第20話 地下室

そいつらを殺しに行った俺の姿を盗撮してさらに追い詰めようって魂胆だろう。まったく腹の立つジジイだな、罪の意識が無いというのは非常にやっかいだ、老人というのはいつもそうだ、しらばっくれる、とぼける、なまける。あんなにしわくちゃになるまで警察に捕まらずにいくらでも人を殺してきたんだからな。俺は悪魔だから罪の意識は必要ないが、イガリにはニンゲンでありながらそれがないらしい。こいつの方がよっぽど悪魔に向いているのではないか。タマシイの色だの、思い込みで天国にも地獄にも行けるだのと一般人が知ったらますます地獄にいく存在が減るだろう。困ったもんだ。


「ヤクザは事務所にいるからよかったけどなぁ、半グレって言われても俺はそいつらの実態を知らんから判断に困るな、ゲームセンターにいるガイジンってだけで悪人扱いして殺害なんていくらなんでもやらんぞ」

「そうでしょうね、ですから動画を用意しましたのでご自身の眼で視聴してから判断してみてください」


スマホが振動し、動画が送られてきたので確認する。一人称視点のカメラ映像にはコンクリート製のほぼ正方形の二階建てのビルが見える。また盗撮したものだろう、この地下にゲームセンターがあるらしい。雑音が凄まじく、ダブステップの激しい重低音が外にまで響いている。ろくに管理もしていないようで一階の入口にはいくつも空き缶が捨てられていて中の液体が漏れ出している缶もあった、これを誰も気にしやしないなんて信じられないな。こういうやつは便所でションベンをせずに自宅のリビングでするんだろう。


二階にはなにもないらしく、入口にテナント募集の張り紙がしてあった。こんな廃墟じみた所で契約する奴がいるのだろうか、悪魔も存在している位だし世の中はほんとうに不思議でいっぱいだ。地下への階段が見える、この先が半グレ集団のアジトらしいが簡素な衝立ついたてが置かれていてそこには関係者以外立ち入り禁止の張り紙があった、撮影者はそれを無視してずかずかと階段を進むとより音が激しくなった。地下室はパープルとピンクの照明で満たされていた。随分とレトロなアーケードゲームや、スロットに打ち込んでいるカタコトのガイジンが大勢いる、英語もたまに聞こえてくるがそのほとんどがアジア系だ。


肌の浅黒い奴はフィリピン人だろうか、タイ人かもしれない、見た目からでは判別不能で数はざっと見て十五人程度だ。映像がズームされる、ゲームの筐体が注目され平坦な操作盤にカラフルな錠剤がいくつか乗っかっているのが見えた。合法麻薬か。

大きな怒声が聞こえ画面がそちらへと向く、ジャージ姿の男がチンピラ二人に引きずられ壁際に置いてあったサンドバッグにロープ紐で縛り付けられる、ジャージ男は涙を流し許しを請っていた。室内の騒音のせいで良く聞こえないがカネを持ってこいとかそんな言葉がなんとかかろうじて聞き取れた。


その後はお決まりの暴力、出血、そしてまた暴力。グーで殴り、唾を吐きかけ罵倒する。十人のガイジンがそれを笑顔で代わる代わる続けていた。まったくひどいもんだ。なにより見過ごせないのは床にはタバコが平然と捨てられていて、火がまだついているものすらあったことだ。こういう奴らは排水溝やメンテナンスホールに平然と煙草の吸殻を捨てていく、申し訳ないと思う気持ちが欠落しているのだ。タバコの火を消さずにポイ捨てする輩は許しておけん、俺の中の正義の炎が燃え上がるのを感じた。捨てて良い場所はゴミ箱だ、火を消した後にな。燃えるゴミと燃えないゴミは区別するんだ。プラごみはダイオキシンを発生させているんだからゴミ処理場へ運べ。空き缶を地面に放り捨てるな、中身はちゃんと飲み切れ。山に死体は捨てても良い、ニンゲンの肉体は自然に帰るからな。このゲームセンターにはどこにもゴミが散乱している、社会のゴミがな。


「よし殺す、ここはどこだ、どこに向かえばいい」

「ファックスで自宅に送っておきます」

「冗談だろ、固定電話なんて置いてないし、そんなばかげたもんいい加減捨てて欲しいね。旧世代の遺物だぞ」

「まだまだ需要はありますよ、私のような老人には紙の方が嬉しいんです。まぁ今のは冗談です、メールで送りますよ。この方々の大半は外国籍ですが、国際問題になどはなりませんから安心してください、自分たちの国にも居場所などない煙たがられるだけの邪悪な集団です」

「日本も安全な国ではなくなったな」

「ええまったく、ではよろしくお願いします」


電話は切れ、地図と建物名の書かれたメールが届いた。メモ用紙に描かれた地図を直撮りしてある、周辺は定規で非常に精密に描かれてはいるが、オススメの喫茶店のメニューまで描かれていて店名はハッピー、かなり簡略されたクリームソーダを飲む笑顔のイガリの自画像が描かれている、好物らしい。半グレの居住する建物の名前はヘブン。とことんふざけた奴らだ、位置的には一時間もかからない場所だった、電車で向かうとするか。スマホをしまうと赤い悪魔が話しかけて来た。


「イガリの奴の言いなりになるのかぁ?」

「まさか、こういう関係は結局使われる側が一方的に破滅へと向かうのは明白だ」

「それでどうすんだ」

「アマエチャン、視力は良い方か」

「地平線の向こう側だって見渡せるよ」

「そうか、なら画像からでもタマシイの色ってのはわかるのか」

「あたぼうよ」

「この足だけ写ってる奴も見つけられるのか」


俺はスマホの画像を赤い悪魔に確認させると赤い悪魔はうんうんと頷いて、俺に向かって牙だらけの口の端を歪めて笑ってみせた。


「よゆーだぜ」

「ほう、ならコウテンも似たようなもんだろうな」

「悪魔の平均視力は半端ないからね」

「送ってきた死体の画像があったろ、あそこに映ってた足はイガリの仲間だ。そいつが俺を監視しにやってきているはず、そいつを逆に見つけて捕まえてやるよ」

「おぉ、良いね」

「向こうにも協力者がいるようだが、こっちにも頼りに出来る奴がいる。悪魔二体とヒトゴロシ二人で四倍のストレングスだ、いや四倍か? 悪魔はニンゲンと違って力強いからな……」

「トミイは頼りになるのかなぁ、コウテンもそーうつ扱いしてたしよ」

「あいつはやるさ、チームってのはこういう時こそ仲間を信じるもんなんだ」

「おっさんが一方的に言ってるだけじゃないのそれ」

「やめろよ、俺を泣かせたいのか」

「たまには泣いた方が良いぜ、悲しいって感情ってのは最優先事項で必要な機能だから赤ん坊は生まれた瞬間に泣いてるんだぞ」

「俺は泣かない赤ん坊だったと死んだ婆さんが言ってたよ」

「悪魔の素質あり!」


この作戦には彼女の手も借りる必要がある、俺はトミイに連絡を入れた。


「話はついたよ」

「ど、どうなったんですか」

「昨日の話通りに、イガリの指示で悪人さんたちを消してまわる。そんでお次の相手はガイジンの半グレ集団らしい。俺がそいつらを殺す所をイガリの仲間が盗撮する為に近くに現れるだろうから、トミイにはそいつを見つけてさらってもらいたい」

「むむむり、むりです!」

「なんでやるまえから無理なんて決めるんだ、トミイお前ならやれる」

「あんな苦労して、山に登って、穴にあんなにいっぱい埋めたのに……。これじゃあわたしも共犯扱いだし、それを簡単に見つけるような人なんですよ?! それが急に裏切られて、ああもう……。死体をいっぱい燃やす焼却炉まであるし、悪魔もついてないのにどうしてそんな」


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