうにもおかしくないか」
「赦すのは神の仕事であり、神の元をへと送るのがわたくしの仕事です。なにもおかしくはありませんよ」
「そうか」
ここから車を止め、列に並ぶ人間の頭を後ろから順に叩き割っていくべきか。
流石に最初の一人を殺しただけで逃げられてしまうか、しかし食い意地の張ったラーメン狂いの連中は俺に頭を叩き割られながらも列から離れない可能性も否めない。
今更だが武器がネイルハンマーしかないのでは効率が悪すぎる。こういう場合に備えて米軍基地か自衛隊基地から機関銃を調達しておくべきだったのかもしれない。
「あっあっさん……」
カチカチと鳴るのはトミイの歯の音だ、怯えている。演技ではなさそうだ。
何故? なにを怯えている……? 視線の先に居るのは俺か? 俺の姿か?
バックミラー越しに自分の容貌を確認するとオシャレ落ち武者ヘアーが乱れバーコードヘアーへと変貌していた、なんということだ。俺はやはり狂人か。
アクセルを踏んだ。
急加速し風が唸る、重力を感じる、ヘッドレストに頭部がめり込む。
こんな時になりイガリの言葉を思い出す。
人は状況の変化を受け入れられるものです。悪魔の要望がエスカレートすれば貴方はきっとそれらを拒まずに受け入れると思います。それが続いて行って歯止めが効かなくなる。そうなった時に貴方は本当の悪魔になる。
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