第18話 天国
「天国の様子は?」
「ギューギュー詰めの温泉を想像してほしい、そこはちょー有名なとこであんたが楽しみにして貴重な時間と大金を使ってやってきたら、実際は入る隙間もないほどのニンゲンで溢れかえってる、頑張ってもギリギリあしの先っぽが入る程度のもんだ。さらに色々汚れも浮いてるし……。どうだ、入りたくなってきたか?」
「ならねぇな」
「それでもみんな湯には浸かってるんだぜ、不思議だなぁ」
「地獄の方がましって話か、天国にはろくな観光地もないんだな」
「ありはするけど、これは保証できる。面白い場所じゃあねぇよ。アマエチャンの主観ではあるけどな」
「悪魔の保証ね……」
「たまには信じてみ」
「で、そんな大層な秘密を何故今になって俺に教えるんだ」
「それはなぁ……。十三人殺したからだよ!」
赤い悪魔は両手を頭上にあげ、大声をあげた。
「悪魔の数字って奴だな、もうそんなに殺してたのか。えーっと、高校生四人にヤクザ七人にランドリーババアで……。十二人じゃねーかおい、ハトとバラバラ死体は関係ねぇだろ」
「めんご、十三とかいう数字は悪魔的には全然どうでもいい数だ。なんでだろうなぁ、わかんねぇわ、ほんとーは全部これ秘密なんだけどあんたには教えてもいいかなって思ったんだ。殺しまくってほんもんの悪魔に近づいたからじゃねー?」
「ふーん、そうかい」
「地獄にニンゲンがこねーもんだから悪魔パワーが減りに減ってこんなに小さな体にもなっちまうし」
赤い悪魔は自分の腹をつまんで伸ばしている。だぶついた腹は伸びる腕に伴い、俺の部屋の端のほうまで伸びていき、手を離すと巻き尺かのように素早くバチンと音をたて元に戻る。
「元はでかかったのか」
「スーパーセクシーダイナマイトだったぜ、おっさんがチカラを得るたびにアマエチャンも強くなってくし、まーほんと助かってるよ」
「ははぁ」
とんでもない話だ、善意で異世界に送っていると思ったら地獄送りにしていたとは。
俺の善意はとことん無駄になっていたのか、なにもかも無駄か? くそったれだな。
「無駄じゃあねぇよ」
「俺の心を読むんじゃない」
「表情に思いっきり出てたし」
「そうか、地獄で黒いタマシイを持ったニンゲン達はなにやってんだ」
「そらもう冒険ファンタジーよ」
「あん? なに言ってんだ地獄だろ、罰を受ける場所じゃあないのか?」
「地獄の認識も宗教観によってまったく違う、仏教と北欧神話じゃあ完全にべつもんだろ? その行先も当人のイメージによるもんになる訳だが、そこは可能な限りの意識の統一を図ってる。責め苦が続くだけの負の面しかないと誰もこないから分かりやすいご褒美を用意したんだ、それが結果的に異世界になった。アニメとかラノベとか利用して知名度を高めた、死んだあとは天国に行くか、転生という名の地獄行きをするかをイメージで選ばせてる。ゆーめー作家の演出でな。天国に行ったら異世界に行けませんよっていう分かりやすい共通認識を植え付ければみんな喜んで地獄に来るんじゃないかと想像してたんだけどな。思った以上に効果が無いもんでびっくりしてるよ。だーれも信じちゃいねぇ、やんなるね」
「なんと、ラノベの原作者は悪魔の手先だったのか」
「誰も知らないけどな、涙ぐましい努力の結晶って奴だよ」
「またよく分からなくなってきた。……とはいえ、異世界で冒険してるのは本当なんだよな」
「そうだな、独立した世界として存在してる。その冒険における負の比率は高めだけどな、なんせ地獄だ。闇の奥底だけどよ、いいこともわるいこともあるってのは当たり前だろ? おっさんの知ってる一般的な異世界でもヒトは死ぬ訳じゃん」
「まどろっこしいな、異世界転生におけるオチを教えてくれ」
「最終的には悲惨な死を迎える、そうなると蘇ることはない。異世界のどんな優れた魔法でも蘇らない。消えてなくなる、あいつら燃料ニンゲンだからな。消耗品だ。それだけにながくながーく、苦しんでもらいたい」
「そんで映画のハッピーエンドみたく、いいとこだけ切り取って終わらせていつまでも幸せに暮らしました的なのを俺に見せたと」
「少しでもイメージをよくしようっていう企業努力の
「悪魔業界も大変なんだなぁ」
「知らないってのは幸せなんだよ。自分たちが地獄にいると想像もしない、生きていると思い込んでる、死んでるのにな、あいつらは生きた幽霊さ。だから同情はいらねーぜ」
「俺は異世界にいけないのか」
「ここまで話聞いてそれ聞く?」
「おう」
「無理だね」
「どうしても?」
「ム、リ」
「おっさん差別か?」
「確立された自我の持ち主である灰色のタマシイの自由意志を曲げるのは不可能だ」
「俺が行きたいと言ってるのに?」
「付け入るスキがない奴には世界も生みだされない」
「難しくてわからん」
「それが悪魔の世界だぜ」
「汚いぞ悪魔!」
「人の思想によって善悪は分かれてるけど、そう対してかわりゃあしませんから地獄にきてくれってのを、全人類のみなさんに伝えたいねアマエチャンは」
「つまり黒いニンゲンをぶっ殺してウルトラハッピーになれるんだな!」
「おう!」
「なら問題ないな、単純な方が好きだから殺しを続けよう。最悪のエンディングを目指してな」
「やっぱおっさんは最高だ」
「まぁな」
俺が新たな決意を固めると同時に枕の隣に置いたスマホがブルブルと振動する、確認するとイガリからの連絡だった。呑気に殺しの依頼か。メッセージには、見つけました。というタイトルと共に画像が添付されていた。
「やられたな」
「あん?」
「みろ」
「どれどれ……。わぉ」
スマホの画面を赤い悪魔に見せる、そこには顔面崩壊した6つ死体があった、手前には軍手でVピースする右手があり、袖の隙間にはしわだらけの肌が見える、イガリだろう。写ってはいないが笑顔のイガリがありありと想像できた、他の人間の足元も見える、一人でここまでやれるわけがない、仲間がいる。しかしここまで素早く裏切るとは大した奴だ、人を信じる心を持ち合わせていない寂しい奴らしい、老人の心はいつだって寂しいものなのかもしれないが俺が明日殺しに行くのを待てなかったのか?トミイに連絡を入れるとワンコールで繋がった。
「今平気か」
「ご、ごはん食べ終わったとこです」
「ほぉ、何食ったんだ」
「貰った白菜と豚バラでミルフィーユ鍋を作りました、あとお刺し身です」
「さっぱりしてていいよな、俺も今度食うかな」
「ええ、とってもおいしいですよ! この白菜すごい甘みがあって……。あ、なにかご用でしたか?」
「あぁ、うん。イガリが俺達を裏切った、山に埋めた死体を全て掘り起こされたよ」
「えっえっえっ」
「俺達が帰った直後に埋葬先を探しに向かったんだろうな、ヤクザ二人に埋める場所を指示を出したのもあいつだろうし適当にアタリをつけて夜の山を歩き回ったんだろうが、それにしてもすげー執念だな。あんなとこ昼間歩くのも大変だろうに、真っ暗な山を歩くだなんて」
「あがが、あばばばば……」
「トミイにもなんかしらの接触があるかもしれない、もしかしたら悪魔狩りの聖なる殺し屋がくるかもな、その時は透明能力とコウテンの悪魔パワーを頼ってどうにか凌いでくれ」
「ひぃいいいいどうにもできませんよ!」
「とりあえず、今からイガリの言い分を聞いてみることにするよ、じゃあな」
「いやまってまって!」
「ああ、そうだひとつ言い忘れてた」
「は、はい」
「あのあと黒いニンゲンのババアを見つけたんだけど、ついカッとなって殺しちまったんだ。すまん、またの機会があったら絶対譲るからな」
「そんなのどうでもいいですよおおおおお!」
俺はトミイとの通話を終了してイガリの連絡先に電話を掛ける。
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