第22話 共鳴

「どうだい、役立ってるだろ。悪魔の思考速度と肉体能力だ、おっさんが考えるのとほぼ同時にぶん殴れるぜ」

「以心伝心の極致か」

「そいつで試してみなよ」


レトロなカートゥーンのように伸びた赤い悪魔の右手が、矢印の形を作り指し示す先にはパンチングマシンが設置されていた、筋肉を使うというのも呼吸をするのと同じで普段意識などはしない、意識をして初めてそこに筋肉は生まれる。

自分の身体を眺め、触り、動かす。脳も電気信号を放つ筋肉の一部だ。

ならば俺の全身は知性で出来ているのではないか? そんな訳はない。

急に右手の指がブルブルと痙攣した、これも電気の仕業には違いないのだが。

なんだか変だ、いや俺はずっとおかしいままではあるのだが。


「大丈夫だよ、おっさんは正気だからさ」


足元に居るはずの赤い悪魔が耳元で囁いた。

筐体に1クレジット分の硬貨を投入すると、モニターがビカビカと発光しノイズまじりの音楽と共に奥側に倒れていた標的が起き上がる。

ファイティングポーズをイメージする、思考が二重の螺旋らせんになり、回転し、重なりひとつになっていく。パズルピースがはまったみたいに、俺と悪魔の意識は一体となった。パンチングマシンの的を目掛け赤い肉で覆われた悪魔の右パンチで殴りかかる。

すると筐体は自動車に高速で激突された勢いでスパークをあげながらぺしゃんこになって黒煙をあげた。


「こりゃすごい、予定外だがとんだパワーアップイベントが起きたな」

「本来の予定を続けようじゃん」

「うむ」


俺はスマホに表示されたホームページの人物画像を左端の列から順番に突きつけながら言った。


「こいつを知ってるか」

「ダ、ダレ」

「俺が聞いてるんだよ」

「シラナイ! シラナイ!」


イガリの顔を知っている者は一人もいない、赤い悪魔も反応しないので奴の仲間もここにはいないのだろう。だがそんな理屈は関係ない、こいつらを生かしておく理由にはならない。


「なるほどねぇ、シラを切ってるんだな。面白い奴らだ。これでも喋りたくないか」


発言の直後、整列していた全員の両膝の関節が逆向きになった。そのせいで全員が首つり状態になる。呼吸困難で死んでしまってはいけないので首に巻き付いた悪魔の身体を折れた膝の分だけ地上に近づける。

時間を止めたので鼓膜にこびりつくほど騒がしかったゲーセンのBGMに変わり、今やガイジン達の悲鳴だけが響いている。


それにしてはずいぶん悲鳴の数が少ない、やたら拷問慣れしているのかもしれないこの屈強な男達は、とおもったのだが違った。半数のガイジンの首の向きがおかしい、真横に倒れている。今の首つりで頸椎けいついが折れ即死したらしい、いまや生き残りの数は七人になってしまっている。


「すまん、チカラ加減を間違えたみたいだ」

「知性はどこにいったんだよ」

「まだ寝坊してきているらしいな、一度社会から外れるとこれだよ」


生き残りの数は七、ラッキーセブンは本当に幸運だろうか。

十三の数にも意味はないと聞かされたばかりだし、これもやはり意味はないのか。


「ヤメテくれ……。大したクスリじゃない。コロサレルほどジャナイよ」

「ソンナオトコシラナイ! ミテナイ!」

「はー、これだけいるんだから、誰か一人ぐらい知ってるだろ。有名な名探偵だぞまったく。俺も一度追い詰められたんだ」

「ほんとにシラねぇ!」

「丁度七人だし、一週間かけて一人ずつ殺してやってもいいんだぞ。お前たちの関節という関節を時間をかけてねじり切って胴体だけになったあとに人間パンチングマシンとして俺がグーで本気で殴ってやろう」


俺は上着を脱いで袖をまくり、自慢の力こぶを見せつける。


「ホントウシラナイんだ!」


子供みたいに泣きじゃくる生き残りの全員が本心から喋っているように見えた。


「ああ、知ってるとは思ってない。ただやってみただけだ」

「ハトみたいにな!」

「うむ、だがなやりたいのは別にあるんだよ」

「なんだぁ?」


運がいいのかは分からないが、両腕タトゥーの男は生き残りの七人に含まれていたので近づいて話しかける。


「おい、モップはどこだ」

「ナニ……?」

「掃除用具だよ、床こするヤツ」

「トイレのヨコにある……」

「そうか」


トイレ前に設置されたロッカーからモップを取り出す為に時間の停止を解除した、地下室に喧騒が戻る。

強く握りしめてみたが木製のグリップでは頼りなさしか感じない、こんなもので一度でも人を殴ればなんなく折れて使い物にならなくなってしまうだろう。ヒトゴロシの凶器に選ぶのなら頑丈な物の方が良い。


「今からそれで床のお掃除か? いらねぇだろそんなもん、血なら吸い込めるんだ」

「俺はアートに目覚めたんだよ」

「正義の心の次はアートか、おっさんの才能は留まるところをしらねぇな」


地面に広がる血をモップで吸い取りゲームセンターの壁一面にイガリ法律事務所、殺人請負マス。とデカデカと血で書きなぐった。あいつは大きな文字が好きだから喜ぶに違いない。余ったスペースにはついでにイガリの似顔絵も描いておいた。我ながら上手くかけたと思う。


「こんなんしちゃったらイガリ先生が怒るぜぇ」

「俺は人の言いなりになるのは止めたんだ、もう社会人じゃないからな」

「その通り、悪魔の信条は自由だ」

「だろ? よし、聞いたかお前ら、お前らはもう自由だ。どこへでも行っていいぞ」


俺はガイジン達の拘束を解くが、誰も立ち上がろうとしない。地面でのたうち回りうめき声をあげるだけだった。


「おいどうした、外に出ていいんだぞ、自由の扉はすぐそこだよ」

「こいつらどっちとも膝ぐちゃになってるから歩けねーだろ」

「そうだったな、じゃあ死んでくれ」


全員の首を悪魔の触腕でへし折ってスマホで写真を撮り、壁画は写りこまないように注意してイガリに送った。


「なぁ、おっさんここって遊ぶ場所なんだよな」

「そりゃそうだ」

「アマエチャンちょっと遊びたいんだけど」

「いいんじゃねーの」

「どれが面白いんだ?」

「知らん、おっさんは子供の頃からあまりゲームはやらないんだ」

「えーなんだよー、遊びを知らないおっさんかよー」

「……UFOキャッチャーなんてどうだ」


景品は流行りのどうぶつアニメのキャラだった。半グレモンスターが女にプレゼントする為に用意したものだろうか。


「どーゆう遊びこれ」

「中の景品を取るんだよ」


俺がそう言うと、赤い悪魔は体の小ささを生かして景品が落ちる出口から中に入り込み猫っぽい生物をモチーフにした人形を取ってきた。


「とったぞ」

「それじゃ何も面白くないだろ、金払ってこのボタン押してクレーンを操作して掴んで、そこに落として手に入れるんだよ」

「なるほどねぇ」


ワンゲームするのに百円だが筐体に五百円硬貨を入れると、一回分お得になり六回分になるのでそっちを入れた。デジタルの表示は常に鮮血のように赤い、お得な数値を際立たせている。


「コンテニュー回数が666回分あればより悪魔っぽい数字になったのにな、ニンゲンの知恵ではこれが精いっぱいだ」

「そんなにいるかよ、こんなもん一発で取れるだろ」


クレーンはBGMを発しながら目標に向かって動き、アームを広げ降りていく。


「おしっバッチリな位置」


一瞬人形は持ち上がったが、そこまでで終わった。ずるりと滑り元の位置に収まってしまう。


「うわあ、なんだよこれ。絶対掴んでたじゃん」

「こういうもんなんだよ」

「もう一回だ」


赤い悪魔は諦めずに続けるが、五回連続で失敗した。

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