第19話 指示
「はいイガリです」
「よぉ、裏切り者。やってくれたな」
「いえいえ、あれは保険という奴ですよ」
「保険だぁ?」
「魔法使いの殺し屋を無条件で信じて待つものなどいませんよ」
「まぁそれはたしかに」
「あっさん、貴方が本物の悪魔使いというのは身に染みてわかりました。それだけに私は恐怖しているんです。私が死んだ後に貴方がしでかすことにね」
「俺がなにをするんだ」
「日本中を混乱に
「信用ないな、俺にも俺なりのルールがある、そんな予定は今の所ないね」
「今は、ね。人は状況の変化を受け入れられるものです。悪魔の要望がエスカレートすれば貴方はきっとそれらを拒まずに受け入れると思います。それが続いて行って歯止めが効かなくなる。そうなった時に貴方は本当の悪魔になる」
「俺はもう悪魔だ」
「いいえ、まだ貴方は人間です」
「……それで?」
「このまま私の指示に従って頂きたい」
「あんたは秘密結社みたくゴージャスな椅子に座ったまま邪魔者を消す指示を出す立場になると」
「私の寿命は長くない、私に比べれば貴方はまだまだ若い。貴方を更生させたい、人間社会で生きる存在へと戻したい、悪魔の道を進んではいけません」
「学校の先生みたいだな」
「私の親はどちらとも教師でした、私にも教師になって欲しかったようですが親の期待を裏切って探偵になる道を進みましたがね。なっておけばよかったかもと未だに思います、別の人生があったのかもしれないと。異世界、都合の良い場所ですね。イノチは一つだけだ。次の世界なんてものはありえない、あってはいけない。だから命のかぎり生きる人々の為に悪を滅ぼしたいのです。貴方にはそのチカラがある。無暗に殺してまわるだけではいけない」
「騙されるなおっさん、おだてて油断したとこを殺す気だぜ」
「そうなのか?」
「なんです?」
「アマエチャンの声はイガリには聞こえてねーよ」
「おぉ、そうだった。俺を殺す気なのか?」
「悪魔の方の助言ですか? いいえ、言ったでしょう。悪を倒すには貴方のチカラが必要なのです。敵対する気はありませんし、傍にいる悪魔が魔法やらなんやらで貴方を守るんでしょう。いち人間の私にはあなたを倒す手段などは持ち合わせていませんよ。……それに逆でしょう、あっさん貴方が私を殺そうとしているんでは」
「なんて言いがかりだ、俺はあんたと上手くやっていこうとしてたぞ。これからのプランも色々と考えていたのに」
「話していて殺気を感じましたよ、今日明日にも殺されそうだと、ね」
「誤解だよ」
「誤解ですか」
「そうだよ、それに証拠はない。死体は掘り起こせたかもしれないが、それを俺がやったという根拠がない、警察は信じない」
「十分証拠は残りました、貴方が殺して山に埋めた6人分の死体もバッチリ画像に収めましたし、ヤクザの事務所に向かって行く貴方の姿も死体を吸い込む所もボールペン型の隠しカメラで撮影しました、胸ポケットに差しておいたんですが気づかれなくてよかった。映像をネット中にバラまいてヤクザ事務所の全員が行方不明だと匿名での通報を警察とマスコミにしておけば、騒ぎになって警察も調べるしかありません、今はネット社会ですからね。関連性さえあればもう十分なんですよ、あとはどこかの誰かが名推理でもしてくれるでしょう。そうなれば貴方も無関係ではいられない、好奇の目に晒される、好き勝手に出歩いて人を殺して日常生活を問題なく過ごすなんてのはやり辛くなりますよ」
年寄りだからゆっくり歩いてくると思っていたがなるほど卑怯にも背後から隠し撮りをしていたとはな、これはやられた。時間を止めたので犯行の瞬間などは映っていないだろうが、ヤクザ一家が居なくなった最後の日に出入りしていた人物で死体も魔法で吸い込んでいたとなると大いに問題ありだ。CGかなにかと思われ捕まらないにしても、事情聴取くらいはされるだろう。そのうえに自分が殺したとかいう詐欺グループのリーダーのバラバラ死体の数をしれっと誤魔化して数に含めているしこいつは質が悪い。
「それで、証拠はいつ消してくれる」
「貴方が更生するまでです、これは私の生命保険ですからそう容易く消したりは出来ません。一生私に仕えろなどとまでは言いませんよ」
「どっちにしろ気が長すぎるなぁ、大体あんた更生がどうこうって言うが自分も散々殺しをやってきたんだろ? その罪はどう償うつもりなんだ、善とか悪とかじゃなく法的な話だ」
「残念ですが法的に罪を償う時間など残されてはいません、仮に死刑判決が下されたとしても現代の日本ではいつまでも死刑は執行されずにだらだらと檻の中で生き続けねばならないからです。その間に私は要介護老人になってしまうでしょう、そんなのは時間と税金の無駄遣いですよ。お金を使うならもっと効率よく使うべきです、殺し屋を雇って悪人を消すとかね。刑務所に行くのはまったく無意味です、それに私は精神異常を疑われ無罪になる可能性もありますね敏腕弁護士を雇いますから」
「それは困った、俺にもお抱えの弁護士がいたらなぁ」
「言い訳が上手いなコイツ、惜しいなぁ、才能はありそうなんだが。色がなぁ」
「悪魔があんたの才能を惜しんでるぞ」
「それはどうも、ですが私は人間を辞める気はありませんよ。……あっさんは会社勤めだったんですよね」
「無職になる前はな」
「その時まで貴方はヒトゴロシなどではなかった、気にくわない同僚や上司が一人や二人はいたはずです、いましたよね」
「もちろん居たさ、沢山な」
「その方たちは殺したんですか」
「殺すわけないだろ」
「悪魔のチカラを手に入れたあとになっても殺しにいっていない?」
「おう」
「つまり貴方は理性のある人間だという話です、頭で思ってはいてもそれを実行などはしていない。感情のコントロールは出来ている」
「あの頃は社会の一員だったからな、今は罪深い悪魔の一員だ」
「罪ひとつない清廉潔白な人間などいやしません。どこにも報道されないような悪態、暴力、窃盗程度は誰でもやっているでしょう、きっと貴方も以前はそうだったのでしょう。私はそこまで細かく裁くつもりはありません、それをするには時間も人員も足りないのです」
「やべぇっバレてるぜハトゴロシが!」
赤い悪魔が俺の袖をぐいぐい引っ張りながら言った。
「おいマジか? 俺がハトを公園で殺してたってのも知ってるのか?」
「それは知りませんでした……。いえ、何が言いたいかと言うと、あっさん、貴方自身が言ったように貴方は人間社会の一員なのです、それは今も変わらずね。決して悪魔の仲間ではない。悪魔の口車に乗せられてはいけない」
「よく分からなくなってきたが、あんたのいう更生というのは悪人を殺しまくるってことなのか?」
「平たく言えばそうなります、殺すべき対象は厳選してほしいのです」
「じゃあやるよ」
「私の指示に従うと」
「給料の百万は変わらず出るんだろ」
「それはもう、対象によってはボーナスもでますよ」
「受け取り方法は?」
「こちらが指定する場所に置いておきますので、お手数ですが、ご自分の足で回収しにいってください」
「それで、ヤクザの次は誰を殺してほしいんだ」
「半ぐれグループを一掃、ですね。暴対法でヤクザが減ったせいなのかこんなのが増え始めて困ってるんです。合法ドラッグを子供達にもバラまいている本物のろくでなし集団ですよ」
「自分でやろうとは思わなかったのかそれ」
「一人二人なら不意打ちでどうにでもできますが、彼らは群れるのが好きなので……。数が多いとどうにもなりませんのでね。なにせおじいちゃんですから」
聞こえるはずもないが、イガリがウインクした音が聞こえた気がした。
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