第17話 地獄

ベッドに入り込むと当然の権利の様に赤い悪魔も一緒に入ってくる、ガールを自称していた割には羞恥心しゅうちしんは皆無らしい。悪魔はあたたかい。眼を閉じる、それだけで眠気がやってくるのだから不思議だ。以前はそう簡単に眠れなかった。疲れていても眠る必要があっても、今は眠るという行為がスイッチのオンオフみたいに簡単に出来る、すぐに眠れると分かるのだ。ストンと落ちる、異世界観察へ。


――――――――――――――――


いつもここから始まる、空の上だ。安寧の空間、俺の居場所。さわやかな青と澄んだ空気が心を癒してくれる。それゆえに憂鬱だ、あれが活躍する姿を見るのは。気配を感じると同時に自分の意思とは関係なく、意識がそちらへ向かっている。無理やり吸い込まれるような引きずられるような感覚、首輪をつけられたような気もする。俺の体が液体みたいに崩れそちら側へと向かって行く。


「やめてやめてやめて!」


叫び声が聞こえる方へと向かっていくと巨大な城があった、それを囲む城下町もみえる円形の高い壁で守られている。城まで続く道が全てヒトで埋め尽くされている、みな頭から足元までを覆う黒いローブを着ていて顔をみることは出来ない、それぞれが薪を一本ずつ両手に携えている。立ち入る隙間はまったくなく、ただ城を目指し歩いている。門の外にも長い行列が出来ていた。


「言葉が通じないの?!」


黒いローブの住民は時折地面に薪を置き、ひざまずいて両手で眼を覆いなにごとか一心不乱に呟いている。


「聞きたくない!」


城の入口付近に広場があり、電柱みたいな大きさの錆びた黒い鉄の棒が建っている。

その中心に鎖で繋がれた裸のババアが居て必死に叫んでいるが周りの奴らは跪いてブツブツ呟くだけで言葉を聞いているようにはみえない。


「ありゃあ祈りのにえだな」


何故か俺の夢に赤い悪魔がいた。すぐとなりを浮かんでいる。


「念力会話のお陰だろうな、アマエチャンもあんたの夢も共有できるようになったよ。祈りの贄は人々の願いを聞き届ける、100年に一度現れる神様の一種とされているって話だ。強力なテレパシー能力で言葉を聞く、だけ。なんだけどなぁ。それを有難がってみんな願掛けにくるんだ。別に願ったからってなにも成就しないんだけどさ、なんつったって生きた神だからな。珍しがって国中からヒトがやってくるって訳なんだな。このイヴァルデット王国の住人だけで700万人はいるからな、それに外部からの参拝者も合わせるとざっと2000万人を超えるくらいか、全員の願いをノイズもなく強制的に思考として理解が出来ちまうんだ、これが寿命が尽きるまで続くのさ、夜になったら下ろしてもらえて飯の世話も下の世話もしてもらえるし、至れり尽くせりと言えなくもねーが。バアさんの言語は翻訳もされないから全然通じないし相手さんも聞く気もないだろうしで」


いつの間にか、錆びた鉄の棒の下は薪が大量に置かれていた。黒いローブの住人が置いていくらしい、薪を置いた住人は城の出口へと向かって行く。


「お願いだからもうやめてっ!」


薪に松明が投げ込まれた。炎は勢いよく燃え盛り老婆の足元を焦がしていく。


「ぎゃあああああああああっ! 熱い熱いっ!」


しばらくの間絶叫が続いたが、その間も変わらず祈りが続いていた。火で焼き殺すわけではないらしい、老婆の身体には届いていない。薪は高く積み上げられる訳ではなく燃え尽きた分から順にゆっくり補充されていく。老婆の身体から煙が上がり始めた目的はどうやら、あの鉄の棒を熱することにあったらしい。


「たすけてしんじゃうしんじゃう! あつい! いたい!」


「死んでも蘇るよ、この国の治療魔法使いはみんな優秀だからな」


目が覚めた、俺の隣には赤い悪魔がいる。


「なんだ今のは」

「異世界ばーさんの夢だよ」

「異世界ファンタジーって感じがゼロだったぞ、ハードゴアだ」

「気分良くなかったか?」

「悪くはない、だが」

「だが?」

「アマエチャン、お前夢の内容をいじれるのか」

「わかっちゃう?」

「こうなると話が随分変わってくるな、どうしてこんな夢を見せた」

「おっさんが喜ぶかなぁと思って」


赤い悪魔はくねくねと体を揺らし、両手の人差し指を合わせくるくると回している。


「本当の目的は?」

「しゃーねぇなぁ、教えてやるよ。本当はな、あそこ地獄なんだわ」

「マジ?」

「マジだよ」

「ファンタジーな異世界じゃなくて?」

「異世界みたいに見えてるだけだ、さっきの夢はその表層を消し去ったのさ。出会ったときにも言ったろ、悪魔がメガミサマの格好してるだけだって。でもまあ異世界と言えばそうには違いないよね」

「言ってたが……。いや全然わからん」

「都合のいい部分を切り取ったというべきかな。ババアはあっちの世界で最初はオヒメサマみてーにもてはやされてたんだけどさ、おはなしの流れでああなった。さっきも説明したな」


「あの意地悪ばーさんがお姫様ね」

「若返って別人になってたからな、どんな王子様もほっとかない」

「それがあんな目になってると」

「人生どう転ぶかわかんねーからね」

「俺はヒトの頭を叩き割ってなにをやってるんだ」

「選別してる、より業の深いニンゲンを。あんたが見てる黒いニンゲンは異常思想をもったガチの狂人だ。タカギもオオワダもババアも改心したりはしねー、他者への思いやりとかは一切持ち合わせていない。人間性が欠落してる、そういう奴らを地獄に迎えたい」

「何故だ」


「これも言ったな、信じてもいねー神様にみんな祈りを捧げてるって」

「おう」

「死後の世界ってのはなイメージの世界なんだ。こうなる、と思った形に世界は変わる。生前どう素晴らしく生きたとか、悪逆非道の限りを尽くしたとかそんなんはまったくかんけーねえ」

「死んだら天国に行くと思えば天国に行くし、地獄に行くと思えば地獄に行く?」

「そのとーり、だから困ってんだわ。それでも天国も地獄も独立した存在なわけだから、地獄は閑古鳥かんこどりが鳴いてんだ。バランスってのは絶対的に必要なもんで、天国への割合の天秤はもう傾きっぱなしで、そろそろぶっ壊れる寸前だからおっさんが送る側を強制的に地獄にしてるって訳」

「なんで俺なんだ」

「灰色の中立のタマシイだからだよ」

「もう散々人を殺した奴が中立ねぇ」


「ニンゲン的な中立ってのは戦争が起きても傍観しているってのを言うのかもしれないけどな、こっちでは善悪問わずどちらも行う奴のことを言うのさ。助けた子供の頭を直後に叩き割ったりな。そういうのはめずらしい、本当にめずらしい、フツーはどっちかに偏っちまうもんなのに灰色のタマシイにはそれが一切ない。平坦な思考の持ち主、選定者の基準はそれだな、おっさんはおっさんの意思でどちらにもなりえる」

「天国もあるのか、俺は天使にもなれる?」

「なりたいのか?」

「天使のおっさんは気持ち悪いな、語感も悪いし興味ない」

「悪魔の方が似合ってるぜ」

「……そんで天秤とやらが振り切れたらどうなるんだ」

「そらもうブワーっとしてドワーよ、この世の終わりって奴かも」

「望むところじゃないか」

「この世から娯楽が全部消えてもか?」

「いや世の中は面白おかしくあってほしいな、叩き割る頭も無いと困る」

「だろ? バランスを保つには数じゃなくて質だ。地獄はより強欲で非情で邪悪なタマシイを欲しているのさ。フツーのヤクザのタマシイなんてキレーなもんさ、全然価値無し。重要なのは欲の強さだ、そーいうのはどういう奴でも厳重に心の奥に隠してる、なんかの拍子に出てくるのが黒く輝くタマシイだ」


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