第32話 愛

「神をみつけてどうするんだ、握手した後に自撮りでもするか?」

「それもいいですけど、知りたいことだらけです!」

「例えば?」

「人類の存在する理由など」

「悪魔的な意見は?」


未だに頭に張り付いたままの赤い悪魔に問った。


「あるわけねぇだろそんなもん」

「ないってよ」

「悪魔は嘘をつくのです!!!」

「答えや理由を求めようとするのはニンゲンの悪いクセだぜ」


鬼のような表情でキリノは怒るが、俺自身意味などないと思っていた。

理由なんのは後付けでどうにでもなるし養鶏場のニワトリに生まれて来た意味などを求めるのは無意味だ。全ては偶然の産物に過ぎない。


「……体を自由にして良いとか言ったが堕落も罪じゃなかったか?」

「その辺はあいまいですし、愛は堕落ではありません」

「愛?」

「ヨハネによる福音書十五章」

「またかよ」

「イエスは愛とは献身、自己犠牲であると仰った」

「あん?」

「イエスによる愛の教えです。愛は他者に向けることで自身にも返ってくるのです。信じることです向き合うことです。愛とは意味であり、意味とは愛なのです。愛無くしてはどのような存在にも意味を見出せない」


「つまり?」

「十五の死体はあふれんばかりの愛によって構成されている! これは愛の告白です! わたくしもあなたを愛しています!」

「俺は愛を振りまいていたってことか」

「素晴らしい求婚の手段でした! いままでみたことがありません!」

「俺も初めて知ったよ、じゃあ悪魔も愛で出来ている?」

「悪魔は異端いたんなので含まれません!」

「神はなんでも許すんでは?」

「残念ながらだけは悪魔は例外です、ですが改心した人間……。つまりおじさまは許されます」

「俺は悪魔だぞ」

「イガリさんはあなたは人間だと言ってました」

「おじいちゃんだからな、老眼で人の見分けがつかないんだ。んで……。あのカメラで何をしてた」


俺はぺしゃんこになった三脚付きのハンディカムを指さした。


「わたくしにもあなたは人間にしかみえませんけどね。……おじさまと同じですよ、世間にアピールしようとしてました! イガリさんのグループを追い出されてしまいましたが、警察に見つかる前に死体を写して正義の鉄槌てっついが下った事実を陰ながら伝えるつもりだったんです。今まで誰も気づきませんでしたがこれからは違う、正義の存在を大々的に教えたかった!」

「おれは現場を確認するつもりで来ただけだ」

「あの文字と美しい絵画はNGなので写せませんけど、ちゃんとわたくしたちの記憶には残りましたよ! すばらしい才能です!」


悪魔も都合の良い部分を切り抜いて俺に見せた。

では俺という名の映画はどこで切りのいい終わりがあるべきなのか。

イガリを殺しに行こうと思っていたが、シノザキの言う通り意味のないことか?

放っておいても悪魔が湧き出し世界は終わる可能性は微量ながらある。

滅びるのだから追跡には意味が無い? 村を滅ぼした魔王もいつかは寿命を迎えるのだから倒しにいくのは労力の無駄遣いか? いつか死ぬから今を生きる時間は全部無駄か? 地球にも寿命があり、イガリは俺よりも先に老衰で死ぬのだから黙って見送るべきか。


「違うな」


二人の胴体を肥大化させた悪魔の腕で掴み、立ち上がらせてから訊ねた。


「そんなにイガリは重要人物か?」

「あんたよりはな」

「神の次に!」

「お前らをこのまま連れて行ったら、出てくるかなぁ。それで信じることの重要性が明らかになりそうだ」

「おっいいじゃん」


人質二人を悪魔パワーで担ぎ上げ、外へと出る。


「どこに連れて行く気だ」

「多数のタマシイが眠る場所で神の姿を拝見しようじゃないか」

「改心したんですか?!」

「すぐにわかる……。トミイ、終わった。行くぞ」

「ひゃい!」


トミイはどこに隠れる訳でもなく、その辺の建物の端に突っ立って居るだけだった。

こっちに向かって駆けてくるが、立ち仕事で疲れたのか足がもつれ転びそうになった所を青い悪魔が受け止める。


「あっありがとう」

「悪魔使いが荒いのよ、退屈すぎだったの」

「あとで美味いもんでも買ってやるよ」

「サカナチョコがいいの」

「なんだよそれ」

「生のアジに生チョコをかけて食べるのよ」

「食わなくても不味いと分かるがそんなのでいいのか」

「向こうにはなかった情報の味がするの、知らない味の方が美味しいのよ」

「ふーん」


そのまま白いバンの後部座席に押し込んで、エンジンをかけた。悪魔がロープ代わりになり口まで塞ぐので、暴れることも叫ぶこともないのが楽でありがたい。シノザキは何度か脱出しようともがいて顔面の血管を浮き上がらせていたが、赤い悪魔との力比べをすぐに諦めたようだ。外から見る限りでは大人しく座っているようにしか見えないので通報される危険はないだろう。


――――――――――――――――


「さっきチラッと見たけど、トランクに土が落ちてたな」

「……」


運転をしながら後部座席の罪人に話しかけるが返事はない。


「土ですか……?」


代わりにトミイが口を開いた。


「ああ、うっすらとだがな、掃除のし忘れか?」

「……」

「掘り返したバラバラ死体はどこに隠したんだ?」

「……」

「おい、答えないつもりか? なら指の骨を一本ずつ折るしかないな」

「悪魔が口を塞いでるから喋れないんでは……」

「ワトソン一号は頭がいいな」


シノザキの悪魔の猿ぐつわを外して喋り出すのを待つと、一瞬キリノを見てから口を開いた。


「そのまま持ち帰って第二工場で燃やした」

「大型ニンゲン焼却炉には別支店があるんだな、店舗数は?」

「世界中にある」

「急に規模のでかい話になったな、今まで何人殺した?」

「さぁね」

「物忘れが激しいみたいだな」

「……」

「自分達の姿を見て見ろ、秘密結社のくせにその迷彩柄のズボンとシスター服、まるきり不審者だぞ、いままで何回警察に職務質問された?」

「あんたに言われたくないよ」


シノザキの右手の人差し指に悪魔を這わせて力を込めた、するとペキンと音をたてエンピツみたいに簡単に折れたがシノザキは顔を歪めるだけで悲鳴はあげなかった。


「……」

「今のは良くないぞ、明確な暴言はマイナス点だ」

「……」

「痛かったか?」

「痛いよ」

「すまんな、俺が治療魔法を使えたら治してやれたんだが。それですぐにまた治したのと同じ個所を折るんだ、それを十三回繰り返したら拷問と呼んでくれるか?」

「……」

「お前らって正義の軍団だったのか?」

「誰も他にやるやつがいないからな」

「影で活躍していた割には悪人の数が減ったなんて思えないけどな。路地裏で少年が三人に袋叩きにされていたのを見たぞ、いじめって奴だ。あれってずっと無くならないよなぁ」

「おっさんがどっちも殺したけどな」

「いま良い話をしてるからちょっと静かにしててくれ」


俺は人差し指を口に当てて赤い悪魔を牽制した。


「しゃーねぇな」

「全員を救うのは無理だ」

「なら俺と協力して悪と戦うべきだったんじゃないか?」

「ふざけるな」

「活動内容を不満に思ってたからあんなテロ行為をしたんだろ?」

「ちがう」

「よくわからん正義感の後ろ盾が消えた後のお前らはなんだ?」

「……こんなはずじゃなかった」

「おっと、お決まりのアレだな。懺悔ざんげの時間か」

「今までぜんぶ上手くいっていたのに、急にこんな様になっている、どうにもおかしい。……上手く言えんが運命が操られている気がする。いままで殺人が発覚したことは一度もないし疑われたこともない、市民に手を掛けたことも一度もない。世間を悪の手から守っているはずだった」

「ただの思い込みだろ」


「あっあの……」


トミイがおずおずと話しかけて来た。


「どうした」

「ネットでニュースになってますが……」

「俺もみたよ、一日中こいつらの爆弾の話題だろうな」

「い、いや……」

「なんだよ」

「あっさんがニュースになってます」

「は?」


トミイが見せて来たスマホの画面のYouTubeが再生される。

タイトルは奇跡の男。

天井付近からの見下ろした映像、俺がロッカーを開けて爆発に巻き込まれながらも無傷で立ち上がる姿がそこにあった。投稿時間は今から一時間程度前だが既に再生数が十万を超えていてる。かなりの注目が集まってしまっていた。

漠然と嫌な予感がした。タカギの時とは違う、俺の姿が明確に晒されていた。

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