第21話 ゲームセンター

トミイはずいぶん混乱しているようだ。俺が異世界ファンタジーの世界に降り立った高名なヒーラーだったら状態異常も魔法で治してやれるのだが生憎俺は筋肉以外の脳の無い戦士タイプだ。


「落ち着け、わかってるよ、でもなこういうのはな一回でも素直に話を聞いたら終わりなんだよ。一生付けこまれる。本人はそんな気はないと言っていたが確実に大嘘だな。黙って待ってたら駄目だ、バラバラ死体運びのヤクザもそれで俺達にやられたんだからな、戦わなくちゃいけない」

「いや、でも戦いなんて……。」

「ただの戦いじゃないぞ、知性を使う」

「ちせい?」

「ああ、自慢の筋肉を使って悪人を倒して山に埋めても結局バレるんだ。流石名探偵様だ、脱帽だよ。だがこれじゃあ駄目だな、俺の筋肉が浮かばれない、だから筋肉と知性が組み合わされば無敵と思った次第だ。そうそう、コウテンもタマシイの色を見分けられるんだろ?」


次の日の午前中に目的地に到着し、目の前には送られてきた映像通りのコンクリート製の二階建てのビルがある。ビルは大通りからは少しずれた場所にあった、グーグルマップが無ければ永遠にたどり着けなかったかもしれない。サンキューグーグル、道に迷った覚えがないというのは嘘だった。ここは相変わらずゴミが散乱したままでひどい有様だ。あの撮影者と同じように、衝立を無視して入り込むと地下室には笑い声とタバコの臭いが充満していた。映像でみたガイジンたちがたむろしている。警備員は一人もいないから入り放題なのはどうにかするべきだとは思うが普通はこんな場所には入らないのだろう。俺は普通じゃないから勝手に入る。


「見渡す限りのチンピラホワイト、天国信じちゃってるイカれ野郎の集団だよ」

「こいつら死んだら天国行きとかマジ? 神様はなにやってんだ」

「さぁね、マジにみたことがない」

「やれやれだな」


ゲームセンターなんてもうずっと来ていなかった、高校生の頃に行ったのが最後だ。

小遣いは少ないし、やりたいゲームも無い。ただ付き合いでレースゲームをやっていた程度のものだ。ゲームの卒業は早かった、アニメや漫画は見つづけていたがそれは単純に場所を取らないからだ。高校時代に友達の部屋で見たパソコンからモニターに繋がるあのケーブルの束はなかなかおぞましかった。機械にも命があり、その臓物が無理やり引きずり出されているかのように見えた俺は一人で鳥肌を立てていた。そんな奴は他に誰もいなかった。俺はおかしいのだ


流石に耐性はついた、パソコンをみてガクガク震えたり失禁したりはしないが気持ちのいいものではない、スマホひとつでもクラウド上にデータとして保存して置けるのは非常にありがたかった。実物は邪魔だ、極力物はいらない。興味があるものは全て動画で済ませられる。繋がるものはなくしてしまいたかった。家族とも縁を切った。俺の肉体だけが俺を支えてくれていた。まったく、俺って奴は異常者だな。


「おいどうしたおっさん」

「空想にふけっていた」

「頼むぜおい、そういうのはベッドで寝る前にやってくれ」


俺は赤い悪魔とテレパシー会話をしているので振り向く奴らは一人もいないが、これが便利かどうかはかなりあやふやな所だ。


「ここは、ダンジョンだ」

「あぁ?」

「地下に降りる階段を降りたのならば、そこは全てダンジョンだ」

「ふむ」

「大勢の悪が蔓延はびこる魔の領域りょういきではあるが、その中でもゴミを捨てるモンスターは許しておけん。見つけ次第に殺す、異世界に行った冒険者なら必ずそうする。笑顔で殺すはず」

「うむ、そのとーり」

「では、こいつらも死ぬべきか?」

「それを決めるのはおっさんだぜ」

「死ぬべきだが、知性を使おう。あいつらは殺したら死ぬ」

「死ぬだろうね」

「だから拷問してみようと思う」

「頭いいなぁおっさんは」

「まぁな、これが知性と筋肉の合わせ技だ」


脳内で赤い悪魔と会話を繰り広げていると本当に正気を失っていく気がする。呪いのチカラだ、使えば使うほどマイナスになっていく。代償の割に得られるものが少なすぎやしないか、やはり一番のハズレ能力だと一人憤慨していると。


「カイニキタノカ」


カタコトで肌がこんがり焼けたタンクトップ姿の男が俺に話しかけて来た、両腕はタトゥーで埋め尽くされている。こんな姿に肉体を改造手術してしまったらスーパー銭湯にも入れない、ゴミ塗れのゲーセンしか居場所がなくなるとは哀れな奴だ。それにしてもカイニキタか、この場所、こいつの容貌からして十中八九危ないクスリの話だろう。俺は注意もされず追い出されもしていない、つまりここに居てもなんら不自然ではない薬物中毒者扱いされている訳になる。


「いくらだ」

「イッポンでイチマン」

「安いな」


相場などまったくわからないが適当に答えておくと。


「安さが売りダヨー」


真っ白い歯を見せてガイジンが笑った、肌が焼けていて歯が異様に白い奴は薬物中毒の可能性が非常に高いという、ヤクを使う罪悪感を歯磨きの時間に長くあてるからだろう。デンタルケアはメンタルケアにも通じている。この手の奴が正気を保っていられるのは洗面所で自分の顔を見るときだけだ。一万円を払うと、包装されていないガムのボトルを手渡された。封を切り中を確認してみると、色とりどりのラムネ菓子にしかみえない星型の錠剤が詰まっている。麻薬売りの犯罪者も少しでも買い手にアピールしようと必死だ。見た目が美しくないと手に取っても貰えない、どの市場も似たり寄ったりだな。この場の空気から買わざるをえなかったが、ただでさえ正気を失いかけているのにこんなものまで口にする訳にはいかない。


「日本には長く居るのか」

「キョネンからイルヨー」

「稼ぎにきたんだな」

「お金ホシイヨ、タクサンいる」


タトゥーのガイジンが床にツバを吐いた。俺の視線はそれを追った。


「大変だな、俺も仕事がなくなったんだ」

「カナシイネ、でもソレ吸い込めばハッピーにナレル」

「そうなんだろうな、でももっとハッピーになれるやり方がある」

「ナニナニ」

「悪い奴を殺すと金が貰えるんだ」

「ワォ、それってヒットメン?」


ライフルを構えるジェスチャーを交えつつ二発目の唾を床に吐いた、こいつはツバ製造機だ。


「ああ、でも良いように利用されそうで困ってる、信用したとたんにこれだ」

「ウラギリ? それはカナシーね。トモダチならうらぎっちゃダメね」

「しょうがない、人間関係ってのは最後までお互いの探り合いだからな」

「ムズカシーね」

「だから俺も相手の出方をさぐるとするよ、じゃあ覚悟してくれ」


俺の言葉と同時にそれぞれ違う場所に居た十五人のガイジン達の胴体に長く伸びた赤い悪魔が高速で巻き付く、ガイジン達は悲鳴と共に地面に倒れこんであちこちに体をぶつけられながら引きずられて俺の前にまで集められ、無理やり全員が横一列に整列させられた。さらに首にも巻き付いてから天井まで体を伸ばし、ギリギリ足先が付く程度の高さまで引っ張りあげられる。


この時になり、初めて気が付いたのだが言葉に出してこうしてくれと頼まなくても赤い悪魔は俺自身の手足のように動いているのが分かった。意識しない内に呼吸をしているかの如く、赤い悪魔は体を伸ばし、拘束し、締め付けている。テレパシー能力の産物らしいが自分が自分じゃなくなったみたいで落ち着かない、ふわふわしている感じがする。俺の腕が二本から四本になっている、自分の思考とリンクしない。



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